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チョコレート

チョコレート



 工藤家の……と書くと私が産まれた家が工藤ではないみたいだけど。両親の他界後に引き取ってくれた後のおじ夫婦の工藤家のバレンタインは、瞳さんと私の手作りを振る舞うのが定番になった。

 きっかけは、引き取られた直後に共同作業で距離を縮めようと瞳さんが考えてくれたんだと思う。

「一緒に作ろうか」

 と、提案されたのに助かったと頷いたのは覚えてる。

 一緒に暮らす以上、何かしらは渡したい。現代ほど義理チョコに市民権はなかったけれど、それでも家族に贈るのは自然という流れはあった。

 そうは言っても中学生の予算なんてたかが知れてるし、二人が何を好むのかもまだ分からなかった。

 でも瞳さんが一緒に作ってくれるなら、彼らの好みから外れたものにはならない。予算も「大人だからね」と多めに出してくれてとありがたい限りだった。

 休日に、舞台裏は隠すものよ、なんて笑いながら男二人を追い出した瞳さんとの作業は楽しかった。失敗しかけて慌てたり、出来あがりを味見したり。あの家で暮らすようになってから初めてと言っていいぐらいたくさん笑った。


 台所は瞳さんの城。


 お手伝いは勿論するけれど、どこまで自由に使っていいのか分からなかった当時、一時的な手伝いではなく準備から片付けまで携わったのはあれが初めてだった。

「ここは美弥ちゃんの家だからね。ある程度は好きに使っていいのよ。使った食材は教えてほしいのと、使ったら片付けるのはしてもらいますけどね」

 瞳さんの出した条件は当然すぎるほど当然なことで、それだけでいいのかとびっくりした。今思えば、まだ余所の家の台所、という意識が強かったのだろう。自分の家ならそれが普通でも、余所の家、それも台所という裏側の位置づけの場所を使うのは躊躇いがあった。

「あの子は全然家事出来ないから、美弥ちゃんが台所に立ってくれたら私が嬉しいわ。今日みたいに一緒に作りましょう。そうしたら、楽しいでしょう?」

 たくさん笑った後だったので、楽しい、には説得力しかなかった。

 私も、あてがわれた部屋の他に、居場所が出来たようで私も嬉しかった。

「最初は足手まといにしかならないけど、料理教えてもらえますか」

 そうお願いすると、もちろんよと頷いてくれた。



 それから毎年、二人で作っている。

 最初のうちは瞳さんが作るものの考案から準備まで全て整えていたけれど、少しすると私が何を作るか(作りたいか)提案をして準備を二人でするように。大学生の頃には全部私が整えるようになった。こういってはなんだけど、バレンタインをだしにした私と瞳さんのイベントと化している。何か悪いかと開き直ったのは私と瞳さん、二人ともだ。

 要するに。

 もうすぐバレンタインな今年も、何を作るか考えなくてはいけない時期になったのだ。

「どうしようかなぁ」

 家でインターネットにつなげたパソコンで、レシピサイトを眺める。

 明さんは、甘いものがそれほど好きではない。だから一度だけチョコレートをやめてお酒を贈った年がある。そうしたらすごく残念がられた。好き嫌いではなく「バレンタインにはチョコレートが欲しい」ものらしい。しかもその年は、明さんが定年退職した年だったので職場でもらう義理チョコがなかったのも後押しした。

 だから甘すぎない、チョコレートを使ったデザートをつけた夕食、が工藤家のバレンタイン定番だ。普段は瞳さんが主に台所に立っているので提供されない洋食メニューなのは、デザートにあわせているから。

 学生時代は当日、家にいない率の高かった明人もここ数年はすっかり実家に戻っている。彼女作らないのと聞いたらそっぽを向かれたので聞かないことにしている。やはりあれか。男も三十過ぎるとモテが落ち着いてくるのだろうか。……違うか。従兄妹の欲目をひいても、年々落ち着きや渋さが増してよりいい男になっているのだから。でも若い嫁さんをもらうなら、早めのほうがいいと思うよ……小姑視点で申し訳ないけど。

