第四二段 小白川という所は(その三)
あとから来て、空いている隙間がなく、池の近くに建ててある女車を見て、義懐の中納言が兵佐衛佐実方の君(故左大臣師尹の孫、済時の養子)に、
「人の言葉を立派に伝えることのできるものを呼べ。」とお召しになると、どのような者であったのか、実方の君が連れていらっしゃる。
(どういうことになるのか、衆人が注目!)
「さて、どういいましょうか。」と、近くにいた方々と話し合っていらっしゃる。その話し合いの声は、こちらまでは聞こえてこない。優雅に用意をされて、例の女車のもとに歩み寄っていくのを、見守りながら、一方ではあまりの物々しさに笑っていらっしゃる。
車の後ろ側のほうに近寄って、口上を述べているようだが、いつまでもそこに立っている。
「歌など詠んでいるのであろうか。実方、返歌を考えておけ。」など言われて笑っていらっしゃる。早くお返事を聞きたいものだと、ご年配の方々も上達部までもが、みなそちらを注目している。車に乗らずに来ている者たちも、「おかし」と見ている。
(うわー。この女車に乗っている人、すごいプレッシャーだろうな。うまく歌作れるかしら?)
返事を聞いたのであろうか、少しこちらに歩いたところで、女車から扇を差し出して呼び返してくる。歌の言葉を言い間違えて呼び返したのであろうか、あんなに時間をかけておいて、今更言い直すなど、あってよいことではないと思われる。
(清少納言ほど才たけていればね。私ならムリ。同情しちゃうわ。)
使いの者は近くまで帰ってきたが、
「どうであった、どうであった」と誰もが問うが、すぐに言わない。道隆様が、
「早く言え。あまり風情を気取って使いをしそこなうな。」とおっしゃると、
「これから申し上げることも、使いをしそこなったのと同じことです。」
と言っているのが聞こえる。大納言の藤原為光 (藤原師輔の九男)様が、とりわけ近寄って
「どういったのだ。」
と尋ねられると、道隆様が、
「とてもまっすぐな木を、無理に曲げているようなものだよ。」
とおっしゃったので、そこにいた方々がざわざわと笑っている。この笑い声、女車の人に、聞こえているのであろうか。
(これは、お気の毒に。)
物語の女主人公のような返し、誰もができるわけではないのよね。




