白紙の証明~2~
「入ってないじゃん」
「えーと、これ、本当に添削を入れてもらったんですよね?」
「うん。見てたから間違いないと思うんだけど」
先生がうっかり飛ばしちゃったのかな、とも思ったけど、僕、ほとんどずっと先生が赤ペン入れてるの見てたしなあ……。それはあり得なさそうなんだよなあ。
「添削が入っていないのは、俺の企画書と舞戸さんの企画書、鳥海の企画書……の3枚でしょうか」
そうみたいだね。
他の奴は赤ペンが入ってるんだけど、社長と舞戸さんと鳥海の奴には入ってないみたいだね。
「な、何故だ……何故私達3人だけハブられたのだ……部の狂人3トップだからか……?」
「えっ!?俺って狂人だったの!?」
「この部においてコミュ力が高いということは狂っているということになるんですよ!なりませんか!?いいえなりますよ!」
……社長はともかく、舞戸さんもまあ分かるとしても、鳥海の奴に添削が入ってない理由としては、それはちょっとなあ……。
「もしかしたら社長のと鳥海のは直すところが無かったとかじゃないの?」
「そこで私の奴には直すところがあったが添削が入っていないと暗に言ってくる羽ヶ崎君の冷たさよ」
う、うーん……確かに、社長と鳥海はノー添削になるイメージあるんだけど、舞戸さんはなあ……羽ヶ崎君ですら添削入ってるの見ると、完璧だったから添削入ってない、っていうのはちょっと考えにくいんだよなあ……。舞戸さんには悪いけど。
うーん困ったなあ。このままだと、僕らはともかくとして、社長と舞戸さんと鳥海は実験の準備が進められないぞ。困ったなあ。
「加鳥。一応確認だが、先生は全員分の企画書を添削していたんだよな?」
「うん。多分。僕も全部見てた訳じゃないけど」
「目を離した瞬間があった、ということですね」
「先生が事務室行ってくる間だけは離したよ」
「そうか。分かった。……だがその間にうっかり、ということは考えにくいな」
鈴本はそう言いながら黒板の方に歩いていってチョークを持ったよ。
「俺の実験は薬品が届くまで進められることがほとんどない。折角だからどうして3人分だけ添削が無いのか、推理してみることにするかな」
あ、ちょっと珍しいねー。まあ鈴本にだってこういう日もあるよ。うん。
「ということで進められる奴らは実験進めてくれ。加鳥は悪いが、日疋先生に添削を頼んでからの出来事を順を追って説明してくれないか」
……ということで、黒板にはちょっと切ない文章が並ぶことになったんだよなあ。
日疋先生が家庭科準備室でお茶飲み終わって出てきたところからスタートして、1分後には職員室で添削開始。
企画書の2枚目の添削してる途中でペンのインクが切れて中断。
再開してすぐ事務室に書類を持っていくことになって、企画書を持って退室。
3分ぐらいして先生が帰ってきて、添削再開。でもすぐ参考になりそうな本を探す為に中断。
本を見つけて添削再開。でもすぐに薬品のお値段を調べるために中断。
調べ終わって添削再開。でもすぐにクロロホルムの代用品を調べ始めて中断。
調べ終わってまた添削再開。赤ペンのインクがまた切れた。
ペンを交換して添削再開。今度は修正テープを探し始めた。
そして添削再開して、添削終了!この間15分ちょい。
それから印刷室に移動してコピーして、原本の方をファイルに入れてもらって、僕は化学実験室に帰還。
……ああああ、なんでこんなに紆余曲折があったんだろうなあ……。
「これで全部か」
「うん。後は皆見た通りだからね」
僕が頷くと、鈴本はチョークを持ったまま黒板をじっと見て考え始めたよ。
