13.ランスの戸惑い~三者会談~その1
「おい、レズバスの男3人がこんなところで顔を突き合わせていればそのうち噂になりそうだな」
仕事を抜け出して現れたのはのはグルード・レズバス。レズバス家の家長だ。
「ご了承ください、父上。セリーヌに関わることなら仕方ないでしょう、そうですよね、ランス」
時間に正確な長子のロックウッド・レズバスはすでに席について優雅に紅茶を飲んでいた。普段は主にレズバスの鍛錬塔で魔術師の卵の指導に当たっている。現在の塔の責任者はレズバスの当主であるグルードだが、実質その任はロックウッドが担っていた。
「ああ、そう。セリーヌのことでちょっとお話したいんだよ」
ランスはソレイヤの件で父親のグルードと長兄のロックことロックウッドを王都にあるティハウスに呼び出した。個室を借りているとはいえここに入るまで何人かに声を掛けられたからレズバス家の男連中が何の相談だという憶測が、早くも飛び交っているだろう。まったくもって貴族連中は面倒だと、自分を棚に上げてランスは思った。
グルードが外套を脱ぎ、席についたところで紅茶と軽い菓子が並べられる。それだけすると店のものは何も言わずとも部屋を離れて行った。つまりはこの部屋はそういうための部屋なのだ。
「セリーヌがソレイヤと親密にしている件は二人とも知ってんだよな?」
密会の条件が揃えば、ランスは回りくどい言い回しも、挨拶さえも面倒だと放り投げ本題に直球で挑む。今日の天気を話題にするほどの余裕はない。
「なんです?久しぶりに三人で会って突然そんな話からなのですか?」
ロックはだんだんと貴族らしからぬ物言いと態度になっていくランスに辟易しながら言い放つ。もちろん天気の話をしろとは言わないが近況報告の一つや二つはあるだろう、と思う。年々品格がはげ落ちていく息子にグルードも困り顔だ。
「それに、ランス。親密という表現はいささか大げさではないか?魔術書室に通っているだけであろう」
なんだその甘い認識。ランスは頭が痛くなる。父親までこんなに甘い認識。この二人はこんなにも鈍かったか?と目の前の二人を疑った。
特にロックはいつもならどこに目がついているのか、と思うくらい鋭いのに。
兄貴は塔に行ってからちょっと腕が落ちたか?
「年頃の男女が密室で毎日、本を読んでいるだけなんてありえますかね?」
「お前ならあり得無いでしょうねぇ、昔から勉強はあまり好きではありませんから」
馬鹿にしたようにロックがランスをからかう。真面目に話しているのに茶化されてランスはロックを、睨んだ。もちろん、勉強ができないのレベルがレズバス家基準なので、貴族一般から言えばランスとて十分優秀な部類だ。
「セリーヌはお前と違って本を目の前にすると他は見えなくなぞ」
父親もロックに味方するが、
「それならなおのこと危ないじゃないですか!」
無防備この上ないと、ランスが反論する。見えないうちに何かされたら大変じゃないかというのがランスの言い分だ。
「学びたい二人が同じ部屋にいようが、それ以上のことは起こらんだろう。それにユーハバック魔導師は最近は随分と落ち着いた。ドアのすぐ外には護衛と侍女が控えているし、1時間ごとに中の様子を確認しているぞ。セリーヌは集中していて知らないらしく彼が対応するらしいがな」
(なにそれ、そんなの知らない)
突然出てきた情報に混乱するランス。二人は当たり前だろうと言わんばかりの顔をしている。ちゃんとしてるなら教えて欲しかった。
「それにあなたは魔導書室に行きましたよね。ならばわかるでしょう。あそこで何かが起こるなんてあり得ないと」
確かにあそこは特殊な空間だ。特に匂いが独特で、どうして二人揃って半日もこもっていられるのが不思議なくらいだ。別に体に害があるわけではなさそうだけど。
結局色々知っているロックはその腕を落としてなどいなかった。情報は当事者から話を聞いたランスよりも多い。ランスは地味にへこんだ。
「でもほら、そのあれだ。情が移ると別れは辛いだろう」
ソレイヤの寿命のことは魔術師の間では有名だ。しかもその前に旅立つと言い出した。別れはそう遠くない。やっぱり妹を悲しませるのは良くない。早々に会わないように手を打った方が傷は浅くてすむのではないか?
