深淵に引き込まれた理由
『彼らは、君の観測する世界に終末もたらす。
故に彼らを、私は『終末の住人』と呼ぶ。』
――ネアル・バーキントス
目を覚ます。
……清潔なシーツ、ベッド。天井もきれいだ。
すぐここは僕の隠れ家じゃないな、とわかる。僕の部屋がこんなに清潔なはずがない。
我ながら惨めだが、そんな余裕のある人生を送ってなんかいないのだ。これは決して僕がずぼらな人間だからじゃない。
頭痛とひどい眩暈を感じる、反射的に起き上がろうとするが体に痛みが走った。
全身が硬直する。うずくまりそうになるがゆっくりとベッドに体を預けて、息を吐き出す。
視界がせまい、違和感を感じ顔に触れると眼帯がついていた。右目が完全に覆われている。
胸元から肩まで包帯が巻かれ、右腕にはギスプが付いていた。一瞬なんでこんなものが付いているんだろうと思ったが、すぐに自分に起きた出来事を思い出しかける。
すこし鮮明に記憶が戻ってきたころに、あまり深く思い出すのはやめようと懸命にも気づけた。
忘れた方がいいことだらけだった。
そのまま窓から外を眺める、いい天気だった。
ついついぼうっとしそうになる、どうやらここは病院のようだった。
警察にこれから捕まったりするかなあ。
まず、不法侵入。次に傷害と殺人。魔術の不法な使用は重罪だ、最悪死罪もありえる。
魔術師や強力な武器を扱うハンターは、一般人よりも重い罪に問われる事例が多い。
攻撃魔術なんてその最たるもので、無許可に強力な魔術を使用してはならないとされている。傭兵たちの使っていた電撃や爆裂の魔術がそうだ。
ただ魔術は強力な故に法での縛りが厳しい一方、半ば形骸化している部分でもある。モンスターや賊への自衛は権利として認められているからだ。建物を丸々けし飛ばしたり、猛毒ガスを大量に散布するような殺戮に使用できる魔術は、特に規制が厳しいのでその限りではないが。
おそらくは政府や警察局が、危険だと判断した人物を捕えたりための法と言う一面もあるのかもしれない。
それはさておいても、今回の事件がどんな風に表に出るのかは、僕がどうにかできる話じゃないが自分の立場が危ういのは理解できる。
ミニス嬢との出会いに関しても、警察に追及されるとまずい。
こうやって考えていくうちに、マイルズだけはちゃっかり無事に安全な場所にいるんだろうな、なんて恨みがましく思ってしまう自分もいて自己嫌悪に陥りそうになる。頭痛が激しくなってきたな。
と、看護婦が静かに部屋に入ってきた。
「血圧測りますよ~」
「その前に水もらえない? のど乾いてるんだ」
うまく声が出ず、乾いた声になってしまっていた。唇もかさかさになっている。
僕が声をかけると看護婦さんが目を大きく見開いた。
目が合う。
僕がにこやかに笑って手を振ると、混乱したまま看護婦さんが手を振った。
そのまま我に返り、看護婦さんはあわてたように駆け出す。
「先生! 202号室の患者様が目を覚ましました!」
ずいぶん、大慌てだなあ。そんなひどい状態だったんだろうか。
改めて部屋を見回すと個室で、お金がかかってそうだなあと気がめいるようなことを考えていた。
支払いとかどうなってるんだろう、そもそもこの場所は警察病院とかなのかな?
その後、医師の診察を改めて受けたが、僕が気になるのは体のことより支払いのことだった。
しきりにそのことについて聞くと、苦笑されてしまった。意識を取り戻して早々だったので、看護婦さんも呆れていたと思う。僕の治療費は既に、ゼブレス社によって全額支払われているとの事だった。
聞いてみれば、ここの病院自体がゼブレス社と竜の学院の提携によるものだとのこと。警備体制も万全と言われたが、今の僕にとっては逃げられないという事実を保証するものでしかない。
どういう状況なのか首をかしげるが、深くは聞かないことにする。事件の経過がわからない以上、僕自身下手なことを話すわけにもいかない。
医師はおなかが大きく突き出た元気そうな中年で、まぶしいほどに剥げていた。なぜかサングラスをかけているのが胡散臭い。しかし、優秀なのは間違いなさそうで魔術医師としての資格を有した名医であるようだった。
ひょうひょうとした医師の最初の一言目がなかなかの強烈だった。
「治療が遅かったら死ぬところでしたな」
一気に顔が青ざめただろう自覚がある。
「にしても運が良かったですな、今週中には退院できるでしょう」
「え、僕は死にそうだったはずじゃないですか」
「処置が遅かったらの話ですよ、その場合は胸の傷による失血死ですな」
本人の前で死因について語るなよ、生々しい。患者に詳細に説明しようとするその職務態度は正しいんだろうけど、そこまで聞きたくないし理解したくない。
そのストレスで頭痛がひどくなったらどうするんだ。大笑いしながら陽気に体のことについて話されるが、血管の位置とか、どこまで切れてたとか、あとミリ単位でどれくらい切れてたら死んでたかとかは一切聞きたくない。
「ところで、ご自分がどのような状況だったか、覚えておりますかな」
僕は医師がどれくらい事情を把握しているのかを知らない、明確なことを話すのは避けた。
「いいえ、前後の記憶がなくて。 どんな状態だったのでしょう?」
「ふむ。 まあ、確かにそうなってもおかしくない状態ではありましたな。 あなたは三日間眠り続けていたのですな」」
「三日もですか」
「ええ、ワシもすべてを聞いたわけではありませんがね。 あなたはテロリストに襲撃されたのです」
「テロリスト?」
テロリストとはどういうことだ?