「つまり、もし先生が何かやらかしたとしたら、事務室に行って帰ってくるまでの間にうっかり企画書の順番入れ替えちゃったとかそういうことなのかな」
その内舞戸さんも寄ってきて考え始めたよ。
「いやー、本探しとかペン探しとか修正テープ探しとかのバタバタで順番入れ替わって、まだ添削してない奴を後ろに回しちゃったっきり添削しなかったとかじゃないのかなー?」
鳥海も来たよ。
「その可能性もありますが……そうですね、しかしそれだとおかしな点が1点あります」
社長も来ちゃったよ。
「先生が途中で調べ始めたのはクロロホルムの代用品、ということですがこれは間違いないですか?」
「うん。間違いないよ」
よくフィクションの中で人を眠らせるのに使われてる奴だー、って思ったから間違いないと思うよ。うん。
実際はアレ、全然人の意識落ちないんだってね?この間社長が解説してくれたよ……。
「という事は、先生はその間、舞戸さんの企画書の添削をしていたことになりますね」
「舞戸の?……だが舞戸の企画書は」
「ええ。添削されていない状態ですね」
うん。そうなんだよ。
舞戸さんのと鳥海のと社長のは、添削が入ってないままだから。それについて考えてた訳なんだけれど……。
「しかし、舞戸さんの企画書以外ではクロロホルムを使う予定だった実験はありませんので、先生がもしクロロホルムの代用品について調べていたというのであれば、それは舞戸さんの企画書の添削をしていたという事になる訳です」
「な、なんだってー!?」
そ、そっかあ。そうだよね。舞戸さんの実験以外でクロロホルムを使ってる人が居なかったなら、それは当然、舞戸さんの企画書の添削がされてた、っていうことになるんだよね。
「ちなみに加鳥君や。先生はクロロホルムの代わりに何を使えと?」
「えーと、確かジクロロメタン。『塩化炭素くっついてりゃいいみたいねー』って言ってた」
「あ、うん。じゃあ多分間違いなく私の奴だ、それ。塩素で炭素なら何でも良さげだったし……うん……あうう、じゃあクロロホルムは購入されないのか!クロロホルム吸ってみたかったよー!」
「やめろ。やめるんだ舞戸。社長みたいになるな」
「俺はクロロホルムを吸う人間だと認識されているんですか?確かにアセトンの香りは好きですが」
……ま、まあ、うん。いろんな人が居るよね。うん。いいことだよ。多様性があるのはいいことだよ。
「それで?そっちの話、進んだ?」
「あれっ羽ヶ崎君!どうしてここに!?」
「実験詰まったから」
その内羽ヶ崎君もこっちに来たよ。
「詰まった、というと?薬品不足か?」
「それもあるけど。それ以前に失敗した」
え。それは……珍しいなあ。羽ヶ崎君でもそういうこと、あるんだなあ。
「羽ヶ崎君の実験は紙燃やす奴だっけ?」
「そう。書いておいた文字の通りに燃える……はずだったんだけどね」
羽ヶ崎君が見せてくれたのは、なんかもう、大事故の跡だよ、もう。紙がほとんど燃え尽きてるよ。
「火災報知器の無いところでやってて助かったってところ」
「全く以て書いた通りじゃない燃え方だな」
うーん……羽ヶ崎君がやっててこうなるって、結構不思議なかんじするんだけれど……。
「過去に先輩がやったレシピそのまま使ったから、特に問題は無いと思ったんだけどね。配合が変えなきゃ駄目っぽい」
あー、企画書の最初に『出展:前年度熊田班』って書いてあった。要は先輩のレシピってことだよね。
「……妙だな。先生の添削はあったんだろ?」
「あった。けど、配合には特に添削無かったし。書く予定の文字には添削入ったけど」
「なんて書く予定だったの?」
「『歓迎』。画数多すぎって添削入ってた」
じゃあ『ようこそ』とかになるのかな……?