「まあな。それについてはユーハバック魔導師から口止めされているし、彼が旅立った後で教えるしかあるまい」
旅のことは伏せたつもりなのに当たり前のように口にするロックにランスは驚く。この情報はとっておきだと思ったのに。
「それにな。セリーヌが彼の馬上から見た景色のことを話してくれた時の顔が忘れられんのだ。そんな簡単なことも自分はしてやれてなかったのか、とな」
グルードは今際の際で妻が残した言葉を思い出していた。
『この子にたくさんの景色を見せてあげて』
それをいとも簡単に叶えたソレイヤをグルードは買っているのだ。
「なに、そこまで知っているの」
「当たり前だろう。セリーヌともそれなりに話すし、ユーハバック魔導師が旅立つ件は彼自身が王城に来て何度か王太子殿下も含めて話し合ったからな」
父親までもが当たり前と言った顔をすれば、もうランスは落ち込むしかない。
「何これ。俺だけ仲間はずれじゃん」
もうすねるしかない。なんなの、全部空振りじゃないか、と。
(全部知ってて放置してるって、なんなのこの人たち。セリーヌが可愛くないの?)
「ソーヤはいずれ旅立つんだ。もう魔導書室に行くなってセリーヌに言えばいいだろ。ソーヤが旅立てば魔導書室の鍵は図書館に返るんだ。申請さえすればセリーヌ一人でもまた読めばいい。あいつが何を知りたいのかはよくわかんないけどな」
「それを誰が言うんです?ランスが言えるんですか?」
「え?俺は…嫌だ」
(だってそんなこと言ったらセリーヌに一生口を聞いてもらえないかもしれないじゃんか)
「私も嫌ですよ、そんな貧乏くじ」
「わしも無理だ。言えん」
(だよね、ならどうしてこうなるまで放って置いたんだよ)
「セリーヌが自分で決めて動いたのは初めてだろうな。きっかけは大体わかるし、やり方があっているかどうかもわからないが最後までやらせてやれ。二人でそれぞれ決めるだろうからな。わし達は最後、セリーヌを受け止めてやれば良いではないか」
「傷ついたらまたセリーヌは寝込んで、死ぬような目にあうのかよ」
「安心しろ、もうそこまで弱くもない」
「ほんとに?」
ランスの呼びかけに二人は同時に頷いた。ランスは小さい頃のセリーヌの印象が強烈なのだろう。それこそ死の淵を彷徨ったのは一度や二度ではないから。
「それよりこちらの方が問題だよ」
父親の方が困り顔で懐から何かを取り出すと、二人の息子の目の前に差し出した。
「ああ、セリーヌにも来たのですね、受勲式への招待状」
「また欠席させるのか?」
「いや」
グルードが招待状の入った封筒を裏返せば王のサインと紋印がある。
「うわ、王命できましたか」
「出席必須って主役でも何でもないのになんでだよ」
「王太子殿下の口添えだろうな。あの方はあの方でセリーヌを気にかけてくださっている。恐らく、私に任せておけば一生籠から出られないと世話を焼かれたのだろう。あの方にも同じ年頃の姫がいるから余計気になるのだろうな」
(わぁ、何これ。こっちの方が大変だってーの!)
いまさらセリーヌを連れて行ったらどんな目に合うことやら。侮蔑されるのか、はたまた好奇の目で見られるのか。いや、見られるだけならまだしも、果敢にもチャレンジしてくる馬鹿がいないとも限らない。
(これは魔導書室の密室よりも危ねぇんじゃねえの?)
ある意味、オオカミの巣どころか群れに投げ入れられた仔羊だ、とランスは頭を抱えたのだった。




