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第40話 異世界の王、快活クラブに行く

 異世界17日め。午前中は王国議会の議員として議会に出席したが、その帰りに王女フレンダに呼び止められ、王宮近くのカフェでランチがてら相談に乗ることになった。ここはかつて千利休を召喚した“カフェ・キナッシェ”という店だ。


店員「いらっしゃいませ、ご注文は」


フレンダ「わたくしは青茶のホットとフルーツサンドで」


ミキオ「おれはアイス茶色茶と、アンモナイト墨パスタを大盛で」


店員「かしこまりした」


ミキオ「で、話ってなんだ」


フレンダ「本題に入るの早っ! カフェでの会話ってもうちょっとストロークを楽しむもんじゃありませんの?」


ミキオ「例の一件(舞踏会でフレンダがおれに一方的に結婚を宣言した件)以来、お前の周りにはパパラッチがうろついてるからな。奴らに見つかる前にさっさと終わらせよう」


 異世界ガターニアにもパパラッチはいる。奴らは瓦版の版元に有名人や王族などのスキャンダルやゴシップを売りつけて小金を稼いでいるのだ。


フレンダ「実は、明日隣国シンハッタ大公国のムーンオーカー大公がこちらにお見えになるのですが」


ミキオ「また急な」


フレンダ「そうですの。その饗応をわたくしが仰せつかって。で、この方が気難しい方なのでどうしたものかと途方に暮れていまして」


ミキオ「どういう人物だ」


フレンダ「45歳の男性で独身ですわ」


ミキオ「中年の独身男が好きなものなんて相場は決まってる。お前の前で悪いが、女か酒か賭博ってとこだ」


フレンダ「うちの外交部が調べたところによると、この人、女性にはあんまり興味ないみたいですの。と言って同性愛者でもない。お酒も家でたしなむ程度、友人たちと飲みに行ったりもせず、賭博は全くやらないとのこと」


ミキオ「ふむ、その男の趣味は?」


フレンダ「読書ですわ。後はたまに芝居を観に行く程度」


 これは枯れ中年だな。草食系が歳取るとそういう人間になる。


ミキオ「なるほど、饗応には向かないタイプだな」


フレンダ「だから困っているのですわ。我が中央大陸連合王国とシンハッタ国とは幹線道路を作る計画があり、友好関係を維持したい間柄ですの。お願いミキオ、わたくしに知恵を貸してください」


ミキオ「…本好きの枯れ中年を楽しませたいとなれば、アレしかないな」




 翌日、おれはシンハッタ大公の饗応役専任顧問として任命され、王宮にてフレンダらと共にシンハッタ大公を出迎えた。


フレンダ「ようこそお越しくださいましたの、ムーンオーカー殿」

挿絵(By みてみん)

シンハッタ大公「本日はご招待にあずかりまして誠に光栄に存じます。時に殿下、この男は」


フレンダ「わたくしの専任顧問のミキオ・ツジムラ男爵でございますわ」


ミキオ「どうも」


シンハッタ大公「ふん、噂には聞いてますぞ。なんでも最上級召喚士らしいですな。で、この男爵殿がどう私を接待してくださるのかな」


シンハッタ大公ムーンオーカーは長身で痩せこけて眼鏡をかけている。神経質そうでなかなかクセのある男だ。


ミキオ「今回、大公には天国を体験して頂く」


シンハッタ大公「男爵、やる前からあまりハードルを上げるもんじゃない。私は読書以外に大した趣味のない人間なんだ。酒の席は嫌いだし他人との会話も煩わしい。女人も面倒くさい性分と来ている。なかなか私に天国を体験させるのは骨だと思うがね」


ミキオ「まずはこのゴーグルをかけて頂きたい。魔法石が埋め込まれており、どんな文字でも翻訳して読めるようになっている」


シンハッタ大公「魔眼鏡か、国宝級のお宝だな」


ミキオ「その通り。国王に頼んで貸してもらった。では行きましょう。ご準備を」


 おれは青のアンチサモンカードを起き、長くて忘れがちな呪文を詠唱した。


ミキオ「ベーア・ゼア・ガレマ・ザルド・レウ・ベアタム、我ら3人、意の侭にそこに顕現せよ、快活クラブ大宮三橋店!」


 カードから黄色の炎が噴き上がり、おれと3人を包んでいった。




シンハッタ大公「…これが魔法召喚か、まさかここは異世界?」


ミキオ「左様。私の故郷ニホン。そのニホンが産んだ“漫画喫茶”略してマンキツというカルチャーだ」


シンハッタ大公「つまり君の言っていた“天国”か。ふむ、涼しくて快適だ」


フレンダ「清潔だけど薄暗くて不思議な感じですわ」


ミキオ「とりあえず受付しよう。店員さん、このふたり外国人なんだけど入れますか」


店員「何か身分証明になるものを…」


フレンダ「あ、じゃあ王国に代々伝わる紅涙石のネックレスを」


シンハッタ大公「私はこの国章入りのマントでよろしいかな」


店員「て、店長ぉー!」


ミキオ「無理言ってなんとか通してもらった。さ、まずはリビングルームへ行こう」


シンハッタ「ほう…」


フレンダ「廊下も狭くて暗くて怖いですわ」


ミキオ「フレンダ、ここは敢えてそういう作りになっているんだ。ひとは狭くて薄暗い場所に来るとリラックスできる。母胎回帰願望ってやつだ。ここがリビングルームだな。3〜4人は楽に入れる」