「先生でもパッと見て配合がおかしいなんて気づかないんじゃないかなあ」
「いやー、でも日疋先生っしょ?ん?流石に流石になんか気づくと思うけど……」
そうなんだよなあ。羽ヶ崎君が失敗するとは思えない、でも、先生が添削漏れするとも思えない……。
どういうことかなあ。
「羽ヶ崎君。ちょっと企画書見せてくれるか」
「ん」
鈴本が羽ヶ崎君の企画書を見て、それから首を傾げて……その企画書、僕らにも見せてくれたよ。
「前半分には添削が入っていない。後ろ半分には添削が入っている。……そういう風に見えるな」
それから鈴本、机の方に戻っていくと、針生の企画書が『前半分には添削入ってるけど後ろ半分には添削入ってない』っていうことに気付いたよ。
「あっぶね!俺、このまま実験やるとこだった!あっぶね!」
「針生の場合、誤字がそのままだからな。添削漏れが明らかだ」
「えっ!?俺誤字してたの!?」
1か所、mLがLになってる所があるよー。1000倍だよー。怖いよー。いや、前後の文脈で分かるけどさあ……。
「……ということは、添削漏れは全部で5枚、か」
そうだね。結局、羽ヶ崎君と針生が半分ずつ漏れ、舞戸さんと社長と鳥海がまるっきり漏れ、ってことになるのかあ。
うーん……これは流石にちょっとなあ……。
「羽ヶ崎君のレシピに訂正が入っていないことからも、針生のLがmLに直っていなかったことからも、舞戸のクロロホルムからも、『添削が入るべきであった箇所に添削が入っていない』ことは明らかだな」
しかもそれが5枚。うーん、これは流石に先生の添削入れ忘れじゃない、ってことだよね。
でも確かに、先生は添削入れてたはずなんだけれどなあ……どうして今、この企画書には添削が入っていないのか……。
「先生が事務室でコピーして、添削入れてないコピーを量産してたって可能性は?」
そこで針生がそういう事言い始めたけど、それってちょっと考えにくいよなあ……。
「んー、それ、やる意味無くない?ん?それって先生がわざわざ添削入れてない奴を作った、ってことになるじゃん?」
「いや、それで『添削入ってない!』ってことに気付かせるというか、俺達の注意力を成長させるため!みたいな……あー、厳しいかー」
うん。厳しいなあ……。
あの先生、そういうことしなさそうだし、大体、事務室にも確かにコピー機くらいはあるんだろうけれど、3分で事務室から帰ってきたところから考えても、コピーする暇は無かったんじゃないかと思うんだよね。
それにやっぱり、『それをやる意味が無い』んだよなあ……。
事務室に行った隙に何かがあった、とは思いにくい。うん。
「えーと、じゃあ、誰かの妨害工作を受けたという可能性について考えようぜ!例えば家庭科の先生とか!こう、家庭科の先生が間接的に日疋先生の信頼を落とすことによってより自分に依存させようとかそういう」
「大分頑張るなあ……」
「うん、俺も正直言いながらこりゃないわーって思ってた」
事務室に行って帰ってくる3分の間に家庭科の先生がそれやってたとしたら相当凄いんだよなあ……。
「……まあ、動機からしても、時間の面でもそれはほぼ無いな。事務室に何かを『置いてくる』だけだったにしても、3分で行って戻ってきたならほとんど猶予は無いはずだ。そこで何かが起きたと考えるのは難しいな。というか、そこで何かが起きていたなら俺達に推理することは不可能だ」
ここは考えないことになりそうだね。考えようがないことは考えないようにしよう。うん。
「では企画書から添削が『消えた』のかもしれませんね」
……ここで社長がそんなことを言い出したよ。
「もしかしてこれは原本ではないのではありませんか?」
「先生が使っていた赤ペンは色が薄かったのではありませんか?」
「え?うーん、どうだろ、覚えてないなあ……」
……でも、社長が言おうとしてることは分かるよ。
要は、色が薄いペンだと、コピーした時に色が読み取れなくてコピーされない可能性がある、ってことだよね。
「あー、オレンジっぽいペンとか使っちゃうとコピーされないこと確かにあるわ」
「特にうちの学校は『赤黒2色コピー』っていうケチり方するからねー」
うん。だからまあ、その可能性はある、んだけれど……。
「これは原本ですよー。ほら。俺が直しに直した跡が残ってます!」
「……俺のも」
刈谷と角三君もやってきて、企画書を見せてくれたよ。
……うん。シャーペンで書いては消した跡が残ってるね。紙が凹んでるからこれがコピーじゃなくて原本だってことは明らかだなあ。
「おや、原本でしたか。それなら、コピーに失敗した、という線は薄いですね」
「……成程な。理解した」
そしてここで鈴本が苦笑いだよ。でもこれは勝利の苦笑い、だなあ。ということは答えが分かった、のかな?
「えっ謎が解けたの!?」
「えっもしかして名探偵!?」
「謎って程のものでもない。それに俺はこれを先生に前、1回やられたことがある」
鈴本は苦笑いしながら舞戸さんと鳥海と社長の企画書、それに羽ヶ崎君のと針生の奴も取って……化学準備室の方に向かったよ。
……それで1分しない内に戻ってきたよ。その手に企画書は無いなあ。
「これで大丈夫だ。あとは時間が解決してくれる」
これは……ええと、どういうことかな?




