不幸な探偵は嫌われ者
マイルズとの通信を終え、僕たちはすぐにでも出発することにした。
これ以上この場に留まる理由はないし、一か所にずっとい続けることを危険に思ったからだ。
ここの隠れ家の名義は僕やマイルズではないようにしているが、それでもばれる可能性はある。そもそも、あまりに僕らは目立ち過ぎている。
差し迫って現段階で用意するべきなのは、ミニス嬢の着替えだ。
僕やマイルズの着替えならあるが、彼女にサイズが合わないのだ。男ものの服を着る事自体はいいカモフラージュになると思うものの、サイズを誤魔化せて着れるのは上着くらいだろうか。
冷たいエールがめちゃくちゃ美味く感じるこんな時期に、あまりずっと着込んでいるのも不自然だし、第一可哀そうだと思う。
となると、可能なら目立たず用意したいところだ。しかし、もちろん僕が女性服を持っているはずはないし、あまり詳しくもない。
こういう時、頼れるのは正直のところ。
「ジェシカしか思いつかなかったんだ」
僕たちはジェシカの働く、娼館『胡蝶の歌』のホールに来ていた。
とある理由で、ここの娼館は人でごった返していることがない。
「あなたは人の職場まで押しかけてきてなんなの? せめて申し訳なさそうにしなさい」
ジェシカは不機嫌そうに僕を睨みながら、「私に通すなと、あれほどきつく言ったのに」とブツブツ文句を言っている。
今日は肩だしドレスなんだな、胸元まで見えるのがとてもセクシーで好きだ。
彼女は不快そうに僕を眺める、ミニス嬢とイサキを視界に収めた時により一層眉間にしわがよるのが見えた。怖くて仕方ないけどそんな表情も素敵だ。
「ええと、ジェシカ……さまですか?」
ミニス嬢が聞き覚えのない名前に反応する。
僕は、ミニス嬢へにっこりと笑みを形作った。
「深くは説明しないけど、僕と親しい女性だよ」
ミニス嬢はジェシカに向かって一礼し、偽名を名乗る。
「はじめまして、わたくしの名前は『ナンシー』です。 よろしくお願いしますわ」
「丁寧にありがとう、ナンシー」
まるで教科書にでも載ってそうな挨拶だなあ。と、思いながらジェシカを眺める。
赤毛に近いブラウンのストレートな髪が彼女のトレードマークだ。
一見、冷たそうにも思える細い目は、人を寄せ付けない雰囲気を彼女に持たせている。
だが、ジェシカがミニス嬢に微笑んだ瞬間、それが一転。女神と間違えるほどまぶしく、またどこか愛嬌のあるものに変わった。少し、幼くも見えてしまうから不思議だ。
厳しい表情も好きだけど、笑顔も好きだなあ。でも、最近ほとんど僕を見て微笑んでくれないんだよな。
ジェシカは僕をキッと睨み、僕の胸元をつかんで顔を近づけた。苦しいけど、ちょっと幸せだ。
「なに、私に恋人を紹介しにきたの? どんなひどいことをこれから彼女にする気?」
「ちょっと待ってよ、彼女は依頼者だよ。 と言うか、僕はそんな男に見える?」
ミニス嬢はまだ14歳だ。この国での男女の成人年齢は16、見た目からしても彼女は未成年に見えるはず。
「自分の魅力や財力に自信がない男は、未成熟な幼い子供に走るのよ」
「それは偏見だと思うけど……」
僕はジェシカから目をそらしながら、何とも言えない気分で言った。
否定したいが、今朝一緒にベッドに入っていた僕は自信を持って否定できない。そして、これがばれたら僕は死ぬ。
それなのになぜジェシカの元に来たのかと言うと、本当に他に頼れる人がいないからだ。
ジェシカは僕の胸元から手を離し、髪をかきあげてため息をついた。
「自らを袖にした女に対し、なぜ未だに付きまとい頼ろうと思えるのか」
