Ⅲ-Ⅴ.ジャーナリストのユダ
気がつけば、私は2件目のカフェテリアの門を開いていた。カランカラン。何処かで聞いた事のある音だ。
ボンヌールは城をモチーフにしつつも可愛らしくピンクの装丁で飾っていたが、この『カフェ・コア』はシンプルなデザインに白でクールに纏めている。カフェ・コアはチェーン店らしい。
・・・今思えば、白衣を着たこの年寄りがあのカフェに居ると、限り無く浮いて見えるのではないだろうか・・・?こちらの方が、私としてもしっくりくる。
併し、夜ももう遅い。ボンヌールの娘が言っていた様に自分の座りたいと思った席に座ると、案内に来た女性スタッフが呆然と立ち尽していた。認知症の年寄りが徘徊をしているとでも思ったのか。やはりあの娘は特殊な様だ。
私がその女性の顔を見れば、女性はいそいそとメニューを持って来た。びびられている様に見えるのは気のせいか。
「ホット‐ミルク」
私はメニューを渡される前に告げる。すると女性は、持っていたメニューを自身で開き、まじまじと食い入る様に見つめると
「ホット‐ミルクがありません」
と、ドリンク・メニューを立てて開いて此方に提示した。私は唖然とする。それほど珍重な物を、私はオーダーしていない筈だが・・・?
「・・・・ミルクだぞ?牛乳だぞ?牛の乳だぞ?」
ミルクなんぞ何処の店にも置いてある。それをただレンジでチンとすればよいのだ。メニューに無くても別によかろう。
ところがアジアからの移住者であろうその娘は、決して首を縦に振る事はしなかった。
「メニューに無いので私からは何も言えません。ホット‐ミルクに近いドリンクでしたら、こちらのシュガー‐ヨーグルトがございますが・・・」
何だそれは。液体の色が同じだけではないか。
全く融通が利かない・・・ボンヌールの娘の境界の無い自由が、少しだけ懐かしいと思えてきた。
火星暦2390年8月8日。14の団体と130人の特派員・ジャーナリスト・調査員・法律専門家・人権活動家等がアルカディア平原ミランコヴィッチに集結した。目的は、世界中で拘禁や殺害された親北半球のジャーナリストの救出と、その家族を支援すること――そして、火星人民全員が当り前に持つべき言論・報道の自由を擁護すること。
現地人・ロベルト=デュヴェルジェを中心として、アルカディアとユートピア平原の一部より資金援助を受け、ジャーナリストに拠る北半球中心の非政府組織が設立された。
その名も
『国境なき記者団』。
2400年の太陽高原立て籠もり事件に続き勃発した、エトルリア人とサバ人のヘラス戦争―――
国境なき記者団は、この二大事件、特に太陽高原立て籠もり事件に記者が集中し手薄となっていたため、各国からヘラス戦争に従軍記者として戦地に赴くジャーナリストを募った―――
結果、従軍記者としてヘラス平原へ行く事になったのは13名、いずれも国境なき記者団とは深い関係の無い、フリーのジャーナリストであった。
彼等はサビウス軍隊の協力を受け、従軍したが、従軍していたサビウス軍隊が爆破され、エトルリア兵に拘束されてしまう。国境なき記者団が交渉するも、フリーで後ろ盾の無い彼等は戦場にて散り散りとなった。
「・・・リ・リコネス・・・・・・?」
オポは、彼の今の言葉を信じ切れていない。理解も出来なかった。だが顔からは一気に血の気が引いてゆく。
リコネスは不気味に笑みを浮べた侭だ。その視線に捕えられた兵士は、彼等より豊富に武器を持っているのに攻撃を繰り出さない。
「うるさい・・・・・・!!」
青年はぎりっと歯を噛み締めて、声を絞り出す様に言った。顔には、憎悪と、恐怖の色が浮んでいる。
「記者団が、切り捨てたんじゃないか・・・・・・!!」
リコネスは喉を鳴らして哂った。
「俺はただどうだったかそのままを訊いてるだけだぜ?別に裏も表も含んじゃいない。言葉のみを真っ直ぐ受け止めなよ」
誰がどう責めている訳でもないのに、青年は一人で苦しんでいる。青年の複雑な心境が見て取れた。
リコネスは青年を視る。
「・・・中途半端に教育を受けてると、行き場も逃げ場も無くて困るなぁ・・・?」
青年は攻撃が出せないのだ。リコネスがそうした。中途半端にしか教育を受けさせて貰えなかった哀れな青年は、中途半端ゆえに脱出法を知らず延々と自責の念をループし続ける。
「・・・最初からそんなの受けないで、何も知らなければ、アンタも普通に幸せいっぱいだったのに」
同情を籠めた気遣いの言葉は、自分が必死にひた隠しにしてきた罪悪感を掘り起す大円匙となる。これまでの人生総てを見透かされている様な錯覚に陥り、青年は既に鷲掴みにされた気分の心の臓を、取り返そうと己の胸を押えた。
「・・・・・・?」
顔は蒼ざめても、オポには何故両者の立場が逆転しているのか解らなかった。身体は反応していても、頭がついていかない。
「・・・・・・此処は戦場だ。生き残る為なら何でもする・・・・・・!」
「・・・・・・」
実に空虚な台詞回しであった。これはリコネスに対して言っているものではない。己に言い聴かせているものだ。
「・・・そうだな。俺もその考えの下でそうした」