彼らは正真正銘、ミニス嬢の護衛部隊だった。
医師がサングラスのずれを直しながら、ニヒルに笑う。
「ゼブレス家のミニス様については覚えておられますかな」
「はい、うっすらと」
やっぱりこの人、うさんくさい。
「なんでもそのテロリストたちは、ミニス嬢の身柄を狙っていたそうですな。 そのためにまず彼らは、ミニス様の護衛部隊が任務に就く直前、皆殺しにし事前にすり替わった。 部隊長である男と同じ顔に作り変えてまでね。 そして、護衛任務に就きそのさなかにミニス様を襲撃した」
「彼ら単独の犯行ですか?」
「さあ、そこまでは……」
この医師もどういう立場なんだろうか。
ここまで詳しい発表がすでに警察からされているということか。
「失礼、話を止めてしまいましたね。 続きをお願いします」
「うむ、ミニス様は身を挺してかばう使用人たちの犠牲もあり、そこから奇跡的に逃れたのです。 そして、偶然出会ったあなたに助けを求めたのですな。 ここで、あなたは彼女を連れて近くにあったゼブレス社ゆかりの念波塔に助けを求めたのです」
「念波塔にですか」
「ええ、推測ですがおそらくゼブレス社の警備部隊を呼ぶつもりだったのでしょうな。 しかし、ミニス様を追うテロリストたちによって詰めていた警備の者は殺され、あなたは彼らの足止めをしてケガを負われたのですな。 魔術の暴発もあってひどい状況でした」
「……なんとなくですが思い出してきましたよ」
「それはなにより。 あなたの足止めもあって警備部隊が急行し、ミニス様もあなたも助け出されたわけです」
そういうことになっているのか、警備部隊が現場に来たというのは真実なのかは判断できないが、対外的にはそうなっているようだ。
スキャンダルを隠すために、虚偽と事実を織り交ぜている。大きな騒ぎになった以上、ミニス嬢の命の恩人として遇する形で僕の口止めを図るか。
命を取られないだけマシだし、そこまで悪い結果じゃない。
だけど、本当にミニス嬢の安全を確保できたのだろうか?
