迷探偵のわずかな幸福
傭兵とは何か。
端的に言えば前時代的な傭兵は、職にあぶれた者達が生きるための集団だ。
戦火や略奪、モンスターの襲撃により自分たちの土地を失った人々は、職を失い誰も守ってくれない社会の最下層にまで身を落とした。
農地を持つ農民ですら、土地をもらえない次男以降の子供は、奉公する行き先がなければ末路は同じだった。
食料が豊かに供給できるようになった地方すらも、傭兵が発生する要因を抱えた。時に、医療の発展や平和すらも問題の一因だった。
人口が急激に増えたことにより、仕事の数がなおさら見合わなくなってしまったのだ。職が不足すると、無職の貧民たちは自らの生活のために傭兵とならざるを得なかった。
貧民は自らの家族を引き連れて、生活を営みながら戦場を渡るしかない。
モンスターの存在を考えれば、人間の生存域はさらに少なくなる。資源や食料、豊かな土地。それらの利権を奪いあう戦争は彼らの生きる種となり不足することがなかった。
仮に戦争がなくなればまた傭兵たちは生活できなくなった。生きるために、元の雇い主に不服を申し立てたり、賊となり略奪をすることもあった。
戦争がなくなると一気に治安が悪化する、そして傭兵に身を落とす者が増える。そんな負の螺旋のなかに彼らは存在した。
だが、傭兵の存在が完全に悪と断じることは出来ない。一部の特殊な例を除き、傭兵団はなんの身元の保証がない人間が、周囲の勢力やモンスターから身を守るための場所でもあったからだ。行き場のない女子供を含む家族の集団でもある彼らを、一概に単なるならず者として片付けられはしない。
僕は法学を学ぶに当たり、史学や社会学も学院で学んでいる。これらは全て繋がっているものだからだ。
さて、僕と相対した『傭兵』らはどうだったのか。
本質的には同じだ。
それらを企業の所属として形をなしたに過ぎない。それはもちろん生活の保証という面でとても大きなことだけど。
『フォカロル』に攻撃を受け、テロリストとして処理されてしまった傭兵たち。
彼らはこの事件の加害者だったのか、あるいは最も悲惨な被害者だったのか。
事件の裏を考えるにつれて、僕はそんなことを思ってしまった。
命を賭けて殺し合った相手こそ、実は一番自分に近しい立場だったのかもしれないと。
戦争は悪いことだ、そんなもの母国じゃ誰だって知っている。でも、竜の学院はそうは教えなかった。
なぜ戦争をせねばならなかったのか、なぜ殺しあわねばならなかったのか。僕はそれを学びながら、『調停人』となった。
自分の中にあった正義や道徳が何度ぐらついたか、わからない。戦争によって豊かになる人々、戦争がなくなることで罪を犯さざるを得ない人々。
声を大にして「戦争がなくなれ」と叫ぶ同胞もいたけど、「戦争は経済だ」と唱える教授もいたけど、僕は未だにそのどちらにも頷けない。
自分もまた大切な人間のために、生きるために武器を握りかねない人間だと気づいてしまったからだ。
そして、今考えてもそれは正しかったわけだ。
マイルズが僕を小突く。
「また考え込んでるんじゃねえよ」
病的に死んだ目で僕をにらむマイルズ。別に病気じゃない、いたって健康な時も病的な目をしているのだ。
どうやらリンゴの皮を剥いてくれているらしかった。それを二つに割り、小さい方を僕によこす。
「それ、僕への見舞いじゃないの?」
「俺の物を俺が食って何が悪い」
正しいんだけど、なんか納得いかない。
僕はリンゴをかじる、予想通りかなり酸っぱかったが嫌いじゃなかった。
部屋の隅ではイサキがいつもの着流しを着て、腕を組みながら背中を壁に預けている。腰に刀を差しているが、病院にそんなものよく持ち込めたものだ。
……警備の人間に止められなかったんだろうか?
