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9. ユミル編 ⑧ 俺なら、君を手放したりしない

(凄かった……都会じゃあんな素晴らしい劇を見れるのね)


 劇を見た後「今日のやることは終わり」とレイクリウスに促されて彼の屋敷へと戻ったユミルは、此処を使ってくれと構わないと用意された客室のベッドに寝そべり、先ほどの劇のパンフレットを抱きしめつつ天井を仰いで劇の余韻に酔いしれていた。


(どうしよう。仕事探しとか考えていたのに、あの劇の衝撃と熱が止まない……)


 こうして屋敷に戻って来ても、頭の中には先ほど見た劇の場面が脳裏を乱舞する。幾つかの仕事の求人のメモをもらったものの、今日はもう仕事を吟味する気分ではなくなってしまった。


(そうだ。確かレイクリウス様がこの劇の原作なら屋敷にもあるよと言っていたわ!)


 思い出し、むくりとベッドから起き上がる。原作の小説を読んで、感動の場面を反芻したいという欲求が瞬時にユミルの感情を占めていく。


(やだわ。私ったら、王都に来て一気にお上りさんになっちゃった)


 そう思いつつも一度湧き上がった欲求には抗えず、もういっそ早くに原作小説を読んでこの欲求を満たして仕事探しに精を出そうと決意する。


「レイクリウス様、どこかしら……」


 そっと扉を開けて屋敷の中を徘徊する。屋敷の中は外から見た時から分かっていた通り、結構な広さだ。しかしこの王都で見た貴族のものらしき屋敷に比べれば小さい方だった。


(何処かに、レイクリウス様が……)


 屋敷の中をキョロキョロ見回しながら彷徨っていると、


「っ?」


 扉がほんの少し開けられていた。そっと隙間から中を覗くと、


(あ、レイクリウス様……)


 執務室と思わしき部屋の巨大な机に備え付けられた椅子にもたれ掛かりスヤスヤと眠るレイクリウスの姿があった。


(どうしよう……起こすのは悪いかな……?)


 うーんと悩む。原作は読みたいが、態々レイクリウスを起こすのは忍びない。主の許可なしに給仕の人に頼んで勝手に借りる訳にもいかないので今日は諦めるしかない。


(仕方ない。今日はもう部屋で休むか求人に一度目を通すかしよう)


 そう思う踵を返そうとし、


「母さん……父さん……」


 ポツリと、レイクリウスの声が聞こえた。


(え?)


 声に反応し振り返ると、レイクリウスがうなされているのが見える。


(レイクリウス様⁉)


 ユミルが驚き見ている前で、


「ぅ……あ……」

(うなされている……)


 眉間にしわを寄せてうわ言を呟くレイクリウス。


「違う……俺、は……」

(ど、どうしよう……)


 何事か呟く彼をそのままにしておけず立ち往生するユミル。おろおろと挙動不審になるユミル。そこに、


「ん、ぁ……?」

「あ……」


 目を開き、眼をこするレイクリウス。ばつが悪そうな表情をするも、取り合えず声をかけるユミル。


「だ、大丈夫ですか? その……レイクリウス様」

「あ、ああ……すまない。寝てたね」

「い、いえ……」


 よろよろと起き上がるレイクリウス。


「何か、用があったんじゃないか?」

「あ、えっとその………………ひ、昼間の劇の原作の小説を貸してもらえればな、と」

「ああ、そうか。此処じゃなく、別の部屋に置いてあるんだ。ついて来てくれ」

「あ、えっと……はい!」


 そう言って先導するレイクリウスの後ろをユミルは付いて行く。




   ◇   ◇   ◇




「う、わあ……」


 案内された別室。そこには無数の本棚がおかれ、その中にぎっしりと収められている本の数に圧倒されるユミル。


「すごい……!」

「読書が趣味なのかい?」

「はい! 前にちらっと話した通り、私昔は役人になりたかったんで、必死に勉強していたんです! それで、本はよく読んでいたんですけど……」


 ふっと輝いていた目が曇るユミル。


「……平民で、女の私が取り立てられるなんて夢物語だと嗤われたりしたんですよね」


 村の一部の大人から言われた「女が本なんか読んでても役に立たねえっての」という言葉が浮かび、拳を握り締める。


「でも、小説とか楽しいので今でも読書を趣味にしているんです」

「そう、か………………今日の劇は楽しかったかい?」

「っはい! それは、もう!」


 レイクリウスの言葉に食い気味に返し、笑顔を向けるユミル。


「そう、か……」

「……?」


 レイクリウスの何かを含んだかのような表情に不安になるユミル。


(何か私、悪いことでもしたのかな?)

