気づかぬは探偵ばかり
「おや、ヴァン坊。 ろくに金もないくせにいったい何しに来たのやら」
僕が自分に希望があると言い聞かせていると、褐色の肌にドレスをまとう年老いた女性が部屋の奥から出てきた。
髪を結いあげ、高級そうなアクセサリーを身に付けているものの、さながら魔女のように見える顔である。
たぶん本当に魔法が使えるんだと思う、そのうちカエルにされそうな気がする。
「言っておきますけどね、坊やに貸す金はないし、ボーイとして雇う予定も二度とありませんよ」
「貴女に会いに来たに決まっているじゃないですか、メェレセブさんにはいつも感謝しています」
僕は笑顔で彼女に答えたが、当のメェレセブさんはにこりともしない。こんな無愛想だけど、僕が事務所に改造した倉庫はこの人に紹介されたものだった。
その後ろに武装した男が二人付き添っている、その視線はイサキだけでなく僕を目の前にしてすら一切の油断がない。
対モンスター戦を想定したコートと腰に差されているのは触媒を兼用した魔剣、どうやら常になんらかの魔術を体内に常在させているらしいことがこの距離でなんとか読み取れた。モンスター狩りを生業にする雇われハンターかとも思うが、どことなく正規の訓練を受けた雰囲気がする。
周囲にいる他の用心棒らしき男たちと目配せし、彼らは自分達が警戒する相手を僕とイサキの両方に絞った。統率がずいぶんとれている、だけど、この警戒のしようはなんだろう。
イサキがなぜか嬉しそうに目を光らせたのには、僕は全く気付いていないのでわからない。気づかないったら気づかない。
「なんだかいつもより厳重ですね」
僕にとっては実に好都合だが。
いっそここに立てこもりたい。
「ヴァン坊が来ると聞きましてね。 なにをやらかすかわからないから、粗相しでかす前にすぐに始末しようかと思っただけのことなのよ」
「あはは」
相変わらず、面白いばあさんである。
今は童話に出てくる人食い魔女みたいなババアだけど、昔は異国情緒あふれるとてつもない美人で、教養も高く身体を売らなくても客が群がるような人物だったらしい。
そう、なんと会話するだけで膨大な金がとられたというのだ。会話だけでも構わないと思う客の思考がよくわからない。
まあ、確かにメェレセブさんと話すのは楽しいけども、その絶世の美女が何の間違いでこんながめつそうなババアになったのか考えたくもない。
僕がニコニコしていると、メェレセブさんはため息をついた。そんなにため息ばかりついていると、一層老けると思うけど言うのはやめた。ちなみにこれ以上老けたら、骨かミイラだと思う。
「……警察局の特殊部隊が動くような事態があちこち起きてるそうじゃないのよ。 昼間にも事件があったそうだしね、それで来てくれたの」
「ああ、それでメンツが違うんですね。 どおりで納得がいきました」
ここの経営もとは国外マフィアだ。なんでも地方領主と癒着し、流れてくる外国人に職や棲家を与えることで手ごまを増やすやりくちで力をつけ、法の力が及ばない地域で好き勝手しているそうだ。
さらに訓練された兵士のような連中を抱えている、とマイルズに聞いたことがある。こいつらがそうか。
護衛をよく見てみると、何かのマークがコートの胸元についていた。階級章だろうか。どこかで見覚えがある。
というか、なんだかコートとか暑そうだな。
「……探偵業のほうでも、今日はヴァン坊に頼む仕事はありませんよ」
「一般にあれは探偵業とは言わないと思います」
かといって他の何なのかと言われても困るけど、ミニス嬢にもちらっと話したけど、金をちょろまかしている奴がいないかとか、他の組織と繋がっていないか、なかなか考えるだけで胸が苦しくなるような仕事だった。
なにせ相手が相手なので、報告の結果で死人がでる。
なぜ外部の僕に調べさせたのか疑問はあるけど、単純に身内を調べたり告発すると恨みを買う人物が出てくるから、と言うことなのかなと思っている。
仕事を手伝ってもらったマイルズは、なぜか哀れむような目で僕を見て「常に身辺に気を付けろよ、いつ始末されるかわからないからな」と言ったけど冗談にしてもひどい。
「それで、本当にヴァン坊は何しに来たのかしらね?」
「メェレセブさんの顔が見たいと思ったのは嘘じゃないですよ」
