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最後の願い

【私も、別れたくないよ】


 冊子に現れた活字を、凝視する俺。


 この字が今ここに届いたということは、10年前のリリが、冊子の前にいるということを意味している。つまり、この機会をうまく利用すれば、もう一度だけ俺は……リリと会話できるかもしれないのだ。……そう思うだけで、涙が溢れ出しそうになった。


 ……なんて、感傷に浸っている場合じゃない。早く何かを書き返してあげないと、「やっぱり何事も起きないか」とでも思いながら、この冊子どこかにしまい込んでしまうかもしれない。とにかく、何か書いてリリを引き止めるんだ! でも、何を書けば……


『こんにちは!』


 とっさに思いついたのが、この単語だった。今頃きっと、リリの目の前で『こんにちは!』が浮き出しているはずだ。リリはそれを見て、驚いてくれているだろうか。そして、返事をくれるのだろうか。


【えっ、なにこれ! どうなってるの!?】


 しばらくすると、何も無かった白紙の部分に文字が浮き出してきた。……間違いない、リリからの返事だ。10年前のリリを、冊子の前に引き止めることができたんだ。


 10年前……。俺達が付き合い始めて間もない頃の、まだ何が起こるのかも何も知らない、幼くてあどけない高校生のリリ……。すぐ隣で安らかに眠る「現在の」リリを見つめながら、俺は覚悟を決める。


 ……リリを救うんだ。たとえ俺の世界とは違う時間軸になってしまったとしても、リリが長生きできる世界を作れればそれでいい。この「10年前のリリ」に、「10年後も」生きていてもらうには、一体何を伝えればいい? 


 色々考えたけれど、方法は一つしか思いつかなかった。つまり、「10年前の俺を振る」よう、仕向けるってことだ。俺と付き合いさえしなければ、リリはあの日の精密検査を受け、ガンの早期発見に成功するだろう。


 リリは、過去の自分から幸せを奪ってしまうことをためらい、失敗した。……俺はそんなこと気にしないからな、リリ。リリさえ幸せになってくれれば、過去の俺なんてどうでもいいんだ。悪いな、俺。お前は一人で「何のために生きてるんだろう」とか死ぬまで思ってろ! この冊子がやらかしてくれたことを、今から全部リセットしてやる!


 しかし、どうやってリリをその気にさせる? 誰の意見なら、リリは素直に聞くんだ? 未来の俺が「別れろ」と言ったところで、リリは聞く耳を持たないだろうし……。


 ……よし!


『これは、未来の自分と会話できる冊子です。私は、未来のあなたです』


 リリに倣おう。未来のリリのふりをして、俺のイメージを最低にするんだ。そうすればきっと、リリは俺を振ってくれる。


【えっ、本当にそんなことができるんだ、これ! たっちゃんの自作自演じゃなくて安心したよ!】


「……そっか、そんな心配をしてたのか君は」


 俺は思わず、隣で眠るリリに話しかけてしまった。自作自演って、心の病気かよ。まぁ、無理もないか。未来とやりとりができる冊子なんて、そう簡単に信じられるものじゃないよな。俺もそうだった。


『本当です。今日は二○二八年、十月六日。ちょうど十年後です』


 リリって、どんなしゃべり方だったっけ……。いざ真似してみると、なかなか難しい。そう考えると、リリの演技力は完璧だったな。……俺が鈍感過ぎたのかもしれないけど。


【そっか、本当なんだ。じゃあ私、いつかたっちゃんにフられちゃうんだね】


 なるほど、やっぱりそうだ。リリはリリで、俺に振られると思ってたんだ。俺の予想は的中していた。でも、これはいい流れかもしれない。


『残念だけど、その通りだよ。だから、今のうちに別れておいたほうがいいよ』


 この流れにあやかって、俺を振らせてしまえばいいんだ。ところで、リリのしゃべり方ってこれで合ってるのか? ……もう分からん。そこは気にしないことにしよう。


【えっ? いやだよそんなの】


 やっぱりそう来るか。一筋縄には行かないな。


『今は幸せかもしれないけど、いずれ大変な不幸に巻き込まれてしまうよ。だから、今すぐ別れようね』

【いやだ。私は、絶対別れたくない】

『ダメだ、あいつは最低なんだよ。君はとても苦しむことになる』


 どうも、うまく気持ちを伝えられない。次は何を書こう……そう考えていた時だった。


【あのさ、もしかして】


 ――やっぱり俺は、不器用だな。リリに、そう思い知らさることになった。


【今私に返事を書いてくれてるの、未来のたっちゃんでしょ?】


 早いよ。バレるのも、気づくのも。俺は、10年間も気づかなかったんだぞ。……完敗だな。もう、姑息な真似は止めよう。


『正解だ。どうして分かった?』

【どうしてって、あれで私を演じてたつもり? いくら未来の私だって、たっちゃんのこと「あいつ」とか「最低」とか、言うわけないじゃん。しゃべり方もおかしかったし。バレバレだよ】

