今この時
爽やかな風が髪を揺らす。
その中に、少し湿った土の匂いを感じて思わず眉が下がる。
暖かく自転車通学には気持ちのいい季節だけど、
もうじき田んぼに水が張られてしまう。
これからの季節カエルに気をつけながら自転車に乗らないといけない。
なんだか気が滅入ってしまう。
そんなことを考えながら、今日も田植えされたばかりの真っ直ぐ元気な緑の絨毯の間を通り通学する。
「舞子!おはよう!」
後ろからの声に振り向くと、自転車のベルを鳴らしながら爽やかに笑う春人がいた。
「おはよう。春人がこの時間に通学なんて珍しいね」
「テスト期間は朝練出来ないから。しっかし、この時間の通学はしんどいな。朝日は眩しい上に暑い!女子はこういうのしんどいじゃないか?」
「クラスの子達はこまめに日焼け止め塗って気にしてるかな。私なんかは焼けても大差ないから。」
春人はサッカー部のエースで結構人気があると友人の優香から聞いたことがある。中学の頃ずっと同じクラスだったこともあり、よく話しかけてくれる。面倒見がいい優しい人だ。
そんなことを考えていると、ちりん。とガラスの音が聞こえる。
学校近くの商店街は地元の花火大会の準備で飾り付けがされ、風鈴が涼しげな音を鳴らしていた。
「舞子。お前今年の夏休みってどこか行くのか?」
「特に決めてないけど、多分部活の練習に行って、暇な日は優香と勉強したら買い物行ったりかな? 去年そんな感じだし。」
「そうか、ならどっか1日… 」
「春人くんじゃん!珍しい!」
気がつくと優香との待ち合わせの花屋の前に来ていた。
朝日で輝く水滴を纏った紫陽花が、涼しげに咲いている。
優香は高校に入ってから仲良くなった。
同じ吹奏楽部所属なこともあり毎日一緒に通学している。
私よりもずっと明るく、どんな話題にもノリよく感情を出して答える子で一緒にいてとても面白い。
ちょっとイケメン好きで好きな人がコロコロ変わるのが玉に瑕だけど…
高校のテスト期間は3日間で1日4科目
普段のコソコソと囁く声に変わって、鉛筆が紙を擦る規則的な音が教室を満たす。
真面目に授業を受け、塾や家で勉強した努力を発揮できる、この少しぼんやりとした静寂の時間が好きだった。
最終科目の回答用紙を前の席の人に渡す瞬間の開放感は何とも言えない。
「お疲れ!舞子!試験終わったし部活行こう!ついでに、ちょっと物理室よってかない?」
テスト終了後すぐ優香が話しかけてくる。
テストのことなんか、すっかり記憶から消しているようだ。
「なんで物理室?」
「それは!先月転入してきた先輩を見るためだよー!なんか、お父さんが有名な大学教授らしくて、先輩自身も物理の研究者目指してて、転校してきてすぐ物理部作っちゃったんだって!その先輩がかなりのイケメンらしくって! だから見に行こう!」
「あ、相変わらずだね…」
「まぁ行きましょう!」
物理室を覗くと、入り口に背を向けて背の高い細身の男の人がパソコンをいじっていた。
窓から入る傾いた日差しで見にくいけど、校則ギリギリの少し薄めの茶髪で、表面が癖っ毛のように跳ねているのがわかる。
確かにカッコ良さそうな雰囲気をしている。
よほど集中しているのかパソコン前から動く気配はない。
「顔は見えそうにないね。もう部活行かない?」
「もう少しだけ!この角度でもかなり好きなタイプなの、どうしても顔も見たい!もう少しだけ待って!」
その時、先輩のパソコン横の機械がピッピと小さな音を出した。
音を止めるためか先輩が装置に手を伸ばした時、サイドの髪が下がり先輩の目元がチラッと見えた!
白いきめ細かそうな肌に少し儚い顔立ちの、芸能人かと思うようなイケメンの顔がそこにあった。
装置がピーっと先ほどより大きな音を出し、先輩がこちらを振り返った。
夕日のせいか、それとも少し驚いた綺麗な顔に見つめられたからか、優香の顔が真っ赤に染まっていた。