僕がおばあちゃん子なのも否定しないが、なにかとお世話になっているメェレセブさんが好きなのである。もちろん変な意味ではない。
「坊や、あまりふざけているなら仕置きではすまなくなりますよ」
「真面目な話ですよ、メェレセブさんはなぜここに出てきたんですか? 僕の顔を見に来たなら嬉しいですけど」
そんなはずはない、よね。
僕とメェレセブさんの視線がぶつかり合う。
そこでイサキが爛々と光らせて、僕の隣へ一歩前に進む。獲物を見つけたケダモノみたいだ。
一気にメェレセブさんの護衛から殺気が放たれる。二人の護衛は剣に手をかけ腰を低くしていた、すぐにいつでも剣を抜ける体勢である。
二人だけでなく、周囲の空気が痛いほどに凍りつく。
おいおい、やめてくれよ。僕はさっきから内心ハラハラしっぱなしだ。
「この至近距離で、我を相手に剣を抜くのか?」
「貴様の背後に、我々の仲間がいることを忘れるな。 この狂人め」
「それがなんだ? その一撃で我を殺せなければ、この場にいる人間全員が地獄への道連れとなるだけだ」
またイサキのせいでまともな会話が壊される。前もこんな感じだった。
これだから、こいつを連れて歩きたくないんだ。呼んだのは僕だけど。
「みなさん、落ち着いてください。 僕はジェシカに用があってきただけなんです」
「坊やはいつまでそんな世迷言を並べ立てる気なのかしらねえ」
「そんな言い方はないじゃないですか……」
僕がジェシカに言い寄っているのが、世迷言とかひどい。まだ可能性はあるぞ。
メェレセブさんは、ホールにいる全員に聞こえるように言った。
「およしよ、そろそろ『ナンシー』ちゃんとやらが戻ってくるよ」
それを聞いて、全員から緊張感がわずかに抜ける。武器に手をかけていた連中が一斉に姿勢を元に戻した。
その様を見て、イサキが舌打ちをする。ざまあみろ。
ふと上を見ればホールを吹き抜けに見下ろす2階からも、僕らを見守る護衛の方々がいたようだった。
すみません、なんかおさがわせして。いや本当にね。申し訳ないのでちょっと会釈しておこう。
なんか嫌そうに表情を歪ませていたように見えたけど、気のせいだと思いたい。
「お待たせしましたわ」
ミニス嬢が奥からジェシカを連れて戻ってくる。
相変わらず、ジェシカは美人だ。ただ、どこか緊張したような面持ちなのはなんでだろう。
「これでいいわね?」
ミニス嬢はどこからどう見ても、繁華街で働く女性に見えていた。年齢もとても14歳には見えそうにない。
さらに茶髪のカツラまで被っており、後頭部では髪を結んでいる。露出は少なめなもののドレスを着た姿はどことなく色気すらあり、20歳と言われても信じてしまうだろう。
これなら全然雰囲気が違う、美少女だったのがどこか純真そうな美人な女性に生まれかわった。でも、僕の好みじゃない。
瞳の色をグリーンなのを誤魔化したいが、方法がないのが残念だ。サングラスでもかけさせたらいいんだろうか。
「……あ、メイクまでしてくれたんだ? なんだったら僕がメイクしたのに」
いろいろあって女性のメイクが出来ると言う、変な特技を僕は持っている。
もちろん、何の自慢にもならないし求職に役に立ったこともない。
「私がしたメイクに文句があるの?」
「文句なんてありえないよ、ありがとう」
そんなに時間が取れなかったろうに、ずいぶんサービスがいいことだ。
でも、普段から面倒見はいいけどちょっとジェシカらしくない、なんでだろう?
「ヴァンさま、イサキさま、わたくし似合っているでしょうか? こういった格好はしたことがなくて」
「もちろん、似合うよ」
逆にそんな格好したことがあったら、僕は驚く。そんな野暮なツッコミはせずに単純に褒めた。
余計な言葉を言うと、女性はなぜか怒ったりするから出来るだけシンプルに発言したほうがいい。
そう、なぜかジェシカはいっつも僕を怒っている。未だに理解できない。
イサキはミニス嬢に「街にうまく溶け込めそうだな」と言うだけだった、客にリップサービスくらいしろよ。だいたい街に一番溶け込めてないのはお前だっての。
僕たちはすごい不機嫌そうな『胡蝶の歌』一同の方々に見送られながら、その場を後にした。ここまで機嫌が悪そうなのは、どう考えてもイサキのせいだと思う。