 それはどうでもいい。問題は今年のメニューだ。

 少し前に衝動買いした(もちろん、バレンタインの事が頭にあった)チョコレートリキュールが手元にある。

 デザートは、バニラアイスにリキュールをかけたもの、でいいかな。大人のバレンタインなアフォガード風で。

 それにあうメインだと……ハンバーグのデミグラスソースがけ、とかどうだろう。単に私が瞳さんのハンバーグを食べたいだけだ。だって手間暇かかるから滅多に作ってくれないけど、美味しいから。ここであわせるのをご飯にしちゃうとおうち洋食感があふれるので、パンにして。あ、せっかくだから普段は高くて手が出せないお店のバケットを買ってこよう。うん。野菜も必要だからサラダ作って。スープを用意すれば、充分だろう。

「よし」

 思いついたメニューを瞳さんにメールすると、折り返しで着信があった。

「せっかくだから二人で食事しながら相談しましょ。明日の夜とかどう? 仕事早く終わりそう? あの人、親戚のところに行くからいないのよ」

 そういう事ならと了承する。相談を名目にしたただの食事会なことは、言うまでもなかった。




 たまには居酒屋に行ってみたい、という瞳さんのリクエストがあったので、昼休みに店を調べて予約した。

 大衆居酒屋ではなく、豆腐料理が売りの個室タイプでゆったり過ごさせてくれるお店だ。いくら居酒屋を希望されたとはいえ、よくあるチェーン店で騒がしいところには連れていきたくない。脂っこいものが苦手になる年でもあるしねえ。

「とりあえず、生を二つ。……グラスで」

 グラスにしたのは、瞳さんはあまりお酒を飲まないからだ。最初の一杯ぐらい。

「あら。美弥ちゃんは気にせず飲んでいいのよ」

「ここは日本酒が揃ってるから、次からはありがたく飲ませていただきます」

 冗談めかして返すと笑われた。

「飲み過ぎたらあの子に迎えにきてもらうから安心しなさい」

 それは最強の飲み過ぎ防止発言ですね……。まあ美味しく楽しめる範囲でしか飲むつもりないけど。

 メニューをみて、気になったものを数点注文していると、ファーストドリンクのグラスビールがやってきた。

「お疲れ様」

 軽くグラスをふれあわせて乾杯する。

 調理に時間のかからないものから順に、オーダーした食べ物がやってきた。

 二杯目からは瞳さんはノンアルコールに、私は日本酒に切り替えて、食事を楽しむ。湯葉刺と日本酒の組み合わせの幸せさといったら。

 食事中の会話は、主に瞳さんが話して、私が聞いて、だ。明さんとの生活であったこんな話、あんな話は聞いているだけで楽しい。ただ、明さんが重い荷物を持ち上げようとして転んだ、というのは笑えなかった。何事もなくてよかった……。そういうのは明人がいる時にやってください。

 本題? 「メール送ったようなので考えてるんだけど」「いいんじゃない」であっさり終わりましたとも。

「お仕事大丈夫だった?」

「うん。今は落ち着いてるの。年度末で忙しくなるのは二月後半からかな」

 何故なら、お客さんのなかに「予算余ってるから」という理由で発注してくるところがあるからだ。余ってるからといって返上すると次から必要なだけ確保できなくなるから使い切りたいものらしい。官公庁でなくてもそういう話があるとは、このご時世からすると羨ましい限りだ。




 そうして迎えた当日。今年は十四日が日曜という素晴らしい年だ。職場の女子一同で渡すものの準備がいらないって素晴らしい。お局に近い(まだ先輩がいるから!)年だから、自分がとりまとめてどうこうはないから文句を言うのはおかしいだろうか。

「いい年した男女がバレンタインを実家で家族と過ごすってどうなんだ……」

 明さんの呟きは、明人ともども聞こえないフリをした。


特に盛り上がる話でもないですが、これで完結とします。

本編完結しているし、くっついた後の「~暮らしています」もあるなか、ここだけ「美弥は明人の気持ちに気付いていません」で書くのが限界に…。

美味しいお酒が飲みたい、肴をつまみたい、という欲求のもと書き始めた本シリーズを今まで読んでくださってありがとうございました。

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