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2. ユミル編 ① 馬車で行く王都への旅


「じゃあね、ユミル。気を付けて……」

「うん、お母さん。暫く会えないだけなんだから、心配しないで」


 用意された馬車の前で軽く別れを済ませるユミルと母親。


「では、王都に出発させて頂きます」

「はい。宜しくお願いします!」


 そう言ってユミルは馬車に乗り込めば、そのままゆっくりと馬車が歩き出す。


(確か……王都には明後日には着ける言ってたっけ)


 ふうと一呼吸する。今日明日は馬車の旅。そう考えて服のポケットの中に入れておいたメモを広げて眺める。


(王都に行ってまずやることは……)


 じっとメモとにらめっこする。やはり職探しからだろうか? いやいやそれよりも前に職業を斡旋している場所について探らなければいけない。怖い所だったらどうしよう? いやそれ以前に田舎者が行って門前払いにされないだろうか?

 そんな風に悶々と考えにふけていると、

 ガシャン!


「っ何⁉」


 突如馬車の速度が遅くなる。同時に、


「申し訳ありませんユミル様。外に出ず、少々お待ちを」


 馬車の壁越しに聞こえる〝レイ〟の声。同時に、

 オォオオオオオオオオオオオオオン!

 嘶く狼のような獣の唸り声。


「え、ちょ⁉」

(な、何事⁉)


 ぎょっと身体が固まる。しかし、


「良いと言うまでどうか馬車の中で待機を!」


 覇気のある〝レイ〟の言葉。同時に獣の鳴き声が木霊する。


「は、はい⁉」


 慌てて外に出ようとしてドアノブにかけた手を離す。そうこうする内に馬車の外からやはり無数の獣の雄叫びが響き渡り――


「――お待たせしました。もう外に出ても大丈夫です」

「え、あ、はい」


 外からの〝レイ〟の声。ほっと息を吐いてドアノブに再び手を伸ばし、


「ただ、今さっき魔物の奇襲を受けたので……外に出るのはおすすめ出来ないけど」

「え、ま、魔物⁉」


 驚きに目を見開く。魔物とは魔術的な力を持つ怪物。鋭い牙や爪を持つ者から言語を介し魔術を行使する者もいるという人間の天敵。野生動物だけでも大変だというのに魔物に襲われたなんて、と慌てるユミル。


「大丈夫。ただちょっと周りが酷いことになっているので、出来れば馬車の中に残ってくれると助かる。後血の臭いに引き寄せられて他の魔物や獣が寄って来ないよう死骸を土に埋めるとかの処理をするから少し待って貰えたらありがたいが……」

「わ。分かりました」


 言われてそのまま座り直すユミル。内心ひえーっと冷や汗を流す。


(やっぱり村の外って危険なんだ……というか一応は整備されているはずの王都までの道でも魔物が出るんだ……)


 バクバクと心臓が高鳴る。が、同時にふと湧き上がる思い。


(――アルバスも〝レイ〟さんと同じように魔物を退治していったのかな?) 


 幼馴染に思いを馳せる。同時に何が彼を変えたのかと再び陰鬱になったのだった。




   ◇   ◇   ◇




「今日はこの辺りで野宿となります。俺はテントを張るけど馬車の椅子を動かせばベッドになりますのでユミル様はそちらをお使いください」

「あ、はい。ありがとうございます」


 夕方になり、少し拓けた場所に馬車を停めてそう伝える〝レイ〟に感謝を述べて馬車から降りるユミル。そのまま〝レイ〟は馬車の中の椅子をスライドさせ、ベッドに変形させていく。


(すごい……最近の馬車ってあんな風にベッドに変形もするの?)