「その……ミニス嬢はどこに?」
「既にゼブレス家に戻られましたよ」
僕はミニス嬢に会うことも出来なかった。
医師が部屋から立ち去ってしばらく経つと、ゼブレス家の代理人を名乗る男が、僕へ礼を述べ謝礼金について話した。
切り詰めれば、10年は生きていけるかもしれない金額だった。大金と言っていい。
でも、触媒は修復出来ないので買い直す必要があったし、隠れ家も情報が漏れた可能性があるので用意しなおす必要もあるかもしれない。イサキやマイルズへも経費を払わねばならないし借金の返済もある。
自分の状況を考えると、今後のためにより良い装備も準備した方がいいだろう。そうなればいくら金があっても足りない。
命があるだけ儲けものと考えたらいいんだろうけど、ろくな死に方をしない気がするのだ。
怪物よりもよっぽど人間の悪意のほうが、僕にとっては身近だった。少なくとも、この時点でのぼくはそう思っていた。
警察局からも事情聴取を受けるも、対応は手厚かった。探偵業なんてあまり好かれる仕事ではない、街のならず者ともスレスレの付き合いもしている。
ここまで警察の人間に丁寧に扱われるのも僕には希少な経験だった。
病院暮らしも退屈だったが、数日のことだしたまにはこういうのもいいだろう。誰かに大事にされる時間なんてまずないんだから。
身体に関しては、傭兵隊長に魔剣で斬られた右腕はしばらく違和感が残りそうだった。半月はギプス着用で、筋力の低下もさけられないとのこと。
しかし、後遺症はなくリハビリを行えば、問題なく以前のように動かせるとの事。
「きれいに切断されてよかったですね」と医師に言われたが、全然おめでたい話じゃないぞ。
耳に関しては片耳が未だに聞こえないが、一週間もあれば治るそうだ。右目は何か尖ったものが刺さった形跡があるらしいが、傷がふさがれば視力低下の可能性はあるものの、おおよそ問題はないと言うことだった。
僕にとって一番つらかったのが、一月の魔術使用禁止を言い渡されたこと。
支障をきたす状態での魔術発動と、触媒が破損するような規格外の行使によって、脳への負担が大きい旨を話された。
頭痛は麻酔による副作用もあるが、魔術による負荷が原因と考えられるうえ、症状が一生消えない場合もある。経過によっては、一生魔術使用の許可が下りないことも考えられるそうだ。
正直な話、触媒が破損したとの一言ですら頭の中が真っ白になるくらいの衝撃だ。触媒は僕の扱っていたものですらかなりの高級品、本当にいろいろな意味で危機を迎えている。
どちらにせよ、退院後もしばらくは通院である。
しばらく一人でベッドの上にいると見舞いが来た。
だが、驚いたことにその人物はマイルズでもイサキでもなかった。
「元気にしていたかな、ヴァン・ランドルグ」
それは以前バーで出会った、あの優しげな男だった。
階級章のようなものを付けたコートを着ており、背後には同じような格好をした男二人を引き連れている。スキンヘッドと紫の髪、ずいぶんと個性的な髪形の二人だった。
飲みすぎで忘れていたが、ミニス嬢に出会う直前に関わりのあった人物。でも、なぜ彼がここに?
「君を発見した時にはもうだめなのかと思ったけど、ひとまずは大丈夫みたいだね」
彼は近くにあった椅子に座り、足を組んだ。
僕を発見、ということは……。
「もしかして、あなたが僕を助けてくれたということですか?」
「まあね、そうとも言える。 ヴァンくんと呼んでもいいかな?」
「はい、大丈夫です。 ……ありがとうございます、命の恩人と言うわけですね」
「おいおい。 君ずいぶんバーであった時と態度が違うじゃないか」
男は笑った。
「あの時は酔ってましたし、ましてや恩人ですから」
「気にしなくていいんだがね」
「やっぱり軍人だった、ということですか?」
僕は胸元の階級章を見て話す。
ゼブレス家の警備部隊は階級章なんてないはずだ。となると、警備部隊が僕を助けたのは嘘になる。
しかし、軍人だったとしてもその所属がわからない。竜の学院も戦力を備えているけれど、こんな階級章ではなかったはず。でも、どこかで見覚えのある階級章だ。
「私は軍人ではないよ」
「え、でも?」
僕を助けてくれたって言ってたのに、警察でも軍でもないなら他にどこが?
それに、その階級章。軍人の階級章には詳しくないけど、他にそういうものを付ける仕事が思いつかない。
「まあ、似たようなものだがね。 私の所属は軍ではなく『フォカロル』と言うんだ」
僕は首をかしげる
「こっちだとまだ通りが悪いね、『テセリケタ・バイセル』と言った方がわかるか。 警察局にはマフィアなんて言われて困ってるよ」
聞いたことある。
……ジェシカの娼館の経営元だ。
「おや、知っている顔だね。 どこまで知っている?」
「……噂で聞いたくらいです」
「ふむ、言ってみたまえ」
え、下手なこと言ったら殺されない?
僕が戸惑っていると、目の前の男は微笑ましいものを見たような表情をした。
「ああ、聞いたままのことでいいよ。 大丈夫、君に害をなす気ならもうしている」
「それは確かにそうですね、では失礼して」
国外からこの街に来たマフィア。
地方領主と癒着し財をなし、流れてくる外国人に職や棲家を与えることで手ごまを増やす。法が整備されていない地方では特に活動が活発。
そして、訓練された兵士のような連中を抱えいるとの噂で、実際『蝶の歌』では武装し階級章のようなものを付けた男たちがいた。
「なんだ、よく知っているね」
「怒らないんですか?」
「全部事実だしね、一言で言ってしまえば『テセリケタ・バイセル』は外国人同士のコミュニティを統括し管理する組織なんだ」
「へ、へえ」
「家族の安全や生活を保障した上で、あちこちで商売してるよ。 子供なんか特に呑み込みが早くてね」
その商売と言う言葉にどこか黒いモノを感じる、子供になにをさせてるっていうんだろう?
