八日目 遺跡の謎
目的地の遺跡は先程の町の近くにあり、そこには比較的すぐに着いた。近いとは言っても、それは深い森の中にあり、さっきまでいた町とはうってかわって静寂に包まれている。木々の隙間から漏れる微かな木漏れ日だけに照らされて、空気も綺麗で気持ちがよかった。
そんな透明な森の中に、遺跡の入り口はぽつんと佇んでいた。
「ここかな」
「そうぽいね」
木漏れ日に照らされた遺跡は、入り口だけが外から見えるように露出していた。たぶん、その先は地下に続いているんだろうと思う。遺跡の入り口はごつごつとした石を積み上げて出来ていて、表面にこびりついている苔がとても年季を感じさせる。
入り口の扉はそこまで大きくはなかった。たぶん、大人だったら頭をぶつけるくらいの高さだ、それに、横幅も私とチャルが並んでちょうど、というくらいしかなかった。
しかし、困ったことに、その扉はガッチリと閉ざされており、そこにはドアノブのようなものはおろか、鍵穴すらもなかった。
「扉、閉まってるね」
「うーん、まあ開けっ放しだと不用心だし……」
「チャル、開けれる?」
「鍵とかで閉じてるわけじゃなさそうだから、どうだろう……あ、宝石屋さんからはなにかないの?」
「ああ、忘れてた」
そういえば、この遺跡は普通の人じゃ入れないって言われてたんだった。
ここでいう普通の人とはたぶん、魔法を使えない人ということだろう。ということは、事実上この遺跡は私たちふたりしか入れないということになるのだろうか?
なぜそんなものがあるのか少し気になったが、そんなこといまここで考えてもわからないだろう。
私はポケットの中から折りたたんだ紙を取り出し、広げる。その手紙には、こう書いてあった。
━━━━━━
この遺跡は極めて神聖な場所です。ここに入ることを許されるのは、邪心を少しも持たない、湧き水のごとく純粋な人間だけです。私はあなたがたにはその資格があると信じ、推薦しました。
しかし、それでもまだこの遺跡には入れません。なぜなら遺跡に長年誰も足を踏み入れなかったために、遺跡がエネルギーを完全に失ってしまっているからです。
遺跡の扉の真ん中に、蒼い宝石がはめ込んであると思います。その宝石はこの遺跡の"鍵"であり、この遺跡全体のエネルギーを司るものです。そしていま、その宝石は完全にエネルギーを失っていると思います。この遺跡の扉を開け、遺跡を"可動"させるには、その宝石に莫大なエネルギーを注ぎ込む必要があります。
まあ子どもにもわかりやすく言うと、そこにはめ込んである宝石に神聖な"光系"の魔法を放ってエネルギーを注入すればよいのです。
━━━━━━
「だって」
「ふむ」
たしかに、その扉には宝石のようなものがはめ込んであった。
ところで、チャルは問題ないとして、私はこの遺跡に足を踏み入れていいほど純真なのだろうか。しょうじき、自信はない。
「リリスちゃんよろしく」
そんなことを気にする素振りを少しも見せず、チャルはそう言った。まあでも、とりあえずいまは深いことを考えるのはやめよう。
さて、しかし魔法を使うのはやっぱり私か。ただ光系の魔法とか言われても困るけれども……とりあえず、ものは試しだ。
「えっと、ここに魔法を放てばいいの?」
「そうじゃない? 光系のね」
私は左手を前に突き出して、神聖な光系の魔法と言われて最初に思いついたものを唱えた。
「ホーリーレーザー」
私が放った光の魔法は一直線に宝石のもとへと走り、その宝石の中に吸い込まれた。すると、いっしゅんだけ、宝石と周りの扉がぼわっとほてった気がしたが、光はすぐに散逸して、もとの状態に戻ってしまった。
「……」
「……なにも起こらないね」
「なんでだろ……?」
「でも、ちょっとだけ周りがほてった気がしたから、方針はあってるんじゃないかなあ? ちょっとリリスちゃん手加減しすぎたんじゃない? 本気でやってみてよ」
「え、ほんき? だいじょうぶかなあ……制御できるか不安……」
「やばそうだったら、私がなんとかするから」
うーん、まあ、チャルがなんとかしてくれるなら大丈夫だろう。古代遺跡を可動させるほどのエネルギーということだから、かなり莫大なエネルギーが必要なのかもしれない。
「じゃあ、チャルちょっと下がってて」
「うん」
チャルは私の半歩後ろに下がった。
「ふぅ……」
私は深呼吸をして精神を集中させる。
右手を広げて空へ掲げ、私の周りに漂う自然のエネルギーを広げた右手を通して、自分の身体の中心に集める。そして、左手を前に出して広げ、身体の中心に集めたエネルギーを左手に伝えて留める。放つ魔法をしっかりとイメージして、その魔法の名前を叫ぶ。
「ホーリーレーザー!」
私の左手の平から、さっきとは比べ物にならないほどに眩しい、白い光の帯がほとばしる。
キュイン!
