言って欲しかった言葉
野外でお弁当タイム
丘の上。
広がる草原と心地よい風。
ナンシーの作ったお弁当を広げると、
ランナーがぱぁっと笑う。
「おいしそーー!!」
ランドルも静かに感嘆する。
「……これは……見事だな」
ナンシー
「簡単なものですけれど……お口に合えば」
まずはランナーが一口。
「おいしい!!!」
ランドルは黙って食べる。
そして静かに、小さく言う。
「……うまい」
その一言だけで十分に伝わった。
(こんなに穏やかに食事する姿……きっと、この人にとって久しぶりなんだわ)
三人で食べながら、
ランナーがナンシーにもたれかかる。
「ナンシー、きょう、たのしいね」
「ええ。わたくしも、です」
ランドルがその様子を見て、
ほのかに目を細めた。
まるで――
家族そのものの風景だった。
帰り道の約束、胸にひっかかる影
帰り道:揺られる馬の上で
帰りの馬は、
行きとは違ってゆっくりと、夕暮れの光の中を進む。
ランナーはナンシーにもたれかかりながら、
きらきらした声で言った。
「ナンシー、きょう、たのしかった!
またいこうね!!」
ナンシー
「ええ……ぜひ、また行きましょうね」
すると――後ろから、ランドルが
少し咳払いして低く言った。
「……ああ。
また行こう。……必ず」
(必ず、って……そんな、わざわざ……)
ナンシーの頬が少し熱くなる。
風は涼しく、
ランナーの笑い声が続き、
ランドルの胸が背中に近くて――
まるで本当の家族の帰り道のようだった。
その暖かさは、
ナンシーの胸をくすぐった。
⸻
屋敷へ戻り、ナンシーの胸に刺さるもの
その夜。
ライナーを寝かしつけた後、
ひとり、庭を歩いて考えると、
(……楽しかった。
でも……)
胸の奥に、ざらりと引っかかる感情がある。
(わたし……
“お義母様を置いてきた”女なのよね……)
義母は意地悪だったし、
介護は地獄のようだった。
あれ以上続ければ、自分が壊れてしまっていた。
でも。
(置いてきた……
それが、どうしても引っかかる……
薄情に見えるのではないかしら……)
新しい生活は温かくて優しい。
ランナーの笑顔は宝物のよう。
それなのに――
心の奥で小さな声がささやく。
「お前は逃げただけじゃないの?」
ナンシーの胸がきゅっと縮んだ。
⸻
夜の屋敷の廊下は静かで、油灯がゆらめいていた。
そっと、深呼吸をする。
そこへ、
まるで待っていたかのようにランドルが歩いてくる。
「……ランナーは眠ったか」
「はい。今日はよく遊びましたので」
一瞬、ふたりの間に静けさが落ちる。
それは気まずさではなく、言葉を探す沈黙。
ランドルはナンシーの疲れた微笑を見て、
低く囁くように言った。
「……ナンシー。
無理を、していないか?」
ナンシーは、思わず視線を伏せた。
「していません。
ただ……楽しいと思うのに、
胸のどこかが重く感じる時があるだけで」
ランドルは足を止めた。
彼の影がナンシーの影にそっと重なる。
「……言いたくなければ、言わなくていい」
その優しさに、
ナンシーの心のふたが静かに揺れた。
「……わたし、義母を……置いてきました」
声がかすかに震える。
「逃げたのだと思われても、仕方がないと……
そう思ってしまうのです」
ランドルは驚かなかった。
ただ静かに、真剣に聞いていた。
やがて、深い息をひとつ。
「ナンシー。
それは逃げたのではない」
「…………」
彼は横に並び、決して覗き込まず、寄り添うように言葉を置く。
「あなたが背負うには、
重すぎるものだっただけだ」
ナンシーの喉がきゅっと鳴った。
「でも……」
「あなたは優しい。
だからこそ、自分を責めすぎる」
声は柔らかく、温かかった。
「ここでランナーと笑っているあなたを見て、
薄情だと思う者は、一人もいない」
ナンシーは視界がにじむのを堪える。
「……どうして、そんなふうに言えるのですか」
ランドルは少しだけ視線を落とした。
「俺も……かつて、似たような思いをしたからだ」
ナンシーの瞳が揺れる。
ランドル
「誰かを守り切れず……
それでも前に進まなければならなかった。
罪悪感は、簡単には消えない。
だが……生きていいのだ」
ナンシー
「……ランドル様……」
ランドル
「あなたも、生きていい。
笑っていい。
今日のように……胸を張って、幸せを感じていいんだ」
その優しい声に、
ナンシーは初めて、自分の罪悪感を“誰かに預けていい”と思えた。
涙がひとすじ、静かに落ちる。
ランドルは、ハンカチをそっと差し出した。
触れそうで触れない距離の手。
「泣くのは……悪いことではない」
ナンシーは首を振って、
けれどその手に触れず、ただ微笑んだ。
「……ありがとうございます。
これで……少し、前に進めそうです」
ランドルは小さく息を吐く。
「なら……良かった」
そして照れ隠しのように顔をそらす。
「ランナーがまた外に行きたいと言っていた。
……その……よければ、次も三人で」
その声音には、
昨日よりずっと柔らかな期待が宿っていた。
ナンシーは涙を拭き、静かに頷いた。
「はい。……ぜひ」
廊下の灯りが揺れ、
ふたりの影が寄り添うように重なった。
―これは、家族になる前の、小さな第一歩だった。




