辺境での生活
ナンシーは、元婚家での生活を振り返った。
あの頃は、すべてがナンシーの責任にされていた。
「あなたの努力が足りないからよ」
姑のハリエッタの認知症が進み、自分のことができなくなった。ナンシーが必死に介護しても、周りは冷たかった。
「こうなったのは、ナンシーがちゃんとしなかったせいじゃないの?」
母親は普通だったのに、ナンシーが世話をするようになってから、手がつけられなくなった――そう言われた。
ナンシーは違うと言いたかった。
けれど、急に悪化した認知機能、おむつの問題、徘徊。すべてが一度に押し寄せて、何が正しいのか分からなくなっていた。
だから、「自分が悪い」と思う方が楽だった。
今は違う。
周りの人たちは、「ナンシーがよく頑張った」と言ってくれる。
母親の介護も、施設に任せるのが一番だと分かった。
あの頃、家族は「逃げられないように」と、ハリエッタを部屋から出さなかった。
ナンシーは、「やらなければならない」というみんなの押し付けに応えようと頑張って、崩れてしまった。
否定ばかりの介護だった。
今は、あそこから逃げて、自分を取り戻した。
辺境での1日
ナンシーは朝の掃除を終え、廊下の窓を拭こうとしたときだった。
「ナンシー!!」
どたどたどたっ──!
勢いよく走ってきた小さな金髪の塊が、そのままナンシーのスカートに”ぎゅむっ”としがみついた。
「お、おはようございます、ライナー様」
「様はいらないっ!ライナーって呼んで!」
(……まあ、かわいい)
ナンシーはしゃがみこんで、目線を合わせて微笑んだ。
「では、ライナー。今日も元気ね」
「うん!!ナンシーのとこ来たら、いいにおいした!」
(……掃除の石鹸の匂いかしら?)
ライナーがスカートを握りしめたまま、きらきらした目で言った。
「ねぇ、ナンシー、ぼくの係になって!!」
「係……?」
「そうっ!とうさまの係、クレインのおじちゃんの係、兵隊さんの係があるの!」
(係とは……この子独自の呼び方ね)
ライナーは無邪気に続ける。
「ナンシーの係はね──ぼくを毎日見てくれるおとな!!ね、いいでしょ!?ぼく、ナンシーじゃないといや!!」
ナンシーは思わず吹き出しそうになった。
「まぁ。そんな大役、私にできるかしら」
ライナーは真剣な顔でうなずいた。
「できる!!だってナンシー、やさしいもん。おこらないし、痛くないし、あと……あったかい!」
(痛くない……?この子は誰かに強く扱われていたのかしら)
胸がきゅっとする。
「……では、今日から少しずつね。私はお掃除のお仕事もあるから、できる時間だけになるけれど」
ライナーはぱあっと花が咲いたように笑った。
「やった!!ナンシー、ぼくの係!!」
そこへ、ランドルが現れた。
「ライナー──廊下を走るなと……」
ランドルは途中まで叱る口調だったのに、息子がナンシーにぴったり貼りついているのを見て言葉を失った。
「……何をしている?」
「ライナーが”私を係にしたい”と……」
「係……? また変なことを……」
「とうさま!!ナンシーはぼくの係!!だから、きょうは一緒に朝ごはんたべるの!!」
「……ナンシーの仕事を増やすな」
「だってぼく、さみしいもん……」
その言葉にランドルの眉がぴくりと動く。
ナンシーは静かに申し出た。
「ランドル様、私ができる範囲でお相手します。お仕事に支障は出しませんわ」
ランドルはしばらく黙ったあと、小さく息をついた。
「……すまない。ライナーは母を亡くしている。甘えたいのだろう」
「ナンシー……いてね……?」
ナンシーは優しく頷く。
「ええ。私は逃げませんから」
その一言で、ライナーの顔がぱあっと明るくなった。
ランドルはその光景を見て、胸の奥がきゅっと締まるような感覚を覚えた。
(……ナンシーが来てくれて、本当に良かったのかもしれない)
ライナーにとって、ナンシーは初めての優しい大人だった。
ランドルの息子ライナー。
ランドルには妻がいない。
死んだとは聞いていない。もし亡くなっていたなら、お葬式のような行事があるはずだから、おそらく生きているのだろう。よく分からないが、とにかく今はいない。
男手一つで育てたせいか、ライナーは甘えん坊だった。
ナンシーには、すぐに懐いた。




