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『離婚したので、すべて置いて辺境にきました──夫の浮気も介護も、さよならで!』  作者: 夢窓(ゆめまど)


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11/14

小さな手が繋いだ朝

ランナー、べったり甘え回


ナンシーが中庭で洗濯物を干していると、

パタパタパタ――と聞き慣れた足音。


「ナンシー!!」


小さな影が全力で飛びついてくる。


ナンシー

「まあ、ランナー様。どうなさいました?」


ランナーは抱きついたまま離れない。


「ナンシー、きょうもよんで!

 ナンシー、いっしょがいい!」


その声は、

昨日初めて“安心して眠れた子ども”の声だった。


ナンシーはしゃがんで目線を合わせる。


「今日のお仕事が終わったら、読みますよ。

 でも、少しだけお待ちいただけますか?」


「やだ……ナンシー……」


ギュッ。


小さな手がエプロンをぎゅっと掴む。


(……甘え方を覚えてしまったのね。

 可愛いわ……でも仕事が……)


そんなとき、


「ランナー」


静かな声が後ろから。


ランドルが立っていた。


ランナーはナンシーの背中に隠れ、

ランドルを上目遣いで見た。


(……これ、殿下のことが嫌いじゃないわね。

 照れてるだけ)


するとランドルは驚くほど優しい声で言った。


「ナンシー殿は仕事中だ。

 ……だが、夕食前には時間をつくってもらえるだろう?」


「つくる!」


即答。


(子どもって本当に素直……)


ナンシーは微笑んで頷いた。


使用人たちの噂回



台所でパンを焼きながら、使用人たちがひそひそ。


「殿下……昨日、廊下でずっと立ってたの見た?」


「ええ。あんな優しい顔、初めて見たわ」


「ナンシー様が来てから、ランナー様も明るくなられたものね」


「殿下も柔らかくなられて……

 あの距離感、まるで……」


「まるで“家族”みたいよね」


ナンシーが部屋に入ると、

使用人たちは慌てて礼をした。


「ナンシー様! おはようございます!」


ナンシー

「おはようございます。あら、皆さま今日は早いですね」


使用人たちは顔を見合わせ、

ふふ、と笑って、


「ナンシー様が来てくださってから、屋敷が明るいんですよ」


ナンシー

「まあ……そんな……」


(……でも、嬉しい)


ランドルが廊下を通りかかる。


使用人たちがぴしっと姿勢を正すと、

ランドルはいつもより柔らかい声で言った。


「無理のないように働け。

 ……ナンシー殿にも同じく」


その一言だけで、

台所の空気が明るくなる。


(あ、この屋敷……本当に変わりはじめている)


ナンシーは胸の奥が、

ひっそりと温かくなった。



ランナーの「ナンシー、つくろ!」から始まる


キッチンに立つナンシーの袖を、

ランナーがちょこんと引っ張る。


「ナンシー、きょうはね……

 とーさまに、おかし、つくりたい!」


ナンシー

「まあ。ランドル様に?」


ランナー

「うん! とーさま、いつもおしごとで、

 むずかしい顔してるの。

 あのね、たべたら、にこにこになるよ!」


(なんて可愛いの……)


ナンシーはふっと笑う。


「では、簡単なクッキーを焼きましょう。

 ランナー様も手伝ってくださいね」


ランナー

「やる! こねる!」



クッキーづくり:初めての“家族みたいな時間”


粉の山を作るナンシー。

ランナーが指でつつき、粉がふわっと舞う。


「わぁぁ……ゆきみたい!」


ナンシー

「ふふ。ではバターを入れて……

 はい、こねこねしてください」


ランナーは一生懸命に両手でこねる。


丸めた生地を型に押し当て、

星形やハート型のクッキーが並んでいく。


「ナンシー、これ、とーさまにあげるの!」


「きっと喜びますわ」


オーブンから甘い香りが漂い、

焼き色のついたクッキーが完成する。


ランナーは目を輝かせた。


「できた!!」



ランドルの執務室:むずかしい顔の男


コンコン。


ナンシー

「失礼いたします、ランドル様。

 ランナー様と……お菓子をお持ちしました」


ランドルは書類に眉をひそめていた。

積み上げられた書類、

横には読みかけの報告書。


ランドル

「……すまない、今は少し手が離せん。

 その……後で食べる」


ランナー

「えぇぇ! とーさま、いま、たべて!」


いつもは遠慮がちな子が、ナンシーと一緒だと甘えられる。


ランドルはその声に顔を上げた。


「……そうか。では一つだけ」


クッキーを手に取り、

口に運ぶ。


そして、


「…………」


固まった。


ナンシー

「あ、あのお口に合いませんでしたか?」


ランドル

「いや……その……」


喉が震え、ようやく言葉が落ちる。


「……驚くほど、うまい」


ランナー

「でしょ! とーさまと、ナンシーに、たべてほしかったの!」


ランドルの表情がゆるむ。



はじめての三人乗り “馬でおでかけ”


ある晴れた朝。


ランナーが庭を駆け回りながら叫ぶ。


「ナンシー!!

 きょう、おでかけしたい!!」


ナンシー

「まあ、お出かけですか?」


「うん! とーさまと、ナンシーと!

 おそと、いきたい!!」


(ああ……こんなふうに言ってくれるなんて)


そこへランドルが歩いてくる。


「ちょうど天気もいい。

 ……ナンシー殿、少し外にでてみるか?」


ナンシー

「わたくしも……よろしいのですか?」


ランドル

「もちろんだ。

 ランナーが、お前と行きたいと言っている」


(あら、あなたもきっと来てほしいんじゃなくて?)


ナンシーは微笑んだ。


「では、お弁当を用意いたします」


ランナーが跳びはねる。


「やったー!!」



馬の前にナンシーとランナー、後ろにランドル


辺境伯家の馬小屋で。


大きな栗毛の馬が待っている。


ランナー

「ナンシー、まえ! ナンシー、ここすわるの!」


ナンシー

「えっ……わたくしが前に?」


ランドル

「危なくはない。

 私が後ろで手綱を持つから、安心して前に乗れ」


ナンシーはおそるおそる馬に跨る。

その前にランナーがぽすっと座った。


「ナンシー、ぎゅーして!」


言われるままに、ナンシーはランナーを抱き寄せる。


そのすぐ後ろに――

ランドルが跨った瞬間。


背中に彼の胸板が触れた。


(うわっ……近い……!)


ランドルの声が耳元に低く響く。


「怖がらなくていい。

 ……落としたりはしない」


ナンシー

「は、はい……」


胸がどくんと跳ねる。



馬、走る――ランナー大喜び! ナンシーは…


「じゃあ、ゆっくり行くぞ」


馬が歩き始め、草原へ向かう。


ランナー

「わあああ!! すごい!!」


ナンシー

「きゃっ……!」


揺れで体が前のめりになった瞬間、

ランドルがそっと腰を支えた。


「大丈夫か?」


(ち、近い……! 優しい……!)


怖くて、ナンシーは思わず

ランドルの腕にしがみつく形になってしまう。


「す、すみません! つい……!」


ランドル

「構わん。

 ……むしろ、そうしていてくれた方が安心だ」


(言い方が紳士すぎる……!)


ランナーは大はしゃぎ。


「ナンシー! たのしい!!

 とーさま、はしって!!」


ランドル

「よし、少しだけ速くするぞ!」


馬が風を切り、

三人の笑い声が青空に響く。


ナンシーも、次第に怖さが消えていき――


「……楽しい、です……!」


ランナー

「ナンシー、えがお!」


ランドルがふっと微笑むのが、

背中越しに伝わった。

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