「ひとまず経費の請求を渡しに来たぞ」
「退院するまで待ってよ……」
「お前は知らないかもしれないが、お前が入院している間も俺には生活があるんだ」
「知ってるよ、それくらい」
「知ってて言ったのか? 馬鹿じゃないのか、お前」
ああ言えばこういう、だからマイルズに口出しするのは嫌いなんだ。
彼はひどく僕をイラつかせる言動をするのが得意な人間だった。どこか自分の父親に似ていて、そういうところは好きじゃない。
でも、父親よりはるかに頭がいい物言いだとは思う。彼なりの理屈と筋が通っていて、それでいて次の一言を最初から考えている節があるのだ。
自分より先のことを考えながらと話す人間と会話するとき、どこか気持ちよさを感じるのは僕だけなんだろうか。
「それでゼブレス社からいくらくらいもらったんだ?」
「よく報酬をもらったってわかるね」
僕は小切手を丸々マイルズに手渡す。
こうなると彼に換金してもらった方が早い、持ち逃げされたら僕の人生終わるけど大丈夫だろう。
「新聞に載るくらいの話だからな。 ああ、予想より少ないな。 交渉しなかったのか?」
「こっちも弱みがあるしね、だいたいその辺の感覚がわからないから下手をすると怒らせる羽目になる」
「ま、それが賢いだろうな」
マイルズが計算尺をどこからか取り出して、金勘定を始めた。無精ひげをさすりながらブツブツつぶやいている。
人の病室でなにしてんだ、アンタ。
と、そこで話していてイサキが口を開いた。
「あのムラヤマ・リュウタロウとは何者だ?」
「イサキも会ったのか」
イサキは黙って頷く。
戦意の籠った眼だった、何を思い出しているのだろうか。
なんでもイサキはミニス嬢を連れて建物を脱出したが、他の部隊に攻撃を受けたらしい。
……マイルズによれば、それはミニス嬢を助けるべく急行したことになっている警備部隊だった。
なんと彼らは僕らの救援ではなく、傭兵部隊の援軍として急行していたのだ。
「何人か斬ったが包囲されてな、我もあの女子を連れてはそう戦えぬ。 捨てて突破を試みるしか手だてはないところであった」
「そこにリュウタロウ氏が来たのか?」
「そうだ、あの男が先陣を切った。 間違いない、あの男は魔術師だ」
「魔術師?」
名前からしてヤマ国人だと思うけど、正規の魔術を学んでいるなら学院出の可能性が高い。
実は、世界に三ケ所存在する竜の学院ではあるが、そのうちの一か所がヤマ国だ。
「奴は魔装具を無効化しながら斬り込み、敵を戦闘服ごと一撃で斬った」
「少なくとも防具は強化繊維のはずだ、魔装具として障壁の魔術も使用できるものかもしれない。 ……素人の見方だけど、そう簡単に斬れるものとは思えない」
「どこの流派かはわからぬがヤマ国の剣術も修めている、それも魔術を併用することを前提としたものだ」
「腕前は?」
「奴が加減していたために測れぬ部分もあるが、我と互角かそれ以上の腕前はあるだろうな」
牙をむき出しにし、眼に力を込めるイサキ。
ずいぶんと気に入ったらしい。
「しかし、警備部隊相手に加減だって? 敵の数はどれくらいだったんだ?」
「およそ30名だ、装甲を取り付けた魔術車両3台で駆けつけてきてな。 車に武装はなかったが、厄介ではあった」
魔術回路を搭載した車を保有する企業は多い。
残念ながら、一般化となるほどの値段ではないが利用できる幅がとても大きい存在だ。
生産している台数が少ないのもあるが、馬を取り扱う業界からの圧迫が激しくかなりの税をかけて対応しているらしかった。
確かに馬車が不要になれば、利便性が上がる一方で大勢の人間が首を吊る羽目になる可能性も否めない。誰かが富むために、誰かを犠牲にせねばならない一例だ。個人的に馬が好きなので、たくさんの馬が屠殺されるのも嫌だ。
「そのなかで手加減が出来るっていうのも、すごいなあ。 全然想像できないけど」
「配下もかなりの手練れだったな、魔術を心得ている者も他にいた。 魔装具での戦闘があれほど鮮やかで洗練されているように見えたことはなかった」
計算尺を忙しそうに動かすマイルズがそこで口をはさんだ。
「ムラヤマ・リュウタロウは『テセリケタ・バイセル』を率いるマフィアの首領だよ。 奴の私兵である『フォカロル』には、元警察の特殊部隊員からヤマ国の忍びまでとんでもないのが紛れていると聞く」
「忍び?」
「ああ、ヤマ国における傭兵だな。 ただし、スパイ網構築や暗殺すらも生業にするという恐ろしい連中だ。 その辺はイサキのほうが詳しいだろ」
イサキは頷く。
「それであの動きか、納得した。 忍びは戦闘だけでなく、破壊工作や戦術、謀略の知識までを兼ね備えた技術集団だ。 金で暗殺を請け負うこともあれば、特定の君主に使える集団すらあった。 それぞれの技術や知識は秘伝であり、他に漏らすことはないと聞く」
「やりあったことは?」
「何度か、な。 結果はこの通り五体満足でいられているが、次はどうなるかわからぬな」
その時の記憶を反芻しているのか、楽しげにイサキはつぶやいた。
どこか嬉しそうだ、自分が死ぬ可能性も口にしていると言うのに。
「しかし、なぜそんな連中が国外に流れたんだよ。 希少な人材なんだろう?」
今更か、と言う風にイサキが僕を馬鹿にするように鼻で笑う。
「ずいぶん前の話になるが、ヤマ国が統一されたからだ。 島国であるヤマは、本来は数え切れぬほどの複数の国に分かれ、覇権を争っていたのだ。 その戦争が終わり、政府に仕官できず行き場をなくしたサムライや忍びは一気に国外に流れた」
「海を越えて? そんな馬鹿な、怪物の巣だぞ」
「覇権争いに敗れたがゆえに海を越えるしかない者もいる、そこに選択肢などない。 それに竜の学院がヤマ国にもたらしたのは造船技術も含まれている。 元より、海の上で戦うことを生業にする水軍も存在したほどだからな」
「要は大陸における傭兵と似たような立場と言うわけだね、諜報や戦争に関することを専門にしているという点では特殊だけど」
「そうして、手練れたちは近隣諸国で名を挙げることすらあった。 当のヤマ国には伝わっておらぬ話のようだがな」
「……にわかに信じがたいね、海を越えてくるような連中をあちこちからかき集めてきたとしたらなんて物好きな」
マイルズは計算が終わったのか、肩を鳴らす。
首をもみながら、僕のつぶやきに答えた。
「実際、傭兵会社のなかにはヤマ国人が所属しているものも多い。 当然、血も交じっているだろうがな。 それに名前からしても、ムラヤマ・リュウタロウは元はヤマ国人なんだろう?」
「おそらく」
「なら、不思議なことじゃねえな」
リュウタロウ氏は、『テセリケタ・バイセル』を外国人同士のコミュニティを統括し管理する組織と言っていた。
そのなかにその忍びとかいう集団も含まれるとしたら、想像以上にひろい範囲でのコミュニティを統括する組織なんじゃないだろうか。
「そういや、皮剥ぎ事件だがな」
マイルズがふと思い出したように、僕に話す。
ひそかにその言葉に心臓が激しく反応した、自分にとって身近すぎる話題だったからだ。
……イサキはマイルズに何も話していないのだろうか?
