交差する運命
アレンの決意表明とほぼ同時刻。人間界ではもう一つの運命が動き出そうとしてた。
その者の名はリーシャ・クランチ。生まれた時より最もアレンと多くの時を過ごし、信頼され信頼していた。毎日が楽しくて仕方が無いはずだった。あの日までは。
いつもと同じだったはずだ。いつもと同じように学校へ行き、いつもと同じように授業を受け、いつもと同じように帰り、いつもと同じようにアレンと遊びに誘いに行った。しかし、その後の光景はいつもと同じなどでは到底なく、寧ろ十年間の短い人生の中で最悪の物だった。
あの日は、アレン含む親しいクラスメイトと共に外で遊ぶ約束をしていた。しかし、いつもは比較的早く売るはずのアレンがいつまでたっても来ない。これはおかしいと誰かが提案したのだ。誰かアレンを呼びにいてはくれないかと。そこで、リーシャが呼びに行くことになったのだ。別におかしなことじゃない。よくあることだ。ただ、状況が異常すぎていただけで。
その後、アレンの家に着いたリーシャは、ドアをノックしようとした。しかし、すぐにその手を収めた。室内で起こっている『何か』に気付いたからだ。それは一言では言い表せない怒り、恨み、悲しみなどの感情。それに気圧されたため、リーシャは手を収め、ついつい聞き耳を立ててしまった。
そして、あの会話を聞いてしまった。
曰く、アレンが魔王の血を引いており魔界に行かなくてはいけないという事。いても経ってもいられなくなった彼女は、ドアを開けた。勿論怖かったが、それ以上に知りたかった。アレンが魔王――あの恐ろしい魔族の王と言うのなら、今までの関係はなんだったのか。あれは嘘だったのかを。
果たして、リーシャは答えを得た。アレンは間違いなく自分を友と思っていた。そこから先の記憶はないが、他に一つ、確かに感じたことがある。「必ず帰る」と、その強い意志を感じ取ったのだ。だからこそ、希望を捨てずにいれる。信じていられる。
そんな彼女に今、運命と言う名の恐ろしく巨大な壁が襲い掛かろうとしていた。
心に負った傷は深く、学校に行ける状態じゃないリーシャは自室で閉じこもっていた。何をする訳でもなく、一日中ぼーっとしながらただただ時が流れるのを待つ。そんな空虚な日々を過ごしていた時、何の前触れもなく自室のドアが開いた。
お母さんかな? そう思い金色の瞳を向け、そして――見開いた。その目に映ったのは、母親の姿ではなく二メートルあろうかという厳つい大男と、それと対をなすような見目麗しき少年。
強盗。一瞬そう思ったが違うことに気付く。この人たちは知っている。有名人だ。こんな田舎の住人が知っているなら、世界的に有名な人物のはず。そう、確か彼らは――
「……聖騎士?」
そうだ。思い出した。聖騎士だ。人間界有数の実力者にして、日々魔族から人間を守ってくれるヒーロー。そんな人たちが何故こんな、言い方が悪いがド田舎に?
それを問う前に、口を開いたのは大男の方だった。
「ちっちぇえなあ!! ほんっとにこのガキンチョがそうなのか!? おお、チビッコ?」
でかい。図体と同じように大きな声だ。実際、少年の方はジロリと睨んでいる。
「そうなんじゃないの? 神託によると、選ばれた者がいるのはここで間違いないんだし。それより、ボクをチビッコと呼ぶのはやめてくれないかな。あなたみたいな木偶の坊と並ぶと小さく見えるかもしれないけど、これでも百七十はあるんだ」
木偶の坊。図体ばかり大きくて頭は空っぽとか、そう言った意味で使われる言葉だが知ってか知らずか、大男は笑いば飛ばしている。それにしても状況が全く見えない。選ばれたとは一体。
「あのーあなたたち、聖騎士……ですよね? なんでこんなとこに」
「ああ、まあ気にすんな。とりあえず、眠っていてもらうぜ」
いうや否や、大男は右手を伸ばしてきた。一指し指を立て、額に当てる。途端、リーシャはバランスを崩し倒れた。一瞬のことで、何が起きたのかは分からない。が、あまり穏やかではないようだ。そう思っていると、体が宙に浮いた。大男に担がれているのだ。
リーシャは薄れゆく意識の中で、そんなことを感じ取っていた。
「そんじゃまあ、行くとすっか!!」
「リーシャさん、だっけ。心配しなくていいよ。振動を与える魔法、《クエイク》で軽い脳震盪を起こしただけだから。って、もう気を失っちゃってるか」
二人はリーシャの部屋から出た。すると、その傍へ駆けてくる者があった。リーシャの母親だ。二人の前に立つと、弱々しく聞いてくる。
「終わったんですか……」
少年が頷いた。そして優しく微笑みかけ、言う。
「はい。滞りなく。安心してください。彼女は無事に本国へお連れします」
「そう言うこった。俺等に任せとけよ。こいつは俺等の、いや人類の希望だからな。何があろうが必ず守ってやらあ。つっても、皮肉なもんだよなあ。こいつと仲の良かったガキ……アレン・アヴィスだっけか? 例の魔王候補なんだろ? って言うのににこいつは――」
彼らの足元に魔法陣が浮かび上がる。転移魔法の発動だ。そして、転移が完了する直前、大男は続きを言った。
「――――魔王と対をなす存在……『勇者様』なんだからよぉ」
魔王と勇者、二つの運命は動き出した。