ドロレスは恋をしたい
ドロレス・ダンフォードは青い瞳に赤髪の少女だ。両親は素敵な夜空を蓄えたような黒髪なのに、どうしてだかドロレスは父方の祖母の赤毛が遺伝した。
「本当に、フィー様の淡い色合いが羨ましいです」
「あら、わたくしはお義姉様のテラコッタ色の髪も好きだよ」
くすくすと笑いながら美しい所作でカップを傾けて紅茶を飲むのは、この国の完璧な妖精姫と言われるオーフィリアだ。十六になった彼女はどこまでも美しく、賢く、春が来れば学園に入学することが決まっている。
自分より一つ年上の美しい姫君。今年で十五になるドロレスは早々に学園に入学したため、もう数週間で卒業だ。この美しいお姫様が年下の自分を義姉と呼び、学園の話を聞かせてくれと王族所有の庭園の東屋で個人的な茶会を開く。いくら公爵の娘とは言え、本当にここにいるのが自分でいいのか、とは何度も悩んだ。
「フィー、そろそろ俺にロリーを返してくれないかい」
石畳を歩く音に、振り返らなくてもわかる。ドロレスはさっと椅子から立ち上がるとゆっくりとカーテシーをした。
「御機嫌よう、ユリシーズ殿下」
「お兄様、お義姉様はわたくしとお茶をしてるんだ。少し来るのが早すぎないかい? まだ二杯しか飲んでないのに」
もう、と唇を尖らせる姿はとても庇護欲をそそり可愛らしいが、オーフィリアが意外に男勝りで勝気なことをドロレスは知っている。幼い頃にユリシーズに見染められてから、随分と長い付き合いなのだ。
「二杯も飲めば充分。ロリー」
はちみつよりも甘く名前を呼ばれてしまえば、顔を上げざるを得ない。その青い瞳にユリシーズを映せば、ユリシーズは嬉しそうに笑った。
「うん、今日のドレスも似合ってる。柔らかいクリーム色が君の瞳と髪をより鮮やかにしてくれて、本当に可愛らしい」
「恐れ多いですわ」
今年で二十二になるユリシーズは、公では静かで寡黙、しかし叔母である王女とともに外交を担い、確かに信頼される人だ。王太子の第一子であるアーノルドが結婚した今、国内のみならず国外の貴族や王族に連なる者からも婚約の打診が来ているが、人見知りをするので、と頑なに断る。
けれども、家族の前ではお喋りなことをドロレスは知っている。そして、ドロレスにも彼はとてもお喋りだ。しかしいちいちそれに頬を染めてもいられない。ドロレスは目を伏せながら微笑むだけに留める。今年で十五と言えども、もう学園も卒業するのだ。殆ど大人と変わりない。そうなるよう教育を受けてきた。
「今日はマナーの授業は無いんだろう?」
「ええ、予定はありません」
「お義姉様はもう完璧だからね。卒業したら本格的にデビューだ。初めてのダンスはダンフォードの兄君と?」
「はい、その予定です。……ユリシーズ様、そんなお顔をしても、私達はまだ婚約してませんから、踊りませんわ」
「……早く俺と結婚してくれればいいのに」
愛らしい年上の姫君に義姉と呼ばれ、人前では寡黙な王子が饒舌に語りかけてくる。己の立ち位置は嫌というほど父である公爵から聞かされている。
それでも、ドロレスはまだユリシーズの求婚に頷けていなかった。
ユリシーズと二人で庭園をゆっくりと歩く。メイドも護衛も遠くにとどまり木々の合間に溶け込んでいるため、ほとんど二人きりと同じだ。
「ロリー、学園はどう?」
「とても有意義に過ごさせて頂いてます。……でも、先日最後の論文とテストを終えました。……自己採点をしたのですが、論文には自信がありましても、テストで少しだけ……本当に、本当に二点だけ……っ」
「つまり他のは全部正解なのか……ロリーは本当にすごいな……」
「フィー様やパメラ様と共に学びましたもの。……だからこそ、私は……満点を…………っ!」
「よしよし、おちついて。ロリーは充分がんばった。凄い凄い」
よしよし、と頭を撫でるその手がそのままドロレスの頬へと滑る。滑らかな肌の温もりにじわりとドロレスの頬が染まった。
「あーあ。俺もロリーと学園生活を送りたかった……制服を着た君とデートをしたかった」
「心の底から残念そうに言わないで下さいませ」
「心の底から残念がっているんだ」
そう言いながら頬から手を離してドロレスと手を取ると、花の香りに満ちた木陰のベンチへドロレスを誘う。そこに並んで腰掛けて、ユリシーズが目を細める。夕暮れが忍び寄る少し前の、花の香りを纏う風が色付く。
「ロリー、一週間後の卒業式についてなのだが」
「あら、何かありました?」
「いや……実はだな。…………君にドレスを作ったんだが……」
まあまあまあ。ドロレスは呆れ返ってしまう。
「殿下? もう一週間前ですわよ」
「……一ヶ月前にはできていたんだ」
「それなのに一言も言って下さらなかったの?」
「いや、……余計なお世話かと思って、おそらくダンフォード公も用意すると」
「一ヶ月前でしたらまだ採寸の途中でしたわ」
「……ロリー」
困ったようにユリシーズがドロレスの名前を呼ぶ。家族が呼ぶのと同じ、愛を込めた愛称で。そこに沢山の意味の願いを込めて。
もう、とドロレスは小さく微笑んだ。
「殿下。あとで屋敷に送ってくださいませ。試着をして、アクセサリーも選ばなくては」
「ロリー。実は、ネックレスとイヤリング、髪飾りなども…………」
「殿下!!!」
もっと早くに仰ってくださいませ!!
