8、
「あの、落ち着かれましたか?」
散々笑うだけ笑ったローゼストをミルティは呆れた様に見つめていた。
(この人は一体なんなのでしょう?)
そんな表情が顔に出ていたのか、はたまたミルティの心の声を拾ったかローゼストはコホンとひとつ咳払いをすると話し始めた。
「ルウと私はね、親戚なんだ。うちが分家のぶんルウの実家より下位ではあるけどね」
ローゼストの話はこうだった。
ルウ、即ちルシウスの実家はミルティも聞き及んではいたが昔からの上位貴族であった。そんな上位貴族であるルシウスの生家が、ロウリー家の事業に目を付けたのだ。ロウリー家は貴族としては中流ではあったものの領地内での公共事業が上手くいき回りの貴族達からは一目置かれていた存在だったのだ。
そんなロウリー家と繋がりをもちたいと思うのは下位貴族だけでなく上流貴族でも同じだった。
そんな中での女の子の誕生に、回りの貴族は色めき立った。早い段階でミルティを利用してロウリー家に取り入ろうとする貴族が現れはじめたのだ。
勿論ルシウスの生家もそのうちの一つだ。しかし、ルシウスの生家には当時嫡男しかおらず、初めは親戚であるローゼストの家に養子縁組かミルティの婚約者として繋がりを持つことを打診していたのだ。ルシウスの家よりは位が下にはなるもののフォーリー家はロウリー家よりは格段に上位貴族だ。それに、ローゼストは次男だった。既にフォーリー家には嫡男がいたためローゼストが適任だったのだ。
勿論かなりの高位貴族からの打診は格下貴族のロウリー家ではそれなりの理由なく断りきれるわけがなかった。
そこで仕方なく申し込みにミルティの両親は条件をつけ、受け入れることとしたのだった。
その条件が飲めなければ向こうから断ってもらえるように。向こうから断ってもらえさえすれば、ロウリー家にも非は及ばない。
そしてロウリー家が出した条件は、二つあった。
一つは申し込む側の子供がある程度の年齢になった時にロウリー家で過ごす事。二つ目ははじめから婚約者や養子縁組としてではなくミルティや来てくれる子供が納得して、幸せになれると確信が持てた時でも良ければ婚約なり養子縁組を受け入れると言う条件であった。
幼い頃からロウリー家で過ごしてもらえればもし万が一ミルティと婚約したいと言われてもその子の人柄を見極め、ダメそうなら婚約させずお互い幸せになれる方法を探る事ができるだろうとミルティの両親は考えたのだ。
これはロウリー家が有利な条件。嫌ならいくら高位貴族であってもロウリー家は受け入れないと。それでも良いとルシウスの家はロウリー家と繋がる事をきぼうしたのだ。
ところが、いざフォーリー家からローゼストが向かおうとしていた矢先。フォーリー家の嫡男が流行り病にかかってしまったのだ。嫡男は、高熱にうなされ明日の身も怪しくなってしまったことで、慌てたフォーリー家はローゼストを手放せなくなり困ってしまった。そんな時、運良く本家に次男のルシウスが誕生したのだった。
その為みすみすチャンスを逃がしたくなかったルシウスの生家は、自身の次男ルシウスを時期をみてロウリー家に送ることにしたのだった。
「ってことで、なろうと思えばまだ私も君の婚約者にもなれるし義弟にもなれるんだよ。あ、でも私の場合は君より上だから義兄?」
楽しそうにローゼストは目を細めた。対するミルティは目を真ん丸に見開く。
(そんな話は、聞いてない……)
「あ、で、でも。ルシウスはもう我が家に養子入りして……ます」
ルシウスはロウリー家に来て長い。その話の流れでい行くとミルティとルシウスが婚約していない現状では、ルシウスはロウリー家の養子に入っているはずだ。それなのに、目の前のローゼストは自分もミルティの義兄にも婚約者にもなれると言っている。
そんなローゼストの説明にミルティは急に不安に駆られ軽いめまいを感じつつ、語尾が小さくなってしまった。そんなミルティをしり目にローゼストは言葉をつづける。
「ん?あれ?聞いてないの?ルウ自身で養子縁組は断っているよ。それに、家の兄がルウがロウリー家に行ったしばらく後になって元気になってきて、私とトレード……」
(養子縁組を断った?トレード?)
「っ!って、養子を断った?トレード!?トレードって誰が!誰を!?」
「え?あ、えっと……」
グワッと突如ローゼストの言葉に反応して話を遮り、目を見開いたミルティにローゼストは若干退いていたが、ミルティはそんな事を気にする余裕がその一言で吹き飛んでしまった。
「え?ルシウスが家からいなくなっちゃうんですか?!ルシウスが!」
居なくなる?
あれだけ俺のそばから離れるなんて許さないとか、ミルティミルティとシスコンだったくせに。
それなのに自分はロウリー家の養子を断った。つまりはロウリー家に残らないという選択をしたという事だろう。それはすなわち――
ミルテイの頬に大粒の涙が落ちる。
愛しい人が出来たから?ミルティのそばには居たくないのかもしれない。
ミルティの頭の中に一人の少女がぼんやりと浮かぶ。
ルシウスがシスコンだと思っていたが、実はミルティがブラコン過ぎてルシウスはそれが苦痛だったのかもしれない。だから愛しい人を見つけたきっかけにローゼストとルシウスの立場をトレードして生家に戻ろうとしていて……。
「ルシウスが……」
いなくなる。
「え?あ、だから……。わ!ちょっとなんで泣くの!?」
ポロポロと泣き出したミルティにローゼストは慌てふためく。
「ちょっと……泣かないで。どうしよう困ったな」
そう言って、困った顔のローゼストはミルティを優しくギュット抱き締めた。
「っ!」
その行動にさすがに今度はミルティが驚き、慌ててローゼストから離れようと試みればローゼストが優しく頭をなでてきた。
「そんな顔他の人に見せられないでしょ?私は見ないから、離れるのは落ち着いたらで良いから、ね?それにそんな顔を誰かに見せたって知られた、私が危ないでしょ?」
最後の方の言葉は良く聞き取れなかったけれど、いい子だから落ち着いてとさらに髪をすくようになでられた優しさに、ミルティは我慢できなくなりローゼストにしがみつきとめどなくあふれる大粒の涙を落としはじめた。
そのミルティが大粒の涙をこらえるのをやめたのと時同じころに、パーティ会場の一角が異様な室温の低さに包まれていることに気づかずに――。
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