つい表情をしかめてしまう。
「君は気に入らないかな?」
「気に入らないということではありませんが、どこかスッキリしないものがあります」
そんな立場なら誰も逆らえはしないだろう、家族の安全を保障?
それは自分の生活や家族を盾にされているようなものだ、そこに自由な意思があると言えるのだろうか。
「対価なく無償で助けるべきだと思っているのかな」
「可能なら」
男はにやりと笑う。
「私が不可解なのはね。 相手になんの見返りも与えずに、一方的に生活を保障されるということが健全だと思っている人間がいることだよ」
「……富を得ている立場なら、恵まれない人々に手を差し伸べても罰は当たらないと思います」
だいぶ迂遠な物言いではあるけれど、ムッと来た僕は相手を非難した。でも、怒らないでください僕が死ぬんで。
「別に奉仕精神を否定するわけではないがね。 ヴァンくん、その考え方は恵まれた人間は他者に尽くすべきだ、と同義だ。 自ら苦悩し当てぬきながら工夫して成功を収めた人間は、何の努力もしない怠惰な人間や、創意工夫を知らない人々の奴隷になれと言うのかね?」
「そこまでは言いませんが、人々の安全を盾に働かせている一面もあるわけじゃないですか」
「その通り。 それの何が間違っているかね」
「え?」
男は言い切った。
それが正しいのだと。
「安全を保障できることは、この世界においてどれだけの価値を持つと思う? 自分だけでなく家族もだ、私は命を賭けるに値すると思うね」
「そこに自由な意思はあると言えるのでしょうか」
「ヴァンくん、君が何を勘違いしているのかはわからないけどね。 大半の人間はヒーローにはなれないし、そこまで立派でもない。 自由な意思など生きることを犠牲にするほどの価値もない、飢え死ぬより汚れた方がよほどマシだ」
それは、僕だってそうだ。
綺麗なことだけをして、この街で生きてこれたわけじゃない。
「汚れた人間に生きる価値がないと思うなら、そう言って回るがいい。 だが、誰かが命を賭けるからこそ汚れるからこそ、この世界に安全を保障した場所ができる。 それを知らぬものが声を大にして、汚れたものを蔑むのだね」
「……僕が言いたいのは、少しでも力のある人やお金のある人が助け合えれば、その安全な場所を広くできるかもということです」
「助けあう? ただ一方的に奉仕される関係がか? それは、力や金のある人間を犠牲にしろということだ」
「そんなことは……」
「そもそも政府が万全の手立てを行っているなら、奉仕する人間はいなくてもだれも困らないはずだ。 ある一面においてそれは政府にとってはとても都合のいい考え方だ、政府が人々を助けたくないのなら、力や富のある人間を犠牲にしろというのはね」
「万全にその国の政府が人々に手を差し伸べるなんて、現実的ではないです」
「その通りだ。 では、一個人や一企業にそれを求めるのはもっと現実的でない。 それに私はただパンを与えるより、パンを得られる仕事を与えるべきだと言っているだけだよ」
僕はそれ以上、何も言えずに黙り込んだ。
これ以上、言い合いをすることに意味がないということもあるし、現実に自分の望むものを形にする力が僕にはない、ということでもあった。
けっして納得はしていない、でも彼の言うことに理を感じているのも事実だった。
男は沈黙を気にせずに話をすすめる。
「さて、私は『フォカロル』に属していると話したね。 『フォカロル』は君の言う訓練された兵士で構成される組織さ、『テセリケタ・バイセル』における最強戦力だよ」
「魔術武装した特殊部隊、というわけですか」
「そう捉えても構わない、これがなかなかの出来でね。 私が警察局の特殊部隊から引き抜いてきた精鋭もいるよ」
「引き抜いた?」
「そうさ、警察局には伝手があってね。 誰だって自分の実力を正当に評価してくれる優れている組織には行きたいだろう?」
「確かにそうかもしれませんけど」
でも、学院統括の警察局の特殊部隊なんて花形だ。軍を除いて『ピースメイン』なんてこの街でも有数の精鋭だと言ってもいい。
学院でも優秀だった人間が教官となり、モンスター戦術から基本的な魔術訓練までほどこされるはずだ。いわば、エリート中のエリート。
それを引き抜いた?