と、甲高い音が、光の魔法が宝石に到達した瞬間に辺りに響き渡った。そして、さっきと同じように、私の放った光の魔法は、その蒼い宝石の中に吸い込まれていった。そして、
パァア!
と宝石が輝き始めた。
さっきは、吸い込まれた光がそのまま散逸してすぐに消えてしまったが、今度は宝石の中に吸収された光が宝石の中で乱反射して増幅され、宝石がまばゆく宝石の色と同じ蒼色で輝き初めた。
「おお……すごい」
その幻想的な光景を前に、チャルが呟いた。
そして、扉にはめ込まれた宝石を中心にして、扉の上にまばゆい光の魔法陣が浮かび上がった。
(ん……この魔方陣どこかで見たことあるような……)
たぶん気のせいではない、どこかで見たことある。そんなことが頭に引っかかったが、まあいいや。とにかく、その間に扉に浮かんだ魔法陣とともに、その石でできた重そうな扉がゆっくりと開いた。
「……開いたみたいだね」
「うん」
扉が完全に開いた後も、宝石が周期的に脈動するキュインキュインという独特な音が辺りに小さく響いているのは聞こえる。さっきまで静かに森の中に佇んていただけの遺跡だったが、いまは遺跡全体が淡く、周期的に輝いているように見える。その光の脈動は、まるで生き物の心臓のようだった。
もちろん、今いる地上から見えるのは遺跡の入り口部分だけだったが、おそらく遺跡全体に、宝石を経由して魔法のエネルギーが行き渡っているんだろう。そしてたぶんこれが、宝石屋さんの手紙に書いてあった遺跡が"可動"した状態なんだろうと思った。
扉の先を覗くと、案の定だろうか、長い地下へと続く階段になっていた。
「入ろう」
私はチャルの手をギュッと握って、遺跡の中に入る。前のプラリーネの塔の探索の時は気楽なものだったが、今回は少しだけ緊張している。
「おじゃまします……」
私たちふたりが遺跡の中に入るとすぐに、重い音とともに、入ってきた扉が閉じた。閉じ込められてしまったのだろうか。しかも、太陽の光が遮られて周りが何も見えない。私はすぐに、チャルに明かりを付けてと頼もうとしたが、その必要はなかった。私がチャルに頼むよりもはやく
パパパパッ!
という音とともに、遺跡の中に明かりが灯ったのだ。
明かりの色は宝石と同じ蒼色だった。おそらくは、この明かりもさっきの魔法のエネルギーによって培われているものなのだろう。私たちが遺跡に入った後も、キュインキュインという、その音と同じ周期で遺跡の明かりの明暗も変化していた。
その光に照らされて、私たちは下へと伸びるまっすぐな階段を下り始めた。
***
何分階段を下り続けただろうか、私たちはようやく、階段の終わりへと到着した。
階段の先には、異常に天井が高く、だだっ広いフロアが広がっていた。B1階だろうか。
「おおー、なんかすごいね」
チャルは辺りを見回して言った。私もいっしょになって見回す。フロアの端は私の視力では霞んでしまうほどに遠かった。また、そこには異常に高い天井を支える太い柱が大量にあって、内部を照らしている蒼色の光のせいもあり、神秘的かつ不気味な空間となっていた。
フロアの中は遺跡の外よりもかなり涼しい。また、変動する光の音以外は何も聞こえず、生き物がいる気配も感じなかった。邪のものは入れないようになっているということだから、魔物の類もいないだろうと思う。前に登った"魔物の巣"というべきプラリーネの塔とはかなり雰囲気が違っている。
しかし、こんなもの、いったい誰がなんのために作ったんだろう。
「どこへ向かえばいいんだろう?」
「わからないけど……とりあえず下へ向かえばいいんじゃないかな?」
たいてい大切なものは一番奥に置いておくものだ。とりあえず奥へ向かって間違いないだろうと思う。
ふたりでそのただただだだっぴろい空間をねり歩く。私たちが歩くたびに、その広い空間に足音が反響する。
「……」
「……なんかすごいね」
声を出すと、フロア全体が反響して声にエコーがかかったように感じられる、それがまたこの遺跡の神秘的な雰囲気と合っているように感じられる。
「なにもないのかな?」
あたりを見回しながら歩くが、巨大な石で出来た柱以外は特に特別なもの見当たらなかった。
「あ、あれ」
チャルが何かに気づいたように声を上げる、指を指したのは私たちが降りてきた階段のちょうど反対側に位置する壁だった。
「あ、階段……」
そこには下りの階段があった、これで更に下に行けるのだろう。けっきょく、このフロアが何のためにあるのかはわからなかったが、私たちは更に下へゆくことにした。
