誰かが私たちのエンパナーダ入りを遅らせたいらしい(前)
更新が遅くてすみません。少し長くなりそうなので前後編に分けたいと思います。
ヴァイツェンブロートから旅立って五日目のことだった。
一昨日はヨハンと二人で馬車の中で過ごして、お互いに充実した時間を過ごすことが出来たと思う。
しぶしぶだった婚約だけど、ヨハンと過ごすうちにどんどん彼のことが好きになって、幼馴染たちと一緒とはいえ毎日顔を合わせることになって、それが当たり前だったから今回の様に長い期間離れるのは初めてなのだ。
前世の大人だった頃の記憶がある私は一人暮らしだったし、家族とも離れて暮らしていたから会えない位どうってこともないと思っていた。
それなのに、一昨日ヨハンと一緒に過ごして心が満たされるのを感じたし、離れるのが寂しいと思ってしまった。
せっかく一緒にいたのに、私は馬車での長旅の疲れがでてしまい眠ってしまった。
しかもヨハンに膝枕まで……。
本来なら私がしてあげたいことなのだけど、私の疲れを察した彼は優しく私の頭を撫でてくれた。
おろしっぱなしにしている髪を指で梳くように撫でられとても心地がいい。
それにヨハンの膝は引き締まった筋肉が程よくついていて弾力も程よかった。
おまけになんだか落ち着く香りがしてとてもリラックスして、少しだけのつもりが思っていたより長く眠ってしまい、起きたときにヨハンに謝ったけど優しく微笑んで許してくれた。
昨日はまたルーと交代でアンディ様たちの馬車に乗せてもらって、それなりに楽しいひと時を過ごした。
ヨハンの父親であるブリオッシュ辺境伯にも挨拶をして国境も無事に超えることが出来た。
今日も昨日と同じで午前中はカスクルートの馬車、午後はみんなのいる馬車に乗った。
ただそれまでと違ったのは夜の宿泊事情である。
シュトレンに入ったのは良いけれど、目的地に向かうルートには今日立ち寄れる町や村がないのだ。
私やルーは野営も覚悟していて小さいながらもしっかりとしたテントを持参していた。
アンディ様たちもテントを持参していたのだが、さすが王族といった感じでテント一つでも立派で、キャンプなんて言えないような戦場の将軍の拠点のような仰々しい物だった。
いくつか建てたテントの一つに幼馴染たちとルーが集められて眠ることになった。
私はメリッサと一緒に持参したテントで眠った。
アンディ様たちには、大きなテントで過ごすように言われたけれど落ち着かないしメリッサと二人で過ごすなら小さめのテントの方が落ち着くから、それは譲らなかった。
眠りについてどの位たっただろうか?
テントの周りには護衛の騎士たちが交代で見張りに立ってくれているのだけど少し騒がしい。
私とメリッサのいるテントにトンプソンさんが来てくれて、騒ぎに気付いた私たちに決してテントから出ないように告げた。
私は不安になってメリッサにしがみつく。
メリッサは懐から小さなナイフを取り出し周りを警戒しながら私を抱きしめてくれた。
怖くて心細かったけれどメリッサが一緒にいてくれるだけで、大丈夫だと思えて緊張が少しだけ緩んだ。
バタバタと騒がしかったけれど急に静かになった。
しばらくしてトンプソンさんがもう大丈夫だけど、朝までアンディ様たちのいるテントで眠るように言われた。
メリッサと一緒にテントを移動する。
ルーやヨハンの無事を確認してホッとした私は思わず泣いてしまい、普段人前で泣くことのない私を見た幼馴染たちは慌てだした。
あわあわする皆を見ていたらなんだかおかしくなってきて涙も引っ込んだ。
泣いていたのに急に笑い出した私に幼馴染たちもつられて一緒に笑った。
まだ夜中だし何があったのかの詳細は起きてからにしようということで皆で輪になって眠った。
私はルーとメリッサに挟まれて眠りについた。
こっそり二人に手を繋いでもらっていたのは内緒だ。