思わず声を荒げるドロレスに、離れたところにいたメイドと護衛は、またユリシーズが無茶を言い出したのだと苦笑するのだった。
学園の卒業式は、卒業研究、論文の成績発表の後にパーティー形式で行われる。来賓として王太子か王太子の長男であるアーノルドが毎年顔を出し、寿ぎを述べた後に成績最優秀者に一言激励を送るのが慣しだ。
成績発表を終え、パーティー会場にて。ユリシーズから贈られた赤みがかった薄紫に白いチュールをかぶせたドレスと、アクアマリンで統一された宝石。ユリシーズ殿下の瞳の色だわ、と見たときは似合うか不安で仕方なかったが、いざ着てみれば完璧なまでにドロレスにぴったりだった。
そんなドレスを纏い、乾杯のグラスの残りで喉を湿らせる。残念ながら、ドロレスの成績は卒業者の中で二位。あまりにも悔しい。
「ドロレス嬢、いい論文でした。全く違う系統の魔術式の組み合わせと古文からの新たな治水について、是非父に提案させて頂きたいと思います」
「あらジェフ様、嫌味ですの? ……ジェフ様の魔術による新たな宝石の加工術、本当に素敵でした。ラドクリフ侯爵領は近いうちに一大ブランドを築くのでしょうね。その時は是非御贔屓にしてほしいですわ」
最優秀者はドロレスより三つ年上の侯爵家の嫡男だ。専門する学問の方向は全く違えと、ドロレスにとって確かなライバルだった。
「それにしても、今年の卒業式は凄いな。アーノルド殿下、ユリシーズ殿下が揃っていらっしゃるなんて」
まったくもって、その通りである。聞いていないわ、なんて愚痴を言いたくても言う相手はいない。驚かせたかったのか、急に決まったのか。ユリシーズとドロレスの関係は殆ど知られていない。ドロレスがまだ婚約について頷いていないのだから、関係もなにもないのかも知れない。それでも視線が交わることはなく、遠くに無表情に口を閉ざす彼を見ていると、胸がじわりと苦しくなる。
そんな胸の違和感を誤魔化したくて、ドロレスはジェフに話しかけた。
「ジェフ様、アーノルド様に憧れてますものね。アーノルド様からお言葉がいただけるといいですわね。……ほら、早速学長がお呼びですわ」
学長の側近が近付いてくるのを見てドロレスが促す。しかしジェフは真剣な目でドロレスを見た。
「……ドロレス嬢。この後のファーストダンスを、君に申し込みたい。お受けして頂けるだろうか」
囁き声は、周囲に聞かれないようにとの配慮だったのだろう。それでも成績トップの二人が並んでいるのだ。真剣なジェフと驚きに目を見開くドロレスになにかしらを察し、ささやかにざわめきが広がる。
可能性としては、あったのだ。
貴族社会において、今のドロレスの立ち位置は「オーフィリアの話し相手」である。王族に嫁ぐものとしての学びはあくまで、オーフィリアと共に学ぶ為の学友だと思われているのだ。オーフィリア、ドロレス、そして既に侯爵との婚約が決まっているパメラ。アーノルドは既に結婚していて、ユリシーズとは少し歳の差があり過ぎる。
だからこそ、公爵を継ぐわけでもなく、分家には既に姉が嫁いでいるドロレスの嫁ぎ先の候補として、ジェフの家に嫁ぐ可能性は大いにある。公爵である父は一言も言わないが、きっとドロレスが本気で嫌がればユリシーズから何がなんでも逃してくれるのだろう。
だから、きっと。
ユリシーズから離れるのならば、ここが最適なのだ。
ドロレスは、分からない。ドロレスは、知っている。
己の瞳が妖精に好まれるものであることを、己が数百年も前ならば妖精の愛し子と呼ばれる存在であることを。
妖精と語らい目を合わせることが出来なくなり、妖精が御伽話に変わって。それでもドロレスは妖精の愛し子で、そしてユリシーズは妖精の血を受け継ぐもの。
ユリシーズが本当にドロレスを愛してくれているのか、いつもいつも不安なのだ。
