19話 夜明け
目が覚めたら、一番最初に何が見えるだろうか。
自分は枕元に置いてあるデジタル時計や天井が大半。
たまに起こしにきてくれた妹の姿が見えることもある。
しかし今日は違った。
目が開いて、最初に見たものはフィリードの寝顔だったのだ。
しかもその近さが異常で、彼女と自分の顔の間に15センチ定規すら入りそうになかった。
その近さに恥ずかしさを覚え、離れようと試みたがお互いに抱き合った姿勢のまま寝たものだからうまく離れられない。
自分の腕はともかく、フィリードの腕を動かさねば、この近さからは逃れられないだろう。
待て。
そもそもどうしてこんなことに?
昨晩は吸血をされて、貧血になったんだっけか。
その後は、ただひたすらにフィリードの甘噛みが続いて……。
気がついたら寝ていた、と。
妹以外の女性と夜を明かすのは初めてだ……。
フィリードが起きたらなんと言えばいいのだろう。
おはよう、か。
で、その後は?
何を話せばいいんだ。
俺はモヤモヤしながら部屋を見回した。
壁に掛けられていた時計が5時過ぎを示している。
「これから学校か……」
フィリードがいつ起きるかはわからないが、俺は学校に遅れないように、そして妹にバレないうちに帰らなければならなかった。
時計を見た後、特にすることもないので、フィリードを眺めていた。
近いのは恥ずかしいが、相手は寝ているし、こんな体験は滅多にできないだろう。
今のうちに噛みしめておこう。
フィリードの寝顔は微笑んでいるようにも見えた。
幸せそうな顔だ。
それは同時に、彼女が無防備な状態であることを表していた。
俺の脳内に邪な考えが浮かぶ。
今、何をしてもわからないのではないか。
密着状態の今、何をしなくてもフィリードのどこかしらに触れていて、その度に女体の柔らかさを痛感できている。
だが、まだ大事な部分がわかっていない。
男なら誰しもが魅了されるあの部位を、まだ触れてないのだ。
「フィリード……?」
俺は念のため名前を呼んだ。
起きているかの確認だ。
無論、返事はなかった。
俺はごくりと生唾を飲んで、寝ている相手の背中に回していた手を放した。
そのまま胸部へ――。
もう少し。
あとほんの少し思い切るだけで、極上の柔肌を知ることができる。
だが、痛いほどに動く心臓が手の動きを止めていた。
薄着だからか、いつもよりはっきりとした膨らみが目の前にあるのだ。
でも、だからこそ、手が動かない。
しばらく膠着状態のまま時間が過ぎた。
根性なしの自分には無理なことだったのだと悟り、おとなしく手を背中に回す。
こんなヘタレだから女性経験のないままなのだろうか。
こんなチャンス、数えるくらいしかないだろう。
せめてどこかは触りたい。
吸血されたからとか関係なく、ただただ彼女が魅力的だから。
俺は背中に伸びていた腕を、フィリードの髪へ動かした。
体温よりかは少し冷たく、さらさらとした感触がする。
そのままゆっくりと撫でていく。
ゆっくり、優しく。
不思議なことに彼女の頭を撫でるほど、こちらが照れてしまった。
ダメだ、これ以上撫でたら。
いかんいかん。
恋愛って、きっとこんな感覚なのだろうが、自分はフィリードが好きなわけではない。
相手がルンでも、他の女子でも同じ感情を抱くだろう。
言うならば、このシチュエーションに恋をしているんだ。
ただ、女性と同じベッドで寝るなんて経験がたまたまフィリードとできたにすぎない。
その後俺は、やはりフィリードの寝顔を眺めるしかなかった。