17話 満月の日
眩い光に包まれて目が覚めた。
昨日は、たしか散々な目に遭ったんだっけ。
シュリネスからの拷問で一時的に脚の感覚を失い、歩けなくなったところを妹に見られたのだ。
妹の中でフィリードの名前はアカネになっている。
しかも俺とアカネはカップルだということになっている。
もちろん今回の正座にも適当な言い訳をしたかったのだが、とっさの付け焼き刃では精神統一くらいしか言えなかった。
そのせいで妹からさらに不審がられたのだが、吸血鬼の招いた結果だとはバレないだろう。
「明日が吸血の日か……」
俺はベッドから身を乗り出し、勉強机に置いたスマホを手に取った。
電源ボタンを押し、黒かった画面が一瞬にして変化する。
暗証番号を入力しないと大抵の機能が使えない装置だが、時刻や日にちだけはいつでも見ることができる。
もちろん今も無意識のうちに目に入った。
一体全体、どうしてだろうか。
自分のスマホによれば、今日が日曜日らしい。
気になって他を見たが結果は同じ。
デジタル時計も、テレビも、妹のスマホも。
全てが口をそろえて「日曜日だ」と告げている。
「俺、一日寝過ごした……?」
それとも昨日が土曜日だったのだろうか。
否、昨日の朝、たしかに理苑とともに登校した。
そこでルンを呼んで、彼を傷つけた。
自分の通う学校は土曜も休みだ。
だから、昨日が土曜日なはずはない。
俺は無断で手に持ってしまった妹のスマホを置き、その横ですうすうと寝息をたてている結月を起こした。
「結月、ちょっとでいいから起きて! 聞きたいことがあるから」
「んー、兄さん? 勝手に入らないでよぅ」
起きた直後だからか、ふにゃふにゃと話す結月。
「頼む、起きてくれ。今ちょっと怪奇現象が発生してるんだ」
「怖い夢でも見たのー? 兄さんの怖がり」
「よく聞いてくれよ。昨日、俺は何をしてた?」
結月は眠気のせいで少し唸ってから答えた。
「理苑さんとお出かけしてたじゃん。神社に行くーって……」
「本当に? 寝ぼけてないよな」
「ぐぅ、多分……」
唸り声で眠気に襲われているとわかるほどだが、朝早くから起きて家事をする妹が寝ぼけるなんてことはないだろう。
もし寝ぼけながら包丁を握っていたのなら危険すぎる。
なるほど、理苑か。
妹に踵を返し、理苑と連絡を取る。
昨日のことについて確認をしたのだが、妹の証言と重なった。
神社に行って、適当に話をしたとか。
俺は何も覚えていないが。
……となると。
「ルン」
「はーい、ルンちゃんだよー。おはよ、おにーさん」
ルンに疑いがかかっているのには二つの根拠がある。
ひとつは記憶をいじれることだ。
もうひとつはいつも俺が呼べばルンはすぐにやって来ること。
すぐに来るというのは、いつでも俺のことを監視しているのではないか。
それに、黒い円を使えば奇襲だってできる。
背後から現れ、囁けば終わりだ。
「お前、昨日は何してた」
「お友達に会ってたよ。フィリーちゃんじゃないけどね」
「単刀直入に聞くぞ。昨日、俺の記憶を消したか?」
「は? 何それ。おにーさんの依頼がなかったら、ルンちゃんは何もしませんよーだ」
いつもへらへらしている悪魔だが、仕事には妙に熱心だから嘘には思えなかった。
「……そうか。疑って悪い。今の用はそれだけだから、帰っていいよ」
「なんか駆けつけ損ー。妹ちゃんいる?」
唐突に話題が変わる。
「寝てるけど……。いきなりなんだよ」
「寝てるんだ。……帰る前に、寝顔みたいなー」
ルンはキラキラした目で訴えてくる
「妹ちゃん、かわいいからさー」
気持ちはわかるが……。
かわいいからこそ、危険なことは避けたいのだ。
「ダメだ。帰れ」
「いいもん、別の娘の寝顔見るもん! おにーさんのバーカ!」
円を使わず、窓から飛び立ったルン。
彼女は女性の寝顔が好きなのだろうか。
さて、ルンが違うのならとうとう振り出しだ。
ただ自分が忘れただけ?
もうそうとしか考えられないが。
いやしかし、この問題に気を取られている場合ではなかった。
なにせ今日は吸血される日。
牙でガブリと噛まれてしまう日。
土曜日に気持ちを落ち着かせようと計画していたのに、その日の記憶がぽっかりないのだからこれから腹を括らなければならない。
これから予防接種をすると知った子供になった気分だ。
ベッドに座り、ゆっくりと息を吸う。
妹の部屋と自分の部屋は違う匂いがするが、どちらかというと自室の方が落ち着くのだった。
ゆっくりと目を閉じ、心を穏やかに……。
次に目を開けた時、俺の午前は消えていた。
「こんな日に二度寝かよ……!」
満月の夜まで、もう少し。
覚悟が決まらないまま、時間だけが流れていった。