「自分より無能な上司の下で、努力の成果を叩かれていることは正しいのか。 私は、上に立つ人間は有能であるべきだし、成果は評価されるべきだと思うが違うかね?」
「それは……」
「別に私は自分が特別有能だと思ってはいないがね。 実力ある人間には、力を発揮できる場所が必要だ。 誰かに足を引っ張られたり、周囲に気を遣って全力を出せないなんてことがあってはいけないと私は考える」
しかし、現実にはそうはならない。
僕ですら、学院で足をひっぱられたことがある。学生同士ですらあるのだ、さまざまな手段によって。
「労働者は命と時間を削り、それを金に両替している。 人生はただでさえ短く限られているはずだ。 なのに自分が無価値だと感じることに、寿命を費やす姿は正しいか? 今君がもらっている報酬や待遇は、その削った人生に見合うかな?」
その質問には答えられない。
だけど、今の現状に不満があるかと言えば、間違いなくある。納得いかないことばかりをして、たいしたことのない報酬をもらい、望まない待遇で生きている。
でも、そうじゃない人間なんて一握りだろう。
「君と敵対していた傭兵部隊は全部『フォカロル』が片づけた。 いいデモンストレーションだったよ、みんな物足りなさそうだったけどね」
「しかし、対外的にゼブレスの警備部隊がミニス嬢を助け出したことになっている」
「そうさ、今回のことでの会社としてのダメージは少なくないようだけどね。 真実が表に出るよりマシだ」
「……あなたはどこまで事件のことをご存じなんですか?」
今まで饒舌だった男が一旦しゃべるのをとめた。
なにかを探るように、僕の瞳を覗く。眼帯によって塞がれていない、僕の左目を。
「君を最初に見つけた時、傍にあったのは皮をはがされた男たちだったよ」
「え?」
「みんな正気ではなかったけどね、生きていたんだ。 可哀想にね……部隊長であるラルコフ・マリネティは君の魔術の暴走に巻き込まれたのか『無事に』倒れていたよ」
「ラフコフ・マリネティ……それがあの傭兵隊長の名前ですか」
「そうだよ、あの建物にいるなかで皮をはがされずに済んだ人間のひとりさ。 もちろん、君もだね」
僕は彼のその目に闇を見た。
闇が僕を覗き込んでいる、そんな錯覚に陥る。
なぜだろう、僕は意識を失う間際に見たあの怪物とこの男を重ね合わせている。
またのどが渇く、カラカラだ。
「なぜ、その話を僕に?」
「さあ、なぜだろうね」
男はゆっくりと立ち上がる。部屋を去ろうと言うのだろう。
僕はとっさ呼び止めて、たずねた。
「あなたは何者なんですか?」
「私か? ああ、まだ名乗っていなかったか……これは大変失礼」
男は優雅に一礼した。
「私はムラヤマ・リュウタロウ。 『フォカロル』を統率し『テセリケタ・バイセル』を運営する立場にいる。 皆からは総帥と呼ばれているね」
まさか、この人が?
この人がマフィアの首領だって言うのか?
「総帥なんて大仰なことだが、男はみんなそういうものが好きだろ?」
リュウタロウ氏は冗談めかした口調でそう言った。
「この街も外壁にたくさんの貧民がとりついて生活しているね、街中でも貧民層はいるが外なんかとんでもないレベルだ」
誰に語るのか、まるで舞台の上で演じる俳優のように彼は語る。
「互いに奪い合いは当たり前だし、外壁の外なんかいつモンスターに襲われるかわからない。 同じ民族同士で自衛のために集まっている人たちもいるようだけど、それでも弱い人間が犠牲になるのはどこも変わらない」
リュウタロウ氏はその現状を憂いているのか、憎んでいるのか、それはその声からは読み取れない。
「外壁の外でも内でも、我々人間は殺し合っている。 この街はまるで世界の縮図のようだ、そうは思わないか?」
僕はつばを飲み込んで、その問いに答えた。
自分でも信じているのか、いないのか。それはわからない。
でも、僕はこう言った。
「思いません、確かにひどい人はたくさんいる。 でも、きっとチャンスがあればみんな正義をなしたいと思う。 ……そのはずなんだ」
それを聞いて男は笑う。
「今度、君に仕事を頼みに来るよ」
リュウタロウ氏はそのまま部屋を立ち去ろうとする。
でも、耐え切れず僕は聞いた。
「なぜ、僕なんですか?」
あの夜、彼は僕を合格だと言った、その意味が知りたかった。
リュウタロウ氏はなんでもないことのように、答える。
「だって、君は煙草を喫わないだろ?」
とても優しげな笑顔だった。
彼のあとに続く、スキンヘッドの男が僕を哀れむような目で見ていた。
え、そんな理由なの?
嘘か本当かわからないが、少なくともどうやら僕は本当に不幸らしかった。