イサキが堂々とそんな言葉を口にする。同時に、前衛的過ぎて理解不能な芸術作品を目撃したかのような表情を浮かべて、僕を見た。
その言葉が、耳に届かなかったことにするべく脳内記憶の改ざんを行う。
ちなみにこの街にいるほぼすべて知人が、僕がジェシカに何度もフラれ続けていることを知っている。泣けてくるような事実だ。
「泣きたいのは、そんなお前に言い寄られているそこのジェシカと言う女だと思うが」
聞こえない。
全くもって、聞こえない。
ジェシカがその言葉に頷いていても、聞こえない。
「現実逃避をしていないで、早く服を調達しろ」
「反対はしないんだね」
「着替えが早急に必要なのは確かだ」
僕の恋路に関してはどうでもいいらしい。
「ジェシカ、服を僕にくれ」
「これ以上、迷惑行為を続けるなら叩き出すわよ」
「言い方を間違えた、『ナンシー』の服を調達したい」
ただし、ジェシカの服が欲しいのはマジである。
「はあ? うちが服屋にでも見えるってわけ?」
僕は周囲の様子をうかがいながら、財布から紙幣を取り出し差し出した。ミニス嬢が視界の端であたりをきょろきょろしているのが見えた。
ジェシカは差し出されら紙幣を見て、怪訝そうな表情で僕の顔と紙幣へと交互に視線を動かした。しかし、結局それを受け取り枚数を数えて再び眉間にしわを寄せた。
「眉間のしわ、癖にしないほうがいいんじゃない?」
僕は彼女にそんな忠告をする。
「あなたはわたしをイライラさせる天才ね、素晴らしいわ。 それ以外に褒める場所はないけど、その分野において他の誰かに負けることは絶対ありえないから自信持ったほうがいいわね」
「それはさておいて、駄目なの?」
「あなたが余計なことを言い出したんでしょう。 なに、この金額」
「それだけ大事なお客様なんだよ、頼む。 悪い話じゃないはずだ」
本当は、全部ローンなどの借金返済用のお金で使っていいものじゃない。この金額の多さは、僕の借金の多さだ。
今回の件で儲けが出なかったら、僕は川の上に浮いてニュースの記事の端っこを飾ることになる。
……そういえば、報酬について確認してなかったけどまさか無料奉仕じゃないよね。
「服のサイズが合うのがあるかわからないわ」
「それは問題ないよ」
時々仕事で出入りしているから、なにがあるかはだいたいわかる。貧乏人が来る場所じゃないので、客になったことは必然的に一度もない。
そして、ミニス嬢の服のサイズは完全に把握している。触媒を握った時点で、自分との距離が五メイトル以内の範囲にあるものは寸分たがわず大きさがわかるのだ。
触媒さえ直接接触さえれば、密閉された箱や机の中身もだいたいおおよその形や状態はわかる。人間の体内なんかはまるで無理だが。
「あなたがそう言うのならそうなんでしょうね」
実に気持ち悪そうに、ため息をつきながらジェシカは僕を見た。
なぜ、さっきから僕を変質者のような目で見るんだ彼女は。
「『ナンシー』をこの街になじむような格好にしてくれればそれでいいんだ、難しくないだろう?」
「娼館に女の子を連れて、街になじむような格好をさせろ? どこの女衒よ。 ナンシー、ちょっとついてきて」
なぜか、『ナンシー』ことミニス嬢は、周りにいる用心棒の男たちに愛想よく手を振っていたが、それをやめて鼻歌交じりにジェシカのあとをついていく。
手を振られた男たちはみんな無反応でいたが、顔に出さないだけで内心困惑していたのだろう。
しかし、いつもと用心棒たちの顔ぶれが違うな。普段の連中なら、客に笑顔を見せるくらいするものだが、とうとうジェシカ以外の人間にも僕は嫌われ始めたんだろうか。
いや、僕はジェシカに嫌われてないぞ。まだ希望はあるんだ。




