探偵まがいは覚悟を決める
僕が彼女に依頼内容について尋ねた時のやりとりは決して忘れられないものだった。
ミニス嬢はふんわりとした金色の髪を撫で上げながら、優雅に言ったんだ。
「わたくし、命を狙われていますの」
好きな花の名前でも答えたかのような、そんなさらりとした口調だった。
言葉の意味を理解することを、僕の脳は数秒は拒絶し抵抗したが、時間が立つにつれ無理やりにでも理解してしまう。
唖然とするしかない、既に僕にどうにかできる範疇だとは思わなかった。
「……警察に駆け込むことをお奨めするよ、探偵の仕事じゃない」
「探偵を専門に生業にしているわけではないと、伺っておりますけれど?」
誰に聞いたんだよ、そんなの。
確かにある程度はなんでもやるし、時には命を危険にさらすときも歩けど好き好んではしない。
第一、僕に荒事は向いていないのだ。学院で護身を学んだが最低限の授業しか受けていない、専門じゃないからだ。
「なぜ僕に? そもそも、きみみたいな人間なら専門家を護衛にしているんじゃないかな」
「お恥かしながらわたくしの命を狙っているのは、わたくし自身の護衛部隊ですの」
今すぐ逃げたい。
切実にそう思った。
ただの素人でなんとかなる集団が、このご時勢に財閥令嬢を護衛しているわけが無い。
「うちの社員といっても戦争でお払い箱になった傭兵ですわ。 わたくし自身は警備部門として仕事をこなしているとしても、そんなものにお願いしたくは無かったのですけれどね」
「それは痛恨のミスだね」
「ええ、非常に残念ですわ。 いまだ辺境では魔術も使わずただの鉄剣をふるい、弓や投石で戦っているそうですし、彼らもその類のケダモノと思うべきでした」
印象を悪くする覚悟で判断の甘さを責めているのに、なにひとつ悪びれることなく彼女はうなづいた。
天然なのかあえてやっているのか、どっちなんだろう。
「わたくしに同行していた役員や使用人が幾人も殺されています。 ここまでの事態だと本来は、兄さまや母さま……いえ、本社が事態を把握できないはずは無いと思うのです」
僕の好みから外れるけれど、たおやかな女性にここまで憂いを帯びた表情をされると元気付けたくなる。ましてやミニス嬢はかなりの美少女だ。
どうも見ていると学生時代に憧れた、決して手に入らなかった何かを見ているようで、胸が締め付けられる想いにかられる。
こんな倉庫を改造して作った私室に、彼女がいることは違和感しか感じない。
僕は頭を抱えながら、なるべくそれを意識しないようにした。
なんにせよここまで来ると、状況はだいぶわかってくる。
「ただ護衛の部隊に細工がされていた以上、社内でも重役にある人間が黒幕として関与している可能性は高いね」
「はい、その通りです。 そうなるとなんらかの手は既に打たれていると考えるべきですわ」
「それでミニス嬢は僕に何を求めているのかな?」
「本社への連絡手段の確保、これは思念で通信できる機材を用意してください。 ただし、出来るだけ足がつかないようにです。 それと救援が到着するまで、わたくしの安全を確保してください」
条件が厳しすぎる、用心棒には心当たりはあるけれど。
「繰り返し、警察局に駆け込むことを薦めるね」
「わが社は警察局にはとても繋がりが深いんですの」
敵が警察局にもいる可能性が高い、と。
どう考えても、あまりにも条件が厳しすぎた。
もしかしたら、ミニス嬢としてはこの事件を表ざたにしたくないのかもしれない。これが発覚すれば、ゼブレス財閥警備部門の信用に大きな傷がつく。
それは財閥にとって大きな痛手になりえる話だ。彼女にとってそれが命と比較するに匹敵するものなのか、それはわからない。
名誉か、それとも家族に出来るだけ迷惑をかけたくない、ということなのだろうか。
命を賭けるに値する理由としては、僕は家族愛なら納得しやすいところではある。少なくとも、僕は命のほうが大事だけど。
「ところで僕が裏切る可能性は考えていないの?」
「ヴァンさまはご冗談がお上手ですわ」
ミニス嬢は楽しそうに、口元を隠しながら上品にくすくすと笑う。
考えるまでも無く、僕が裏切っても彼らが僕を生かしておく理由は無い。
そして、僕が彼女の依頼を断ることはありえない。
ミニス嬢と僕の繋がりがばれれば、僕は口封じに殺される。彼女が一晩をここで過ごした以上、隠し通すのは厳しいかもしれない。
さらに言わせてもらうと、彼女が生き残った場合も僕が処断される可能性がある。協力しなかった上に、スキャンダルを僕が抱えているわけだから。
「条件があるね、協力者は必須だ。 最低限それは認めてくれ」
「口が堅く信用できる者をお願いしますわ。 絶対に無いとは思いますけれど、万が一の時の責任はどなたがおとりになるのかしら」
「……わかった、人選に関しては僕が責任を持つよ」
どうもミニス嬢にはペースを持っていかれっぱなしだ。僕が選んだ人間は全員、地獄を見る羽目になるな。
冷静に考えると心が非常に痛みそうだったので、あまり深く考えず、我に返った後に心が痛まなさそうな人選を出来る限り心がけることにした。
もちろん、僕が一番心が痛まない人間はマイルズだ。
僕が言うのもなんだが、あんなダメ人間はなかなかいない。なにせ軍隊を除隊した後、そのまま警察士として働けたのにも関わらず、監察官に賭博と酒で費やした多額の借金を見つけられそのまま自主退職をするはめになったのだ。
要するに、対外的に問題があるのでクビになる前に自分でやめろ、と圧力をかけられたのである。
実際、警察士で借金を理由にクビになる人間は珍しくないそうだが、本人を見るとなおさらダメ人間に見える。
軍で思念技師もしていた経緯もあるしちょうどいいことだろう。
ある程度、算段がついたところで僕はさらにミニス嬢に提案する。
「もうひとつの条件は、僕は調停人でもある」
僕は彼女の目を見据えた。
ミニス嬢は首を傾げて、その髪を揺らした。
「先ほど聞きましたわ、それがなにか?」
「可能なら、少しでも平和的に解決したい」
ミニス嬢は考えもしなかったかのように目を見開く。
そして、次の瞬間愛嬌のあるそぶりで噴出した。
「不可能を可能に出来るなら、ぜひどうぞ」
僕はそんな彼女から目を逸らさなかった。