 田舎育ち且つ馬車に乗ったことがそう多くないユミルは思わずその仕掛けに見入ってしまう。


「終わりまし……何か?」

「あ、い、いえ! 馬車の座席って動かしてベッドにもなるんだって……知らなかったもので……!」

「おや、そうなの……そうなんですか」


 慌てるユミルに砕けた言い方をしそうになって言い直す〝レイ〟。


「そんなに畏まらないで下さい。私は……」


 一瞬ためらい、しかし自嘲の笑みを浮かべてその続きを紡ぐ。


「私は……ただの村娘でしかありませんから」


 そう、自分はただの村娘でしかない。


「だから畏まった話し方をされなくて大丈夫です」

(なんか無理して敬語使ってったっぽいんだよな……)


 苦笑するユミル。〝レイ〟が村に来た時から時折彼の素の言葉が垣間見えていたのでそう伝える。


「あ、いや……その……すまない。ありがとう」


 はにかむ〝レイ〟。ふっと穏やかな空気が束の間二人の間に流れる。


「……じゃあ火と俺が寝るテントの準備をするから」

「あ、じゃあ私夕食の準備しますね」


 笑い合い、二人は荷物を取り出していった。




   ◇   ◇   ◇




「ユミル……様は」

「ユミル、でいいですよ」


 月明かりと焚き火が周囲を照らし、ユミルの準備した夕食を〝レイ〟とユミルは食べていた。


「じゃあ、ユミルは……どういう関係なんだ? その……〝聖騎士〟アルバスと……」


 ピクリ、とユミルは一瞬動きを止め……次いでふっと観念したかのような笑みを浮かべる。


「元婚約者、です」

「婚約」


 弾かれたかのように言葉を反芻する〝レイ〟。それに苦い笑いを浮かべるユミル。


「はい。私、アルバスと婚約していたんです」


 沈黙がその場に訪れる。パチパチと焚き火の音だけが辺りに響く。


「そ、の……どうして、元……だなんて……」

「……分からない、です。この前手紙が来て、それで婚約を破棄させて欲しいって書いてあって」


 ぎょっと〝レイ〟の顔色が変わった。


「そんな……!」

「……仕方、ないんです。アルバスは……〝聖騎士〟って言われるくらい有名になって……ただの村娘の私となんか……」

「そんなことない!」


 叫ぶ〝レイ〟。その声に驚いたユミルが思わず顔を上げてみれば、そこには真剣な目でこちらを見る彼がいた。


「いや……その、すまない」


 呆然とするユミルに謝罪をする〝レイ〟。


「ただ……その、幾ら英雄と言われるようになったと言っても、いきなり婚約破棄だなんて……不誠実、なんじゃないか……と……」

「ふふ……〝レイ〟さんは優しいんですね」


 思わず笑ってしまうユミル。


「そう、ですね……昔のアルバスなら、手紙で婚約破棄なんて伝えないでしょうね。ああいや、そもそも昔の彼なら婚約破棄自体しないか」


 お世話になっているお礼にせめてと自分が料理した熱々の具材を挟んだサンドイッチを頬張りながら、ユミルは何とも言えない表情で焚き火を見つめる。


「その、アルバスとは……長い付き合い、なのか……?」

「幼馴染です。まあ小さい村ですからね。アルバスのちっちゃい頃もよく覚えてますよ」


 パクリとサンドイッチをかじり答えるユミル。


「昔のアルバスは……正義感が強くていじめっこ達に立ち向かって、でもその割に全然弱くて……逆に私が助けたり庇ったりしてたぐらいなんですよ」


 クスクスと笑うユミル。


「そ、そうなのか。今じゃ〝聖騎士〟って言われているが……」

「悔しくて村に来てた道場だか武術家だかの人に槍術を教えて貰ったのをきっかけに、鍛え始めたんですよね」


 少し遠い目になるユミル。

 

「離れた村にまで行って本格的に槍を習い始めて、腕を見込まれて王都の武術大会に行ったまでは良かったんですけど……そうしたらいきなり魔物の軍勢が迫っているとかで徴兵されて……」

「徴兵……そうか、彼は志願兵じゃなく徴兵されたんだったか……」


 ぼそりと呟く〝レイ〟。


(? なんだろ……?)


 〝レイ〟の発言に違和感を覚えるユミル。しかしそれが何なのか分からず、じっと焚き火を見つめ何とはなしに呟く。


「私にとってアルバスは昔のままだし、私自身も変わったつもりはないんですけど……」


 そう前置きした上で、


「やっぱり、〝聖騎士〟と言われるくらいになったんだから、変わっちゃったんですかね」

「ユミル、様……」


 〝レイ〟の痛ましそうな視線を受けながら、ユミルは遠い目で呟いた。


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