おそらくジェフは、自分がドロレスの婚約者候補であることを知っている。しかしドロレスがユリシーズの婚約者候補でもあることは知らない。さまざまな選択の中で、ドロレスを選んでくれた。妖精の愛し子でもなく、共に学問を励んだライバルとして、見てくれていた。
言葉が詰まる。答えがわからない。
それでも、ドロレスは王族にて教育を受け、公爵家の娘として育てられた。たとえ十五と若くても、戸惑いを覆い隠す術は既に得ている。
「……学園長からのお話が終わるまで、考えさせて下さいませ」
きっと。私は最低な女だわ。それでもジェフは分かった、と穏やかに微笑み今度こそ学長の元へ歩み出した。
「さすがわたくしのお義姉様。素敵なレディには素敵な殿方が寄るものだね」
どんなに高度な教育を受けていたとしても、突然背後からあまりにも聞き覚えがあり、ここにいるには本当に、本当に問題が大有りな声がすれば、公爵令嬢はつんのめってしまう。
咄嗟に踏ん張ったものの、少しだけよろける。しかしその声の主はさっとドロレスの腰に腕を回すと支えてみせた。
「……その格好は、如何なさいました。…………フィー様」
「うん、もし敬称なんてつけられたらどうしようかと思った。ねっ、どう? 結構似合うんじゃないか?」
にっこりと笑うオーフィリア。彼女の持つ指輪の魔術だろう。その髪は見事な黒髪に染まり、瞳はドロレスと同じ鮮やかな空色だ。そしてその髪を後ろで一つに編み込み、着ているのは少し大きい騎士団の制服である。男装の麗人と言うに相応しい姿で、誰もが殿下方の護衛であり、ドロレスに連なるものなのだろうと推測するであろう。
「……フィー様?」
「いつもお世話になってる騎士の皆様が少しでも楽をできるように、制服に魔術を掛けてもいいですか? って聞いたら快く予備の制服をくれたからね。ああ、ちゃんと魔術もかけてるよ。効果は二日だけど、疲れが取れやすくなる魔術」
「お忍びはどうやって?」
「ちゃんとメイドとお父様の許可を得て、何処かの貴族一日騎士体験をするって名目でお兄様方についてきて、本当は裏方なんだけど親戚のドロレスお義姉様の姿を見たいって言った」
あまりにも用意周到だ。学園に入って学び出したら落ち着くのかしら、いや無理な気がする、とドロレスは頭を抱える。
「それで、どうする?」
色を変えど、その容貌は目を引く。艶やかな微笑みは人を魅了させるものだ。こんなところで話をせずに、早急に護衛の元へ送り届けなくては、と思うものの、その笑みに足は動けない。
「わたくしは、お義姉様がお義姉様にならなくたって、お友達としてこれからも仲良くするつもりだよ。ただ、お兄様は違う。きっとお義姉様がお義姉様じゃなくなったら、二度とお義姉様の前に現れない」
「……ユリシーズ様は、私を手放せるのでしょうか」
「手放せないよ」
その即答は少し矛盾しているようで、学長の話を聞くことも忘れてぽかんとオーフィリアを見てしまう。
「この国の王族として、一貴族のお義姉様を手にする。お義姉様が外国にでも嫁がない限りは、お兄様はむりやり自分を納得させて、お義姉様を愛し続けるのだろうね。ほんと、愛が重くて気持ち悪い」
楽しそうに笑いながら言う言葉は、なかなかに酷い。けれどもドロレスはどこか泣きそうな気持ちになってしまう。
「……他の方を愛する私になっても、あの方は私を愛するのね」
「うん。きっと、お義姉様を築く全てを愛しているんだよ、お兄様は」
登壇者が学長からアーノルドへ移り、拍手が起こる。それに合わせて手を叩きながら、ドロレスは視線を彷徨わせる。
すぐにわかった。距離があっても、いつもと装いが違っても。
いつも彼は、ドロレスをまっすぐ見て、そして本当に一瞬、ドロレスと目があったと理解したその瞬間だけ、兄妹よりも甘く濃厚な、愛おしくてたまらないと溶かされてしまいそうな色で目を細めるのだ。
「フィー様」
「なーに」
「ユリシーズ様は、私と恋をしてくださるでしょうか」