「ああいや、すまない。今日見た劇は、俺の母親も大好きでな」

「レイクリウス様の、お母様が……ですか?」


 言っていて気付く。そう、確か以前レイクリウスが言っていた。


「その、確か前に聖剣に選ばれて勇者になってから……大分変わられた、と」

「うん……」


 ふと視線を落とし床を見つめながら、本棚の間を進むレイクリウス。


「俺は、俺の家は元々は男爵家で下級貴族なんだ。兄が家を継ぐことになっていて、そのせいもあって俺自身は結構貴族とかお堅い教育はされなくてな。領地の子供と仲良く遊んでいたくらいだったんだが……」


 そっと本棚にある一冊を手に取る。


「なんでかな。前は気安く呼び捨てだった連中も俺が勇者になってから急に〝様〟を付けて畏れるようになって。

 母さんも父さんも、田舎の領地暮らしで満足していたのに、俺が勇者になって王都に来てから急に贅沢三昧。今日見た劇も何度も見るわ、茶会に晩餐会に舞踏会にカジノにともう手が付けられなくなって」

「レイクリウス様……」

「今日劇を見て、母さんがはまる理由もちょっとだけ分かった気がしたよ。はいこれ」


 そう言って本を差し出すレイクリウス。


「原作小説。合っているかな?」

「あ、はい……すみません。傷を、抉るような真似を……」

「はは! ユミルが悪い訳じゃないさ」


 今日行った劇を純粋に楽しんだことに罪悪感を覚えるユミルに気にしてないと首を振るレイクリウス。


「あの、一つ質問をしても宜しいでしょうか?」

「ん? 何だい?」


 首を傾げるレイクリウスに意を決してユミルはとある噂の真偽を問う。


「あの、噂では邪竜討伐の報酬を何も求めず、ただ静かに暮らしたいと王に言ったとか……何とか……」


 そう。ユミルの元婚約者アルバスは〝聖騎士〟となり身分と地位を得た。だが〝勇者〟であるレイクリウスは何も求めることは無かったという噂が実しやかにユミルの村にまで伝わっているのだ。

 

(本当、なんだろうか?)


 ユミルの意を決した質問は、


「ああ、本当だよ」

「っ!」

 

 軽く本人から肯定された。


「ど、どうして……⁉」

「正確には、邪竜討伐の報酬として、俺は〝自由〟を求めたんだ。で、陛下はそれをお認めになった、と」

「そんな……」


 レイクリウスの言葉に唖然とするユミル。


「そ、それでいいんですか⁉ 私自身は戦いに行ってはいませんが、無理矢理邪竜と戦わされたと聞き及んでいますが……!」

「うん。まあそうだね」

「っなら! 尚のこと、何か金銭とか報酬を貰わないと……割に、割に合わないんじゃ……!」

「いいんだ」


 ユミルの必死の言葉に、しかしレイクリウスは首を横に振る。


「俺は……正直地位や金にそこまで魅力を感じない。母さんや父さんが目に見えて変貌したのを目の当たりにしているからな。

 兄貴もあまりの両親の変わりっぷりに『お前は俺達のことを気にせず好きなように生きろ』って言ってくれたぐらいだ」

「そんな……でも……」


 そこまで言って、ぐっと押し黙るユミル。直接戦場を見た訳でも、行ったこともない自分がこれ以上言うのは野暮だと感じたからだ。


(でも……でも……!)


 他人事だと理解しているのに、歯噛みする。せっかく命をかけて邪竜討伐を成し遂げたのに、誰よりも何よりも命を懸けたであろう〝勇者〟が求めたのが、〝自由〟だけだなんて……!


(いや……違うんだ……)

「レイクリウス様は……嫌、なんですね。変わったお母様やお父様が。恐れ敬うようになった、領地の人々が」

「……うん」


 力なく頷くレイクリウス。


「金が無くても、弱小貴族と嗤われても、夜会や茶会や舞踏会に呼ばれなくても、皆で幸せに慎ましやかに暮らして居たあの頃の方が、俺は好きだったよ」

(レイクリウス、様……)


 沈黙が、二人の間に舞い降りた。どちらも、何も言えずじっと床を見続ける。カチカチと時計が時を刻む音だけが僅かに響く。


「……ありがとう、ございました。本、部屋で読ませて頂きますね」

「あ、ああ。すまない。こんな話をしたかった訳じゃなかったのに」

「いいえ。私も、貴方のことが聞けて良かったです」


 そう言ってにっこりと笑いお辞儀するユミル。


「おやすみなさい、レイクリウスさん」

「っぁ……名前……」

「はい」

 

 くすっと悪戯っ子の笑みを浮かべるユミル。


「〝様〟付けは嫌だっておっしゃられたので、依然と同じ〝さん〟に戻そうかと」

「っああ! 嬉しいよ! 是非そうしてくれ!」

「ふふ! はい、レイクリウスさん」


 そう笑って、今度こそ部屋を出るユミル。その後ろ姿を見送りながら、レイクリウスは一言呟く。


「俺なら、君を手放したりしないのにな……」


 それはユミルの耳に届くことはなく、虚空へと溶け消えた。

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