13-1
お久しぶりです。そしてお待たせしました。
しばらく過去の旅へ参ります。
むかしむかし。
そのまたむかしのこと。
そこに一匹のはぐれ狼がいた。
全身傷だらけ。毛むくじゃら。
泥と血に塗れて灰毛の巨体を揺らし、引きずってどうにか歩く雄の狼。
名を、ロウランといった。
彼はとある一族の、誇り高き灰狼の次期首長候補だった。
しかしその長の座を得ようと目論む者に欺かれ、その身体は歩けるのがやっと。
あちらこちらが火傷で爛れていた。
自慢の毛並みは焼けて縮れ、ところどころ皮膚が見えて溶けている。
誰がどう見ても、―――酷い有様だった。
命からがら逃げてきたが、その歩みも、もう続かない。
どさりと落ちる。
―――ああ、ここで死ぬのか。
無様なものだと失笑した。笑えていたかはわからないが、吐く息は、もう・・・。
瞼は重い。ピクリとも動かない。
死を覚悟し、そして意識は落ちた。―――暗闇へ。
「魔法を使えるようになっていて良かったわ。こんな大きな身体じゃあたしにはまず運べないもの。でもなんでこんなに傷が、・・・治せないかもしれない、けど」
―――だれだ。
これは誰の声だと思った。しかし考えが脳内を回る前に意識は混濁し、沈む。
「狼?の傷なんて治療したことないし、でも魔法が効く範囲でなんとか・・・」
かけられる力を弱った体に注ぐ。
この世界に来てから二年。
最初はもうなにがなんなのか、どうなってるかなんてわからなかった。
なぜ、自分が。
なぜ、ここに。
なぜ、なぜ、なぜ。
疑問だけが絶えず生まれて、でも答えは見つからなかった。
毎日を生きるのが必至だった。
やがて自分の足で立てた頃には、あちら側には戻れないことを嫌でも理解した。
―――召喚は、あくまで一方的に落とされる。無作為に選ばれた別の世界の魂。
それが事実だった。
この世界で生きるために私は特別な力を手に入れた。これがあればひとまずはなんとかなる。
向こうに戻れる探す旅を始めた。それが叶わなければ、この地で定住できる目的が欲しかった。それがあれば、心は死なないと思った。
そしてこの出会いが、その一つになるとは思わなかった。
「起きたらご飯食べようね。あったかいご飯、一緒に食べようね」
生傷は癒せた。それでも昏々と眠り続ける狼の上に毛布をかけてあげながら頭を撫でる。いつから出来ているのだろうか、全身あちこち傷だらけ。古い傷に魔法は通用しない。
魔法は便利。だけど制限があって、すべてのことには作用しない。
あたしのような”渡り”には特別な能力が付与される。いわゆる、チートというものだ。
そこで選んだのが治癒能力。あたしの世界、といっても魔法はあくまでも想像の世界のものだったけどそれはなんにでも使える万能な能力だった。
しかし現実は甘くないのだ。
「結局火をつけるのは魔法じゃないし、水も…井戸だしな」
ふふ、と笑いながら鍋に火をかける。昨日の残りで雑炊にした。狼って、雑炊食べるのかな?
冷ましたら食べるかな。
隣の一室へと入れば、すでに目が覚めた様子でこちらを睨みつけていた。
怖い目だ。でもこれは、あたしを恐れている目だ。
「ご飯食べる?雑炊とか…あんまり熱くしない方がいいよね?」
「―――お前が、手当をしたのか」