あたたかい空間
「ナンシー!ここ!ここがぼくの部屋!!」
ランナーが胸を張って扉を開けると──
……床に散乱するおもちゃ。
……読みかけの絵本が布団に突き刺さっている。
……靴下がなぜか三足分ある。
ナンシーは驚きも怒りもせず、
ふっと微笑んだ。
(ああ……“子どもの部屋”ね。
これは怒るところではなく、整えるところ)
「ランナー、まずは“しまいやすい場所”を作るわね」
「うん!!」
ナンシーは膝をつき、
部屋の状態を丁寧に観察する。
•手が届かない棚に物が詰め込まれている
•反対に、床にはよく使う物が散乱
•収納はあるが、仕組みがない
(……この子が悪いわけではなく、
“片づけにくい部屋の作り”なのね)
ナンシーはランナーに優しく声をかけた。
「ランナー。
使う物は“近くに”置くのよ。
つまり、片づけやすい位置に」
「かたづけやすい?」
「ええ。
自分で片づけられるようにするのが大事なの」
ナンシーは使用人に小さめの箱を依頼し、
ランナーの高さに合わせて置く。
•おもちゃ箱
•絵本かご
•ふわふわ毛布コーナー
•ランナーの宝物専用小箱
特別な魔法を使ったわけでもないのに──
部屋はゆっくり“整った空間”へと変わっていく。
ランナーの目がキラキラと丸くなる。
「ナンシー……すごい……!!
なんか、お部屋が“やさしくなった”みたい!」
ナンシー
「あなたが帰ってきて、
“ほっとできる部屋”になるといいわね」
ランナーは駆け寄り、
ぎゅっとナンシーに抱きついた。
「ぼく、ここ好き!!
ナンシーがいると安心する!!」
ナンシーの胸に、温かい何かが灯る。
(安心……
そんなふうに言ってもらったのは初めてかもしれない)
その夜。
ランナーは寝巻きのまま、
廊下を走ってナンシーの部屋へ来た。
「ナンシー!!
絵本読んで! 寝れない!」
ナンシーはライナーの部屋に一緒に行き、
微笑んで本棚から一冊取り出した。
「では……今日は“森の小鳥の話”にしましょうか」
ランナーはナンシーの膝枕に頭をのせ、
すっかり甘えた顔をしている。
(……前の家には、
こんな“甘えられる時間”なんてなかったわね)
静かに読み聞かせが始まる。
ナンシーの声は柔らく、
温かく、
子どもの心を包むようだった。
ランナーのまぶたはゆっくり下がり──
物語の終わりを聞く前に、
すうっと眠りについた。
「よく眠れますように」
毛布をかけ、そっと髪を撫でる。
そのとき──
廊下の影から気配。
ランドルが立っていた。
驚いたように、しかし静かに、
ナンシーの読み聞かせを聞いていたらしい。
廊下にて、
「……あの声で、
こんなふうに寝るのか」
「安心したのでしょうね。
お子さまは、安心すると眠れますもの」
ランドルはしばらく息を飲んだまま、
ぽつりと言った。
「ナンシー殿……
礼を言う。
ランナーは夜泣きが多くてな。
久しぶりに、こんなに穏やかな寝顔を見た」
ナンシー
「こちらこそ。
頼ってもらえるのは嬉しいことです」
ランドルは小さく頷き、
珍しく柔らかく微笑んだ。
「……あなたが来てくれて、本当に良かった」
胸の奥が熱くなるのを、
ナンシーはそっと抑えた。
翌朝:ランナーの「とーさま!」事件
ナンシーが朝食前に廊下を歩いていると、
ぱたぱたぱた――と足音。
「ナンシー!! おはよっ!」
ランナーが勢いよく飛びついてくる。
ナンシー
「おはようございます、ランナー様。よく眠れましたね」
ランナー
「ねれた! ナンシーの声、すき!」
(……可愛い)
そこへ、寝癖のついたランドルが部屋から出てくる。
「ランナー、朝は走るな――」
その瞬間、ランナーがぱあっと笑った。
「とーさま!」
──ランドル、固まる。
目がまるくなり、呼吸が止まったかのよう。
「……今、私を……?」
ナンシー
「あの……はい。『とーさま』と呼ばれました」
ランナーが小さな手で服を引っ張る。
「とーさま、きいて! ナンシーがね、ごほんよんでくれたの!」
ランドルの喉が、かすかに震えた。
「……そうか」
(泣くのを堪えてる……?)
ナンシーは気づかぬふりをした。
昼:ナンシーへ、離婚成立の知らせ
昼下がり。
辺境伯家に使者がやってくる。
封蝋のついた封筒。
送り主は、王都の高名な弁護士。
ナンシーは中身を開く。
「離婚、正式成立」
夫側の不貞と、介護放棄が全面的に認められ、
慰謝料・持参金返還・生活補償が確定した。
伯爵夫人(ナンシーを助けた友人)が添えた手紙には、
「あなたはもう自由よ。
この先の幸せを、心から願っています」
ナンシーは手紙を胸にあてて、そっと微笑む。
(……終わったのね。本当に)
その様子を見たランドルが、静かに言う。
「正式に……こちらで働く意思は変わらぬか?」
ナンシー
「はい。お役に立ちたいと、心から思っております」
ランドル
「ならば、本日より──
正式に我が侍女として迎えよう」
(これで、未来が見える……)
ナンシーは深く礼をした。
辺境伯家は、逆に“家庭の温かさ”が生まれはじめる
ランナーは
「ナンシー!」
「とーさま!」
と、嬉しそうに屋敷中を走りまわる。
ナンシーは侍女として仕事を覚え、
ランドルは戸惑いながらも嬉しそうに成長を見守る。
ようやく、三人の間に、
安らぎの空気が満ちていく。