フレンダ「ミキオ、大公殿下をお連れするにはちょっと手狭な部屋じゃありません?」


ミキオ「ここでいいんだよ。お前らはやたらにだだっ広い王宮に住んでるがあれじゃちっとも落ち着かない」


シンハッタ大公「ふむ、いや案外悪くない。だが男爵、ここで私に何をしろと?」


ミキオ「荷物を置いたらこっちへ来て欲しい」


 おれは書架のコーナーへ案内した。


シンハッタ大公「おお! これは図書館か? 狭いながらもなかなかの蔵書量ですな」


ミキオ「好きな本を選んだらこのカゴに入れてくれ。読み終わったらまたここに借りにくればいい」


 おれは石川賢の“魔獣戦線”双葉社愛蔵版全2巻を、フレンダは和山やま“女の園の星”祥伝社 FEEL COMICSの1〜3巻を、シンハッタ大公はかどたひろし・梶研吾の“そば屋幻庵”リイド社SPコミックスの1〜5巻を、それぞれカゴに入れて持った。ふたりは初めてにしてはなかなかのチョイスだ。

ミキオ「そしてだ、ここからが凄いのだが、ここは何を飲んでもいい。このボタンを押すとコーラでもジンジャーエールでも何でも出てくる」


フレンダ「こ、甲羅??? 神社えーる?」


ミキオ「まあ、翻訳が難しいがガターニアで言う泡酒のアルコール無くて甘いみたいな飲み物だ。コーヒーやスープなどの温かい飲み物もある。そしてこっちのソフトクリームも無料」


フレンダ「えっ! …それは相当凄いのでは?」


ミキオ「他に食べたいものがあれば部屋で注文できる。麺料理でも丼物でも何でもあるぞ(別料金だが)」


シンハッタ大公「つまり…好きなだけ漫画を読みながら好きなだけ飲み食いができる、と…」


ミキオ「その通り」


フレンダ「それはもう…王侯貴族なのでは?」


 いやお前らが言うな。


ミキオ「一人になりたいなら小部屋もある。マッサージチェアもある。ダーツやビリヤード、カラオケも楽しめるぞ。汗をかいたらシャワールームもある。店舗によってだが女性専用ルームもある」


シンハッタ大公「なるほど…確かに天国かもしれん…」


ミキオ「ドリンクに至ってはそのままでももちろん美味いが、これをミックスすることによって更に奥深い味わいが出る。ソフトクリームとファンタメロンでクリームソーダ、コーヒーとソフトクリームでコーヒーフロートだ」


シンハッタ「おお、錬金術だな!」


フレンダ「ミキオ! 入り口にポテチが売ってますの!」


ミキオ「フレンダ、それもいいが快活のフライドポテトがまた最高なんだ。人数分頼もう」


フレンダ「きゃー♡」




シンハッタ大公「む…この幻庵という漫画、面白い…! 絵に絶妙な色気があるし、隠居した武士が主人公というのも斬新だ。1話読み切りで読みやすいのもいい」


フレンダ「“女の園の星”も最高ですの。キャラがみんな立っててギャグのエッジも効いてる! クワガタボーイとかヒドイ!」


シンハッタ大公「しかし男爵、これはアレだな、漫画が退屈なわけじゃないが、ちょっと眠くなるな」


ミキオ「大公、それは整ってきているのだ」


シンハッタ大公「整ってきている?」


ミキオ「これだけ飲み食いすれば血糖値も上がる。そのうえ薄暗い部屋で漫画を読んでいれば眠くなるのも当然。そういう時は睡魔に身を委ねればいい。その眠りに堕ちる瞬間がまた最高なのだ。その状態を我々は“整う”と言う」


クロロン「言うかー?」


 おれにしか見えない空中の妖精がツッコんできたがいいのだ。いま決めたのだ。


シンハッタ大公「な、なるほど…」


フレンダ「ミキオ…わたくしも…整いそう…」


フレンダ/シンハッタ大公「(心の声で)整ったー!!!」


シンハッタ大公「…うおう! 整ってしまった! だがなんというスッキリ感、全身リフレッシュした感じだ!」


フレンダ「本当ね、一回整うとスッキリしてまた漫画の内容が入ってくるようになりますの!」


ミキオ「5分ほど整っていたな。だがあんまり整うと時間が勿体無いぞ。いびきなどで隣の部屋に迷惑かける場合もあるしな」


シンハッタ大公「よし! 6巻以降も読むぞ! というかこのリイド社の漫画は全部面白そうだ!」




 2時間半が経過し、まだまだ居れそうだが政務が残っているので我々は退店することにした。


シンハッタ大公「本日は大変楽しかった。我が国にもこのマンキツというものを作って広めたい。マンキツイズナンバーワン。まさしく地上の天国だ」


フレンダ「喜んで頂けて良かったですの」


ミキオ「シンハッタ公国に漫喫ができたら私もお邪魔したい、その時はよろしく」


 おれたちは友好を示す、肘をぶつけ合う挨拶をして異世界ガターニアに還った。

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