ふ、とオーフィリアが吹き出し、満面の笑みで笑った。
「それはお兄様に聞かなきゃ!」
アーノルドから成績最優秀者への激励が終わり、歓談の時間が戻る。たとえまだ幼く見えても、ここにいるのは皆明日から大人になったと認められる者だけだ。二年間の学園を卒業すれば、この国では大人として見られる。だからこそここにいるものは全て大人としての立ち振る舞いを心得ていて、今後に繋げる人脈を得るべく積極的に話をしていく。その中でファーストダンスの相手を得ることもあれば、あえて一度も踊らずに人脈を広げるだけに抑えるものもいる。
まだダンスの曲が流れ出すまで時間がある。オーフィリアに一礼して、ドロレスは人だかりの方へ歩み出した。
少し頬を染めて興奮した様子でジェフがアーノルドと話している。その近くでユリシーズは静かに微笑みながら周りの話に耳を傾けているようだ。
結構な人だかりだ。どうしようか、と悩んでいると先程のジェフとドロレスのやり取りを見ていたらしい人が、こそりと何事かを囁く。囁きがじわりと広がり、ドロレスが通れるよう道が開く。
少し心が痛むが、会釈をしてまっすぐ中心へ。誰よりも早くこちらを見る視線を一瞬だけ見つめて、ドロレスは嬉しそうに笑ってこちらを見るジェフを見た。
「ドロレス嬢! わざわざこちらに、」
「ジェフ様。申し訳ありません。……お断りに、きたのです」
はしたないと分かりつつも、言葉を遮る。ジェフは一瞬言葉が詰まったようで、しかし笑いながらそうか、と頷いた。
「何曲もある。どこかで君と踊れることを願うよ」
「ええ、ありがとうございます」
「いや。……アーノルド殿下、ユリシーズ殿下。もう少しお話ししたい気持ちはあるのですが、こちらのレディを送り届けてきます」
「いえ、大丈夫ですわ、ジェフ様」
「この人混みを小柄な君が歩くには少し大変だ。友人として広いところまでエスコートさせてくれ」
どうしましょう、とドロレスは困り切ってしまう。そしてつい、助けを求めるようにユリシーズを見た。
その瞬間の、ユリシーズの感情はきっと誰も分からない。爆発するような熱と、求められた快感。思わず、つい、と見てしまうのが自分であると言う事実。
ああ、ああ。彼女は今、俺を!! この俺に助けを求めた!!!
たとえその感情が伝わらずとも、浮かれているのには気付いたのだろう。少しだけアーノルドの笑みが引きつった。
「ロリー」
このパーティーで、一言たりとも他人の名前を呼ぶことのなかった寡黙な王子が、その時誰を呼んだのが殆どのものが理解しなかった。そして理解した中の一人であるドロレスは、困ったように笑った。
「公の場で愛称はお控え下さいませ、殿下」
「どうして? 俺のかわいいロリーを呼ぶ権利は俺だけのものだ」
「本当に、酷い方ですわね。もし来ることを教えてくださっていたら、私はこんなに困りませんでした」
「君を困らせる権利は、どうか俺だけに与えてくれないかな。可愛いレディ」
ここまで多くを語るユリシーズを見たものは、この場には殆どいない。ユリシーズとドロレスは六つ歳が離れていて、ドロレスはオーフィリアの話し相手だ。その関係で同じく兄妹のような間柄、と言うには、二人はどこか対等で、近い。
「ロリー。君にダンスを申し込みたいのだけれど、でもかわいい君を他の人に見せるのは惜しい」
「あら、ファーストダンスは乙女の夢ですのよ」
「知ってる。だから、俺と二人で中庭に抜け出して、こっそり踊ろう。そのまま庭園を散歩して、早く帰ろう」
ゆっくりと近付いて、そしてユリシーズはドロレスに手を差し出す。
「ロリー」
ああ、そう言えば。おっとりとドロレスは思い起こす。彼は、あまり私へ願いを口にしない。あくまで自分がそうしたい、と言うだけでそうしよう、とはほとんど言ってくれない。その言葉に強制力が伴うのを恐れて、いつも私の名前を呼ぶだけ。
