Episode 18 一人お昼ご飯を希望
午前の授業が終わり、昼休み前。
わたしがノートを片付けていると――
「エル、来い」
机の横にアレクシス様が立っていた。
金色の瞳が、さっきの怒気ではなく、どこか沈んだ色を帯びている。
(やだ……ちょっとだけ……かっこいい……)
アレクシス様は他の生徒の視線を気にするように声を落として続けた。
「……個別に話したい。さっきの朝の件……お前が避けた理由、教えてくれ」
真っ直ぐ、逃げ道のない眼差し。
そして――
「怒ってるんじゃない。ただ……お前が、他の男のところに行ったのが……嫌だっただけだ」
(……っ)
言葉が胸に刺さる。
わたしが返事をしようとした、その瞬間。
横からひゅっと紙が差し込まれた。
差し込まれた紙は、折りたたまれた、上質な青銀色の便箋。
差し出した主はもちろん――ルカ様。
「エル。先程はアレクシス殿下が強引にお話を進めてたようなので……こちらは私からの“個別のお願い”です」
穏やかな声なのに、言葉の端々が鋭い。
「昼休み、少しだけ……私にもお時間をいただけますか?」
(うわぁ、これは……)
アレクシス様はピクリと眉を動かした。
「……ルカ。今、話してるのは私だが?」
「失礼。でも“話したいのは私も同じ”ですので」
(あああ~~~やっぱりこの二人、殺意が……)
わたしはとりあえず便箋を受け取った。
ルカ様は小さく微笑む。
「読んでいただけたら……嬉しいです」
その笑みは柔らかいのに、後ろのアレクシス様だけ凍らせるほど冷たい。
(内容……怖いわ……でも読むしかない……!)
席に戻って便箋をそっと開くと、綺麗な筆跡がページいっぱいに並んでいた。
『エルリウール様へ
朝の件、心よりお詫び申し上げます。
あなたを怖がらせるつもりは決してありませんでした。
……しかし。
あなたが泣きそうになっていたこと、
そして他の誰かに腕を掴まれそうになっていたこと――
それを思い出すと、どうしても胸が痛みます。
私はあなたに怒ってほしくありません。
嫌ってほしくありません。
もしお許しいただけるなら、
昼休みに“お顔を見せて”ください。
あなたが無事でいてくださるだけで、
私は幸せです。
あなたの幸せは、私の幸せです。
ルカ・メルジール・フォルディアス』
(…………これは、反則だわ……)
便箋を閉じる指先が、かすかに震えていた。
ルカ様の言葉はいつも丁寧で、理性的で、なのに――その奥にある“執着みたいなもの”が、胸の奥をぎゅっと締めつける。
そこに。
「……で、どうする?」
アレクシス様が、低い声で訊いた。
さっきまでの拗ねたような影は薄れ、王族特有の真っ直ぐで強い視線が向けられる。
だけど、どこか怯えるような気配も混じっている。
「エルの返事を、聞かせてほしい」
(ずるい……そんな顔しないで……)
――どちらにも返事をしない、という選択肢はきっと許されない。
だけど片方を選べば、もう片方が間違いなく荒れる。
(昼休み、どうしたら……)
そこで。
「お前ら、まだやってんのか」
教室後方から低い声が落ちてきた。
「……お義兄様?」
お義兄様が腕を組んだまま、ため息を吐いていた。
「エルを挟んで睨み合うな。雰囲気でわかるわ、さっきより殺気増えてんぞ」
「殺気なんて出してない」
「私は普通に話しているだけですが?」
二人、同時に返す。
「ほら見ろ。エル、昼休み一緒に飯食う予定だっただろ? どうすんだよ」
(そうだった……お義兄様と食堂に行くつもりだったんだ……!)
わたしが口を開きかけると――
「エリオット。お前の予定は今、関係ない」
アレクシス様が冷静に切り伏せる。
「エルの選択を妨げないでほしいですね」
ルカ様も、微笑みながら刺すような一言。
「はあ!? 家族の予定だぞ!? お前ら勝手に――」
「「黙れ」」
「同時に言うなぁぁ!!」
お義兄様が涙目で頭を抱えた。
(……かわいそう。でも……)
わたしは深呼吸をして、三人を見渡した。
「えっと……その…………」
言いにくい。
本当に言いにくい。
でも言わなきゃ昼休みが修羅場になる未来しか見えない。
だから――
「……わたし、“一人で”お昼食べたいわ」
「「「は?」」」
三方向から同じ声が飛んだ。
でも止まらない。
「今日くらい……ちょっと落ち着きたくて……あの……わたしの気持ちを整理する時間、ほしいのよ……!」
アレクシス様も、ルカ様も、お義兄様も言葉を失った。
静寂。
そして最初に動いたのはアレクシス様だった。
「……わかった。……わかった、無理に聞かない」
悔しそうで、寂しそうで、でも押し付けないように噛みしめた返事。
続いてルカ様。
「……では、昼休みに無理に探したりはしません。ただ……どこかで困ったら、必ず呼んでください。すぐ行きますから」
(すぐ来るのは、できれば……やめてほしいんだけどな……)
最後にお義兄様。
「……了解。ただし何かあったら叫べ。誰より早く走る自信ある」
(三人とも……すごい顔してる……罪悪感……)
でも、誰もこれ以上は踏み込まなかった。
ようやく訪れた、静かな空気。
(はぁぁ……なんとか昼休みは平和に……なるといいな……)
そう思った、そのとき。
カッ、カッ、カッ――
ヒールの音。
振り返ると、ハイアス先生が腕を組んで立っていた。
「おい。昼休み、別にいいけどな?」
鋭い眼光が三人をまとめて射抜く。
「……反省文、忘れてねーだろうな?」
三人――青ざめた。
(先生……タイミング完璧……!)
「いい子にしてろよ、王子も公爵も兄も。それにショアン嬢も」
「「「……はい……」」」
「……は、はい!」
まさかのわたしまで含めて釘を刺される。
こうして――
昼休みは、別の意味で緊張感たっぷりのまま始まるのだった。




