2人で乗り越える。
ランドルは、静かに口を開いた。
「……あなたから想いを告げていただいたこと、とても嬉しく思っています。
ですが、私にもあなたに伝えなければならないことがあります」
一度、言葉を切る。
「ライナーの母親――イベッタのことです」
ナンシーを見て、逃げずに続けた。
「お気づきかもしれませんが……
ライナーは、私の子ではない可能性があります」
「私は黒髪ですが、イベッタは茶色の髪。
ライナーは金髪……私にあまり似ていません」
「政略結婚でしたし、イベッタとは良好な関係ではありませんでした。
だから、確かめることもできなかったのです」
声が少し低くなる。
「ライナーは乳母に育てられていました。
……母親らしく接していたとは、思えません。
殴られていた可能性もあります」
沈黙を挟んでから。
「ライナーが三歳のとき、
イベッタは……金髪の男と姿を消しました」
「その男の顔は、ライナーにとてもよく似ていた」
「だから私は思っています。
……私と、ライナーは血がつながっていないのだと」
静かに息を吐く。
「イベッタは、実家が今も探しているそうです。
ですが……私たちはすでに離婚しました」
「私の過去は、かなり厄介でしょう。
私自身、受け入れるのに時間がかかりました」
そして、はっきりと。
「それでも……
あなたが、私とライナーをつないでくれたことには、感謝しています」
最後に、逃げずに言う。
「この過去を含めて受け入れていただけなければ、
私は、あなたの愛に応えることはできません」
ナンシーは、すぐには答えなかった。
少しだけ間を置いてから、静かに口を開く。
「……即答は、できません」
そう前置きしてから、ゆっくりと言葉を選んだ。
「私自身の過去を思うと……
あなたの過去も、そして私の過去も、
どちらも、ひどくて、寂しいものでしたね」
視線を落とさず、続ける。
「受け入れる、という言葉は……
少し、重すぎる気がします」
「けれど……
もし“受け入れる”のではなく、
“一緒に乗り越えていける”のなら」
ほんのわずかに、柔らいだ声で。
「……それなら、どうでしょう」
一呼吸。
「お互いの過去を知る者として、
理解し合える存在に――
これから、なっていけたらと思います」
最後は、無理に笑わないナンシー
「私も……無理をせず、
ゆっくりと、向き合っていきたいのです」
ランドルは、小さく苦笑した。
「……本当なら、ここで膝をつくべきなのでしょうが」
自分の体を見下ろして、続ける。
「この体では、それも叶いません」
少し間を置いて、まっすぐにナンシーを見る。
「ですが……
自分の足で膝をつけるようになったら」
「そのときは、きちんと――
結婚式を挙げても、よろしいでしょうか」
一拍おいてから。
「あなたに、妻になっていただきたい」
ナンシーは、迷わなかった。
深く息を吸い、静かに答える。
「……お願いします」
その言葉は短く、
それだけで十分だった。
控えめなノックの音がした。
「……とーさま?」
ランドルがはっとして視線を向ける。
「ライナー?」
ドアの向こうから、少しだけ不安そうな声。
「いま……ナンシーに、プロポーズしたの?」
沈黙が落ちる。
ランドルは一瞬迷ってから、正直に答えた。
「……ああ。したよ」
ドアが、そっと開く。
ライナーは二人を見比べて、
ナンシーの方を見上げた。
「ナンシー……お父様と、結婚するの?」
ナンシーは、しゃがんで目線を合わせ、
やさしく微笑む。
「ええ。約束しました」
ライナーの目が、ぱっと明るくなる。
「ほんとに!?
じゃあ……ナンシー、いなくならない?」
その一言に、胸がきゅっとなる。
ナンシーは迷わず頷いた。
「いなくならないわ。ここにいる」
ライナーは一瞬だけ考えてから、
ランドルの方を見て言った。
「……じゃあ、ぼく、がんばっていい子になる」
ランドルは思わず苦笑して、
息子に手を伸ばした。
「それは……もう十分だ」
三人の間に、
静かで、あたたかな空気が満ちていく。
家族になる、
その一歩目は、とても静かだった。
その夜、
屋敷はいつもより静かだった。
風の音も、廊下の足音も、
なぜか柔らかく聞こえる。
ライナーは安心したように眠り、
ランドルは無理に言葉を足さなかった。
ナンシーは、窓辺に立ち、
夜空を見上げる。
逃げてきた日々も、
耐えてきた時間も、
すべてが、ここへつながっていたのだと知る。
もう、急がなくていい。
ひとりで抱えなくていい。
ゆっくりでいいから、
この場所で、生きていく。
――それが、
ナンシーの選んだ未来だった。
(了)
お読みいただき、ありがとうございました。
本作と同時期に同じテーマで執筆した作品がございます。
よろしければ、そちらもお読みいただけると嬉しいです。
『離婚したので、もう私のターンです
──介護も夫の浮気も置いてきました。』
明日より連載を開始しています。
※こちらは恋愛カテゴリーではありません。