『君にはかなわないな。完全に俺の負けだ』


 むしろ俺だって、「篠原拓哉」としてリリと話をしたい。リリが見破ってくれて、ある意味助かった。……相変わらずバカだな、俺。


『ところで、一つ聞いていいか?』

【うん、いいよ? 私も聞きたいことたくさんあるし】

『リリは、この冊子をどこで見つけた?』


 正体が割れたところで、一番気になることを最初に聞いてみる。


【見つけたっていうか、いつかうちで勉強会したときに、たっちゃんが忘れていったんだよ。返そうと思ったけど、内容が内容だったから、なかなか渡せなくて】


 ……なるほど、そういうことだったのか。確かに、どこかのタイミングで俺は……冊子を鞄に入れていた。そのままリリの家へ持っていき、不覚にも……リリの部屋に置いてきてしまったらしい。


【そんなことよりさ。たっちゃんは、私と別れたいの? もう、別れちゃったの?】


 そうだ、今はそれどころじゃなった。ページ数も少ないし、早く伝えるべき事を伝えなければ。俺はペンを手に取り、返事を書いた。


『あぁ、たった今、別れた』

【なんで?】

『リリが……死んだからだ』


 もう、包み隠さず真実を伝えよう。10年後、リリは死ぬ。どうして死ぬのか、どうすれば死なないのか。全部、ありのままを話してしまおう。


【私、死ぬの?】

『あぁ。これはウソじゃない。俺だって別れたくなかった。一方的にリリに死なれたんだ、それも、俺のせいで』

【たっちゃんのせい?】

『いいか、よく覚えとけよ。この冊子は、いつなくなるかわからないから、どこか別の場所にメモしておくんだ。二○二七年の七月十日、君は要精密検査の通知を受ける。だけどその日は、俺とデートする約束が先に入っていた。リリは俺とのデートを優先して、病気の発見が遅れた結果、死んだ。意味、わかるよな?』


 残りのページ数が少ない。余計な話をしていると、大切なことを書くことができなくなるかもしれない。もう少しリリとの最後の会話を楽しみたかったけど、そんな余裕はなさそうだ。


『いいか、二○二七年の七月十日は、絶対に検査に行け。その日までは俺と付き合っていてもいい。だけど、俺にどんなことを言われても、俺に振られることになったとしても、その日は絶対に検査に行け!』


 リリの返事を待たずに、俺は書き続けた。


『そこだけ、約束しろ! そこだけ約束してくれれば、今は別れなくてもいい』


 ここまで書いて、俺はペンを置いた。残り、一ページ。使い切ったら、この冊子は無くなってしまうのだろうか。

 

 なんとなくわかってきたけど、恐らくこの冊子、同じ時間軸上に2冊までしか存在できないんだ。そして、その間の時をつなぐ。今リリが持っている冊子が10年後まで来ると、10年前に新しい冊子が現れ、今俺が持っている冊子は消滅する。


 たぶん、こんなサイクルなんだと思う。


【その検査にいったら、私はたっちゃんに振られちゃうの?】


 そうはしたくないけど、そうなる可能性は……高い。


『あの頃の俺はバカだから、もしかしたら、リリを振るかもしれない』

【そんなの嫌だ。だったら、検査なんか行きたくない】

『バカ言うな、検査に行かなきゃリリは死ぬんだぞ!? 検査に行けば助かるんだ!』

【死ぬより、たっちゃんと別れるほうが嫌だ!】

『お前に死なれる俺の身にもなってみろ! 今俺が……どんなに苦しんでることか!』


 残り半ページ。リリ、分かってくれ! 俺は、「現在の」リリの、固く冷たくなった手を握りしめた。検査に行かなきゃ、お前はこんなになっちゃうんだぞ!? 痩せて、やつれて、何もしゃべらなくなっちゃうんだぞ!? それでいいわけないだろう!


『そうだ、検査のことを、俺に説明すればいい! そうすればきっと、俺も納得する!』

【私、たっちゃんに心配掛けるようなこと、話したくないよ!】

『話さなきゃ、振られるぞ!』

【振られるのも、嫌だよ! 私、どうすればいいの!?】


 残り、1/3ページ。


『なによりも大切なのは、リリの命だ! とんかく検査には行け! 検査を最優先しろ!』

【じゃあ、振らないでよ! 内緒で病気も治すから、私のこと振らないで!】

『それは、今の俺にはどうにもできない! だけど!』


 残り、1/4ページ。もう、リリからの返事を待ったらスペースが足りなくなる。


『もし! もし俺がリリを振ったとしても、いずれ必ず戻ってくる! 絶対、リリのところに帰ってくる! だって、だって俺には』


 残り、一行。……もっとリリと、話をしたかった。


『俺には、リリしかいないんだから!』


 冊子は、全てのページが文字で埋まった。最後にリリから返事がくるかとしばらく待ったけど、返事は、来なかった。


 もうこれで、絶対に永遠に一生、リリとは話せなくなった。


 この遺体も、そう遠くないうちに火葬にされ、リリという存在は、この世から完全に消滅してしまう。そう考えたら、悲しくて、苦しくて、辛くて、息もできなくなった。目の前が暗くなってきて、俺はそのまま、気を失ってしまった。


 どうせなら、俺も一緒に連れて行ってくれよ。……リリ。

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