「なに変な顔してんだ?」
「別に何でもないよ、皮剥ぎ事件がどうしたの?」
「まあ、元々変な顔だしな」
「うるさい」
「あの事件、行きつけの『マドモド』裏手で起こってからは音沙汰ねえよ。 連日あったのが嘘みたいだ、このままもう起こらねえのかはわからないがな」
「……そうなんだ」
それはいいことのはずなのに、どこか胸騒ぎがする。
本当にそれは起きていないのだろうか。
「ミニス嬢は本当にゼブレス社に戻ったのかな?」
「さあな、竜の学院で研究してるって話もあるが俺にはさっぱりだ」
「でも、ミニス嬢はゼブレス社内の重役に狙われた可能性もあるんだよね? ということはまだ安全じゃなかったかも……」
マイルズは僕に詰め寄る。
「いいか、ヴァン」
「う、うん」
「あの事件はもう終わったんだ」
「でも……」
「さっさと忘れろ、もう終わったことだ」
「心配なんだよ」
「なら神にでも無事を祈れ」
マイルズは冷たく言い放った、もう厄介ごとはごめんだと言わんばかりだった。
確かにマイルズを巻き込んだのは僕だし、僕にできたことなんてそんなにないけど。
そもそも『調停人』として戦いを止めれたら、とか思っていたのに結局はなにもできず僕自身が武器を握った。
ミニス嬢にそう言った本人が戦うなんてさ、こんな滑稽なことは他にはな……い……。
その時、今まで事件の考えをまとめていた僕は閃いてしまった。
どこかでずっと無意識に考えていたのだろう。
この事件の真実を。
でも、だとしたら僕は……。
そこで突然イサキが何かに気づいたかのように、壁に背をあずけるのをやめた。
「マイルズ、用が済んだなら帰るぞ」
「は?」
「退屈だ、ずっとここにいても仕方あるまい」
「まあ、いいけどな」
マイルズも戸惑いながらも了承する。
「じゃあな、お前もこれ以上余計なこと考えるんじゃないぞ」
「……うん」
二人は足早に立ち去っていく。
なんで、いきなりイサキは帰ろうとしたんだろう。単なる気まぐれなのかもしれないけど。
マイルズが見舞いに置いていったリンゴを、自分で剥くためにナイフを握る。
リンゴは嫌いじゃないのに、マイルズはろくに僕にくれないし。
それでもナイフを握るのには抵抗がある、あんまり刃物の扱いは得意じゃない。子供のころ、思いっきり手を切ったことがあってそれ以来苦手だ。
苦戦しながら、夢中でなんとか剥こうとするも皮が繋がらずに切れてしまう。我ながら情けない。
そもそも右手が使えないのに、片手で固定しようと言うのが無理なのだ。ただでさえ不器用なのに、発想に無理があると言わざるを得ない。
前も腕を折ったときは、苦戦しながら皿をうまく使って野菜を切ろうとしたものだけど、なかなか上手くいかなかった。
刃物を使う才能に関しては、我ながら皆無と言わざるをえない。
「本当に下手ね」
僕が顔を上げると、そこには……。
ジェシカがいた。
赤毛に近いブラウン、そのストレートの髪を掻き上げながら扉の前に立っている。少し呆れたような笑みだ。
「仕方ないからそれくらいやってあげるわよ」
「ありがとう、ジェシカ」
本当に会いたかった。
まさか生きて会えるなんて、あの時は思っていなかった。
「なに泣いてるのよ、馬鹿ね」
「……笑ってるんだよ」
「あら、そう」
例えどんな真実だったのだとしても、僕はこの時間のために生き残ろうとした。
それは絶対に間違いだったと思わない。
h26.9.1 片手が使えないために、リンゴが上手く切れないという描写が不足していたので加筆。