ヨハンは私の隣に寝たがったけど、メリッサとルーに妨害されて幼馴染たちに引きずられてしぶしぶ引き上げた。
ルーはヨハンのことを次期義兄として尊敬しているけれど、若干のシスコンもあって嫁入り前のうちはしっかり線引きするようにと私に言っていた。
あんなに甘えん坊だった弟なのにいつの間にか兄の様に頼りがいのある男になっていた。
お父様の諜報部の教育もあってか、以前のようなほわほわとした弟ではなくなった。
それでも、人懐っこい性格はそのままで私にとっても幼馴染たちにとってもかわいい癒し系であることは変わらないし、表向きのカスクルート商会の事業でも人当たりの良さは大いに役立っている。
お父様が言うには、ルーのこの性格は人心掌握のためにもとても役立つから次期子爵としても次期諜報部長としても申し分のない才能なのだそうだ。
お父様も子爵としてカスクルート商会の運営に力を入れているけれど、本来の王家の諜報部の仕事もこなしている。
二つの顔を使い分けるのは大変なことだと思うし、私には出来そうもないけれど、ルーが困ったときには助けらてあげられるようにしたいと思っている。
朝になり皆集められ、昨夜なにが起こったのかを聞かされる。
皆が寝静まり、警備の人数も少ない時間の隙をついて何者かがテントのある野営地に侵入してきたらしい。
侵入してきたのは二人の男で、真っ先に異変に気付いたトンプソンさんが警備の護衛騎士に告げてその足で私たちのテントに知らせに来てくれたそうだ。
捕縛された男たちはなかなか口を割らなかったそうだが、食料の積まれた荷馬車の影に毒物が入った瓶が隠してあるが発見された。
それは人を殺すような薬ではなかったが、食中毒のような症状を引き起こす恐ろしいものだった。
薬が出てきて言い逃れの出来なくなった男たちを尋問して、ようやく聞き出したことによると、私たちがエンパナーダに入るのを遅らせるために食中毒を起こして足止めするのが目的だったようだ。
男たちは雇われて毒物を飲料用の水に混入しようとしていた。
私たちがエンパナーダに入るのを遅らせたい人物が誰なのかは知らないらしい。
男たちにその話を持ち掛けたのはシュトレンの酒場で知り合った身なりのよさそうな男で、詳しい理由は教えて貰えなかったそうだが飲料水に薬物を入れるだけで破格の成功報酬が貰えるとあって飛びついたそうだ。
前金として支払われた金額も高く、男たちはその依頼主と野営のテントを張った集団に薬物を盛る計画をたてた。
商業用の荷物を積み込んだ馬車と末端の貴族の旅だから大した集団ではないと聞いていたのに、まさかヴァイツェンブロートの王子様や伯爵家のご子息たちがいるとは思っていなかったと項垂れていた。
確かに聞いていたよりは大規模な集団で、野営のテントも立派だったけど末端とはいえ貴族の旅ならこんなものなのかと思ったらしい。
男たちはシュトレンの警備隊に引き渡され、シュトレン国王の後見人で宰相でもあるヴァイツェンブロートのクロワッサン公爵に調査を引き継いだ。
旅を始めて六日目、明らかに私たちカスクルート家が狙われていたことが分かった。
犯人が誰なのかはまだ分からないけれど、シュトレンで足止めしてエンパナーダに入るのを遅らせたいという目的だけは分かった。
メリッサがカスクルート商会のシュトレン支店宛てに手紙を出した。
恐らくシュトレンにいるカスクルートの諜報部のメンバーに今回のことの調査を指示するものだと思う。
アンディ様たちは心配して旅をやめるように言ってくれたけれど、ここでやめてしまえば犯人の思う壺であるのは明確だ。
エンパナーダに入国できるのは私とルーとメリッサとトンプソンさんだけだけれど、ヴァイツェンブロートの王族も一緒の旅でこのようなことがあったということで、シュトレン王を後ろ盾とした護衛を増やしてもらえることになった。
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