***
いくらか階段を下って私たちはB4階にいた。地下に行くほどフロアは少しずつ小さくなっていったが、それでもまだ十分すぎるほどに広い。いまのところ、何も変わったものは見当たらず、基本的にフロアには上りの階段と下りの階段があるだけで、他には驚く程に何もなかった。途中、魔物はおろか、トカゲやハエの一匹にも出会ってはいない、ここ最近誰かが足を踏み入れたような痕跡も全くと言っていいほどになかった。
特別な人間しか入ることができないとはつまりこういうことなんだろうと思う。
ところが、B4階にして初めて、変わったものが見つかった。
扉があったのだ。
「扉だね」
「うーん、更に地下はこの扉の先かな」
あたりを見回しても、降りてきた階段の他にはこの扉以外、先に進めそうなところはなかった。しかし、扉には鍵穴やドアノブはおろか、遺跡の入り口と同じような宝石がはめ込んであるわけでもなかった。どうやって開けるんだろう。
「開けゴマ」
「……何いってんの?」
ふたりで、扉の周りを少し調べることにした。しかしそれは意外にもすぐに見つかった。
「チャル、みて」
「なに?」
最初はただの汚れか何かかと思ったが、よく見ると、扉の横に何かが書いてあった。
「地球語じゃない……暗号?」
私はチャルに聞いた。
「いや……古代語だねこれ、見たことある……」
私たちが知っている言葉とは全く違う、ミミズが走ったような奇妙な文字。文字というのはそれを読める人が見てはじめて、意味があるものとして認識されるものだから、古代文字が書かれていても読めない私が最初気づかなかったのは無理もない。
古代語というのは、読んで字のごとく、昔使われていた言語のことだ。今でこそ言葉というのは地球語と呼ばれる地球のどこでも通じる言葉に統一されているが、その昔は、色々な国で別々の言葉が使われていたらしい。これらのいまは使われなくなった昔の言葉をまとめて古代語と呼ぶ。
つまり、古代文字とは遥か昔に廃れてしまったものであり、今のふつうの人間は見たことすらもないものだった。
「あ、思い出した」
チャルが言った。
「なに?」
「賢者様が残した魔導書と同じ古代文字……」
「あ」
言われて、私も思い出した。確かに賢者様が残した魔導書の古代文字はこれだった、私も少し読もうとしたことがある。
私たちの故郷の町に昔いたとされる賢者様は生前、大量の本を執筆して後世に残した。それは童話や子ども向けの教科書から、誰も理解できないような数学書や物理学書など様々だったが、なかには魔導書と呼ばれる、魔法について書かれている本もたくさんあった。そして、なぜだかは知らないが、魔導書だけは古代語で書かれていたのだ。
賢者様が亡くなったのは高々数十年前のことであり、ある種の古代文字で魔導書を書いたことは今思えばわざとだ。それが関係しているかは知らないが、チャルはなぜか古代文字が読めた。いっぽうで私は古代語が読めなかったし、勉強する気にもあまりならなかったので、代わりというわけではないが、賢者様が書いた学術の本を好き好んでよく読んでいた。
「そういえば、入り口の扉に浮かんだ魔法陣……魔導書の表紙に会ったやつじゃ?」
私は唐突にそれを思い出した。
「そういえば、そうかも」
まだ、なんとなくだけど、この遺跡の正体がわかってきたような気がする。
「チャル、読める?」
私が聞くと、チャルはそこに書いてある文字を読み始めた。
「ふむ……」
「どう?」
「「扉の右端から3番目、下から4番目の石を強く押し込みなさい」だって」
チャルは書いてあるとおりに、指定された箇所の石を押し込んだ。すると、重い石のすれる大きな音とともに、その石の扉が開いた。その先にはさらなる地下へと続く階段が姿を表した。
「やった」
私は喜びの声を上げた。
「でも、入り口と比べると、文字が読める人にとっては仕掛け自体は単純だったね」
「そうだね。これはたぶんだけど、この文字を読めること自体がこの遺跡に足を踏み入れていいかどうかの判定になっていたんだと思う。この古代語を読める人と、入り口を開く魔法を使える人がいっしょに来ないと入っちゃいけないんだと思うよ」
なるほど。まだよくわからないが、私も少しそんな気はした。
「まあまだわからないけど、とりあえず先へ進もう」
私たちはその扉の先に続く、さらなる地下への階段を進み始めた。
To be continued.