リコネスは肯定する様に俯き、だが顔を上げはしなかった。青年は逆に、否定しろとでもいう様に顔を上げ、また逆に自分達と然して変らぬ罪を犯した相手を責める。
「お前達は・・・・仲間を・・・・・・!」
「あん時はアンタも“少年”だったねぇ・・・」
「!」
まだ目許に子供っぽさの残る青年が滞る。目を強く擦ってみるが、視えるのは何故か3年前のあの光景で、目の前に居るバンダナを身に着けたその青年は、3年前のあの姿でいた。
少年の頃に精神が返る。
サバ人とエトルリア人の激しい戦い―――サバ人はサビウス愛国戦線を組織し、サビウスに女・子供を置いて男のみの軍隊でヘラスに侵攻、ヘラスと陸続きであったテラ=チレナのエトルリア人は軍隊は持たなかったものの数で勝り、サバ人の追い出しにかかった。これがヘラス戦争である。
この戦争に際して、一人の軍人が台頭する。メリディアニにて正式な軍事訓練を積み、実際伍長の階級で写真撮影係を担当していたエトルリア人・マーズ=ロイ=ベルファストである。
ベルファストはサビウス愛国戦線に対抗してチレナ統一戦線を組織し、早期終戦の為にまず自民族の民間人を襲っては虐殺を繰り返し、民間人の子供を拉致して、少年兵として勢力に組み込んだ。ベルファスト自身もエトルリア、サビウス問わずの虐殺・暴行、都市の破壊をし、更には他地域の調停団を拘束する等の行動を起こした。
ベルファストの虫食い穴は瞬く間に拡がってゆき、当時は優勢で安全だなどと言われていたサビウス愛国戦線はエトルリアの残虐行為に人数を減らされ、同行していた国境なき記者団も命の危機に瀕する。
そして
ドン!!
手榴弾はサビウス愛国戦線の上空に投げられ爆発し、実質リーダーを担っていた男が遂に捕えられた。
男は爆散による破片で眼が見えなくなっており、ベルファストはその男の頭を容易に掴んだ。
『腹が減ったなぁ・・・な、ピッチニーニ(餓鬼)・・・・・・?』
“ピッチニーニ”と呼ばれた少年が、こんにちに於ける青年の姿である。
『だが今夜も食料が無いぞ・・・・・・?残念な事に!』
ベルファストはそう言いながら鋸を出した。だが、眼の見えない男には、鋸どころか出されている事さえ判らなかった。
音もせず、気配だけがする、閑全なる感覚の世界であった。
『・・・だが、食料となり得そうな物が、此処に、1、2・・・・・・』
少年兵はピッチニーニ(かれ)だけでは無かった。寧ろ、ベルファストを除いた全員がピッチニーニ(こども)だった。
言う事を聴かない大人などもう要らない。
教育もままならない、従順な少年少女の方が都合がいい。
ピッチニーニ(かれ)は最年長で、途中まで教育を受けていたが、とにかく飢えに飢えていて、それどころでは無かった。それは他のピッチニーニも同様であった。
数えられたサバ人が、リーダーを捨てて逃げてゆく。ベルファストは罪人を裁く官吏の様に、大手を振ってピッチニーニ等に指示した。
『殺せ。逃げた者等を片っ端から。そうしたら褒美に、パンでもやろう』
少年兵等は従順に、指示された事を遂行した。目の前にぶらさげられたパンを求めて
・・・何だか、此方側に罪が有る様な気さえした。
サビウス愛国戦線を潰滅させたチレナ統一戦線は、パンドラ海峡を越えてサバ人湾に侵攻する。女・子供と老人しか在ない。
本拠地は1日も経たない内に滅ぼされ、サバ人はベルファスト自身の手に拠って例外無く殺された。
これによってサバ人種は絶滅し、サバ人湾には彼等の死体の山だけが遺った。
戦争経験の無い記者団は、逃げるどころではなかった。想像を遙かに超えた真実に、為す術も無く立ち尽していた。
ベルファストは記者団を殺す指示はしなかった。記者団員全てを人質に取り、本部のミランコヴィッチに声明を出した。しかし、所詮はヘラス戦争の為だけに結成された使い捨て記者団であり、ぽっと出て来た一介のテロリストの相手をするような組織でもなかった。
その為に、ジャーナリストは全て赤道直下や南半球から派遣されたのである。
ベルファストは見せしめに、ジャーナリストの一人を殺す事にした。しかし、ただ殺るだけでは効果が薄い。
他人の陣地に介入した者達に
罪の意識を。
『・・・若くて、将来有望そうなのが、いいよなぁ・・・』
ベルファストは同じ仲間で誰を殺して欲しいかを、記者自身に決めてもらうことにした。一人の生贄を差し出し、骨も身をも好きにさせるか、でなければ記者全員が捕虜となるか。
記者等は戦慄し、生贄を一人出すことを望んだ。自分がその一人の生贄となる可能性を考えもせずに。ウィルキンズ=ミコーバーも恐らくそうだったに違いない。
『ならばお前に決めてもらう事にしようか・・・断罪されるべき仲間を』
ベルファストは記者達の中で最も若い、写真撮影係をしていた青年に裁かせる事にした。記者等の畏怖の眼が、ベルファストから青年に移った瞬間であった。
『人を裁く事に依って、真理が視えてくる。だから戦争は終らないのだ』
青年は従順すぎるほど従順に、ミコーバーを指さした。
指さして裁き、裏切り、売った先にいたのがリコネッサンス=オービターである。