でも、そんなふうに呼ばれることが嬉しいと。私は言ったことがなかったわ。そして。名前を呼ばれるよりも、私は。
「殿下」
手を置くことなく口を開いたドロレスにゆらりとユリシーズの瞳が揺らぐ。けれども目を逸らさずに、周りの喧騒も視線も物ともせずに。ドロレスは勝気に笑って見せた。
「私も女です。好きな方に乞うよりも、乞われたいのですわ」
ユリシーズが僅かに目を張る。そしてどこか緊張した面持ちでもう一歩前に進むと、ドロレスの手を取り、その指先に唇を僅かに触れさせる。
「……俺を選んで、ロリー」
ああ。世界がまるで色付くようだ。彼の言葉一つで、ドロレスの悩みは一瞬で溶けていく。
「私と恋をして下さるのなら、喜んで。ユリシーズ様」
卒業式はユリシーズとドロレスの話で持ちきりだ。ユリシーズに拐われる形で会場を後にしたドロレスは、ユリシーズの言った通りに裏の庭園へとエスコートされる。護衛により人払いをされた夜の庭園で二人きり。まだ最初のワルツの音は始まっていない。
「ロリー」
「ねえ、ユリシーズ様。私、ずっとずっと伺いたかったことがあるんです」
ドロレスの言葉にユリシーズがそっと首を傾げて促す。
「ユリシーズ様。私のことが好きですか?」
「……ロリー」
「いつも貴方は、そうやって名前を呼ぶだけ。ユリシーズ様。貴方が私が魔法にかかることを恐れているのは存じてます。でも、私は貴方が誰よりも魔法を制御できることも存じてます」
「……それでも、それも信用できないくらい、俺はロリーを……」
言葉は途中で消える。言い切ってしまえば、ドロレスが魔法にかかってしまうと恐れて、いつもいつも、彼は言葉にしてくれない。
それでも。それでも、ドロレスは覚悟を決めたのだ。もう逃げないと、決めたのだ。
「ユリシーズ様」
ドロレスはふふ、と笑って見せた。今日をもって、ドロレスは大人の仲間入りだ。もう結婚すらも許される。だから、だから。端なく子供のように笑うのは、彼の前だけ。
「ユリシーズ様が私を好きだと言って下さらなければ、今度こそ正式に婚約の申し込みをお断りしますわ」
「君が好きだ! ロリーを愛してる! 結婚してくれ!!」
あまりにも間髪入れない告白だった。完全に勢いだけの告白だ。ロマンチックも乙女の夢のかけらも何もない。ユリシーズは言った直後にあまりの格好悪さに頭を抱えた。いくらなんでもこれはない。跪くことすら、向かい合うことすらしてない。殆ど条件反射で答えた言葉だ。
「まって、やり直してもいい?」
「ダメです」
ぴしゃんと言われた言葉に、その場でユリシーズはしゃがみ込んだ。遠くで護衛が体調が悪くなったのか心配する声がするが、ドロレスが大丈夫ですわ、なんて笑う声が響く。
「ユリシーズ様」
ふと声が近くなる。頭を抱えていた両手が、レースの手袋に覆われた小さな柔らかい指に拾われて、ユリシーズが顔を挙げれば、ユリシーズが贈ったドレスを、ユリシーズが贈ったアクセサリーを身につけたドロレスが同じようにしゃがみ込み、花が開くように、どこまでも嬉しそうに笑う。
「喜んでお受けいたします。私も、愛してますわ」
ああ。随分と幼い頃に見初め、それからずっと彼女一筋だった。彼女しか見てないのに、どうしてだか、ユリシーズは今更気付く。
彼女は、本当に美しく成長した。
「結婚するとして、条件が」
「……え」
そして、強かな女性になった。
「私、ちゃんと言葉にして欲しいタイプですの。……毎日、必ず一回は私を好きだと口に出して言ってくださいませ」
……ああ。ずっと、ずっと。言葉にしないようにしてきたことが、馬鹿らしくなる。本当に、本当に。
「……好きだよ、ロリー」
「ええ、私も好きです。ユリシーズ様」
ワルツの音が始まっても、二人は動き出すことはなく、ただただ互いの温度を分け合っていた。
隠れテーマは「ロリコン王子の囲い計画」




