33話 強襲失敗
「ルンちゃんのスペシャル甘々洗脳、始めちゃうね」
始まってしまった。
毎回ギリギリアウトのようなセーフのような、やられた者をセンシティブへと導くルンの得意技が。
しかも彼女は男性よりも女性のセンシティブを好む趣味がある。
それはそれは楽しそうであった。
対して、そんな快楽で性格さえねじ曲げかねない地獄を味わう大天使は怒り心頭。
「触らないで、汚らわしい!」とルンに罵詈雑言を発したり、「あなたは本当にこれが正しいと思っているのですか!」と幼女に訴えたりしていた。
物理的に妖術を振りほどこうともがいているが、両手両足は少しも動いていない。
口だけしか対抗する手段のない大天使にサキュバスはゆっくりと手を伸ばした。
「やっぱりおっきいー。ルンちゃんはママ似だけど、シエルちゃんのおっぱいもママ似なんだね」
さすがは変態悪魔。動けない相手に対して行う最初の行動が『胸を触る』こととは。
「うわ、ふかふかおっぱい! いいなー、これ枕にして寝たいや」
触った感想を次々と述べるが、ほとんどが最低なもので大天使を辱めていた。
もともと怒っていたものがさらに燃える。
「頭に胸のことしかないのですか! やはり下等な種族、卑劣極まりない行為ばかり。社会の役に立たないような非生産的なことをして楽しいですか?」
「役に立たない……? ルンちゃんが楽しいからそれでいいじゃん。それとも思春期の男の子たちに恥ずかしいところ見られて、青少年の営みに貢献したいとか? うわー、えっちー」
おいコラ。
「営み」とか言うなよ。いや、直接的に言われても困るけれど。
ルンの発言を聞いて、シエルが俺と理苑に釘を刺した。
「あの……。『営み』をしないでとは言いませんけど、あれは私の母なので……」
「ルンの独り言として聞いて……。俺たちも『営み』とか言われると恥ずかしいから」
理苑なんか顔真っ赤だし。こういうのに耐性ないんだよな。
さて、そんなことはお構いなしにルンは大天使でやりたい放題。
「そんなにおっぱいが気に食わないならいいもーん。次はお耳いきまーす!」
と、攻める場所をチェンジして続けていた。
ルンが天使の耳を舌先で撫でる。ゆっくり、ねっとり……。
さすがの天使も怒るというより、助けを懇願するような声へと変わってしまう。
「き、気持ち悪いです! ちょっと、やめなさい!」
ルンは聞く耳を持たず、口に含んで吸ったり、またもや舌を這わせたりしている。
あれだけ反抗していた大天使が突然言葉を発しなくなり、下唇を噛み締めて口を閉ざしてしまう。
「あーあ、感じちゃった。ね、声を我慢するのに必死なんでしょ。下等な種族に攻められて、簡単に落ちちゃうの?」
「だ、黙りなさい! この程度で勝った気にならないで!」
挑発に乗り、大声を出した瞬間にルンが吐息を耳の中に吹きかける。
するとその声がピタリと止まって、耐えているような表情へ変わった。
「もうダメだねー。どうして神聖な種族みたいな天使とか神は、こうも快楽堕ちしやすいのかな。ちゃんと発散してる?」
「ふざけたことを……! 覚えてなさい、すぐに消し炭にしてやるんだから」
「こわーい、睨まないでよー! もうちょっと涙目になってから睨まれたかったのに」
もう遅かれ早かれ大天使は無力化できるだろうと、そう誰しもが思っていた。
しかし、ルンの蒔いた種がこんなところでマイナスに作用したのだ。
というのも、妖術で天使の動きを封じていた狐耳の神様の様子がおかしいのである。
なぜかというと。
「あれ、なんで変態さんも感じてるの……?」
「この淫魔が……! 妾の体、おかしくなってしまったではないか……」
「え、ルンちゃん何もしてなくない?」
「妾のことも罵倒したじゃろ! そこから急に体が熱くなって……」
どうやらルンの「快楽堕ちしやすい」発言が原因らしい。
新たな扉をこじ開けられた幼女は、とても変態なMへと変貌してしまったが、その犯人はもちろんルン。
それでも、今は自業自得と片付けられない事情があった。
あれだけ大天使を煽ったのだ。雷が再び下ることになるだろう。
「ダメじゃ……。体が言うことを聞かぬ。この淫魔め、こんな調教を……!」
「待って待って、まだ洗脳できてないってば! 妖術解いちゃダメ!」
大急ぎでルンが大天使の耳元で言葉を囁やこうと近づいた、その時。
大天使が今まで動かなかったはずの両手でルンの体を拘束してしまった。
「ひっ……! は、放して!」
「誰が放しますか! 散々好き勝手やってくれましたね。私にも、娘にも!」
狐耳幼女はその場にペタンと座り込んで惚けてしまっていた。
神が使い物にならなくなり、ルンが悲痛に叫ぶ。
「やぁだ! 放してってば!」
「ダメです! 子供にはそれなりに教育が必要ですから。ほら、お尻叩いてあげますよ!」
役職に似つかぬ邪悪な笑顔でルンの衣服を脱がそうする大天使。
悪い子の尻を叩くって古典的やしないか。
しかし、このままだとまずい。
無力化に関してはルンの洗脳が頼りであったのに。
「やだ! いっぱい人がいるのにお尻なんて出したくない! 痛いのも嫌い!」
「駄々をこねない! 当然の報いですよ! 大丈夫、あなたはしっかりと教育をやり直せば、まだ下等な種族から足を洗えますよ」
ルンのスカートに手をかけ、サキュバスの下着姿が見えてしまいそうな寸前に――。
闇が包みこんだ。光さえも侵食する闇が。
それは円であった。
ルンのものよりもより大きく、黎く、禍々しい円。
中から微笑みながら男性が現れる。ルンの父親だ。
「久しぶりですねぇ、ルン」
「パパ! 怖かったよー!」
「あ、あなたたち、親子だったのですか! 忌まわしい悪魔の父親、指を咥えて見ていなさい!」
天使がルンの尻を衣服越しにでも叩いてしまおうとした。が、悪魔は微笑したまま。
「さすがに、自分の娘を見捨てる親なんていませんよ、ねぇ……?」
と。
男の背後から闇が見える。これがオーラと呼ばれるものだろうか、自分にも、きっと他の人にも見えているだろう闇が。
それを目にした瞬間、なぜか恐怖が心をくすぐった。
具体的に言い表せないような恐怖、不安感。
そして、そこから相手が一筋縄ではいかない強者だと察した天使がルンを開放し、いつでも戦えるように身構える。
種族間での戦争はここからが本番であった。