魔王様の烏滸鳥②
同タイトルの別枠にあります魔王様の烏滸鳥①の続きになります。
不慣れで誤り別に投稿してしまい、大変読みにくくなってしまいました事誠に申し訳なく、お詫び申し上げます。
宜しければ、こちらから続きをお楽しみ下さい。
①を未読の方は、そちらからお読み頂けますと幸いです。
「カゲヤン、助けて下さい!火がおこせません」
「火打石も使えんとは軟弱な!それくらい出来ず、よくも王に料理を作ろうなどと虚言を吐いたな」
「僕の国は便利な発展を遂げてまして、ガスとか電気ってものがあるのですよ。文明の利器ですよ」
「そうか、大層なものがあるようで良かったな。だがそれにより自身が退化しては本末転倒だろうが、烏滸鳥め」
「退化も何も、これ使った事ないのですよ。僕はビギナーなのです。初心者には優しく指導をするのが、玄人の勤めだと思いますよ」
「鳥の勤め方など知るか。……もういい、やってやる。どけ」
ーー勝った。僕はこっそりほくそ笑み、カゲヤンに場所を譲った。根負けしたカゲヤンが火をおこそうと、小型の窯みたいな物の前に屈み込む。
その石造りの炉の中に薪とかを入れてそれを燃やし、鍋などをその窯の上部に空いた丸い穴にかけて使うらしい。昔日本にあった釜戸の強化版みたいな感じだ。しっかりとした造りで年季が入っている。
かちっかちっと石を打ち鳴らす音が石造りの室内に響く。音の反響を追うように、僕は室内を見渡した。
そうーー場所は変わってここは厨房。使い勝手の分からない器具と格闘しつつ、魔王様に供するディナーの準備をし始めた所なのだ。
ーー料理を提供すると豪語した僕に対して、二人の反応はそれぞれ異なった。
カゲヤンは「料理に何を入れるか分かったものではない。そもそもお前が料理?寝言は寝て言え」というように反対してきたが、魔王様は「やってみればいい」と快くーーいや、お手並み拝見といったかなり上から目線で言ってくれた。そうして厨房を借りられる次第に至ったのだった。
しかし驚いた事にこの二人、普段は料理どころかーー食事すら全くしないと言うのだ。
なんでもこの魔王城ーーというには小規模な館なのだが、日本で言うパワースポット的な場所で、魔王様達の栄養源である力が満ち充ちているらしい。ファンタジーなのである。
糧はそうして取り込めるからって摂らないとは、なんと勿体無いのだ!この世界にだって美味しい物はあるだろうに、それを楽しまないなんて損なのだ。
ここは一つ、食育大国日本の親善大使となって、彼らに食の素晴らしさを伝えてあげようじゃないか!
美味しい食事は健やかな精神を養う。ひねくれ魔王様や小舅ヤンキーには特に必要に違いない。
「使い方を見て学ぶ気すらないのか、余所見をするな烏滸鳥」
ぺちんっと頭を叩かれた。言ったそばからこれだ。食育という調教が必要なのだ、確信した。
しかし流石カゲヤン、仕事が早いのですね。窯に小さな炎がめらめらと揺れている。今、とろ火くらいかな。
「ありがとうございます。これ、暫くしたらもっと火強くなるのですかね?」
「空気を送れば燃える。もっと強くしたいならそこにある炭を一欠片入れろーーただし、湿気っている物は火に入れると爆発する。焼き鳥になりたくなければ、温めるように少しずつ火に近付けろ」
ぞんざいな口調のわりに丁寧に教えてくれる。やはり親切なのか、その口の悪さは照れ隠しの裏返しなのですか?ツンデレならもっとデレて欲しい。
近くにあった団扇っぽい物で火にぱたぱた風を送りながら、食材をチェックする。
夕市で手に入れたお買得品達ーー卵や肉、野菜各種。
調味料とか無かったらどうしようーーと懸念もしたけど、ここには結構な物が揃えられていた。
カゲヤン曰く、いつからあるか分からん物らしいーーうん、火をしっかり通して調理しよう。
水は地下から汲み上げられるらしく、取手をしゅこしゅこ押すと蛇口から新鮮な清水が出た。
「凄いですね。お二人が料理しないって聞いたから、正直、こんなに使いたい物が揃ってるとは思わなかったですよ」
「使用人などが使う物を揃えていたんだろう。元は人間の貴族の館だったようだからな」
「だろうって……カゲヤン、いつからこの館に住んでるのです。最近ですか?」
いい具合に火が燃え上がってきたので、食材の準備に取り掛かる。鶏肉の皮を剥ぎ、身を綿棒で叩きながら、見張りという名のお手伝いさんーーカゲヤンに問い掛ける。
「おい、お前鳥に恨みでもあるのか。何故身を叩き潰す。同族嫌悪か?ーー分からんが、永らくは住んでいる筈だ」
「こうして胸肉は叩いてあげた方が繊維が解れて柔らかくなるのです。僕は人なので同族も嫌悪もないですよ。ーー分からないって、カゲヤンも魔王様と同じように記憶喪失ですか?」
「ーーそのようだ。王も俺も、いつから、何故この地に居るのか覚えがない」
なんと。二人で頭でも打ったのだろうかーー同じように記憶を消失するなんて奇妙なのだ。
「覚えはないが、ここは王の館だ。王にこそ、この地は相応しい」
王様至上主義か。
「お屋敷も立派なのですしね」
それこそ、規模を縮小したお城って感じなのだ。
厨房へ行く時の道すがら、カゲヤンは軽く館の中を案内してくれた。本人は余計な所には入るなって戒める為に教えてくれたみたいだけど、うん、実は面倒見良いお兄さんだな。
随所に飾られた美術品、豪華絢爛な装飾。全体的に華やかなのにごちゃっとしてない品の良さがある。
主の顔たる玄関口も、華美過ぎず大きくて落ち着いた雰囲気。柔らかな絨毯や自然を描いた絵画などが訪れる者を迎えてくれる。ーーけれど、どこか侮れないような、底知れない重圧を感じさせた。主が来客を歓迎していないという事なのだろうか。
ーーあの魔王様だからな、納得なのだ。
「ここは魔王様にぴったりのお城なのですよ。あ、カゲヤン。そこの蓋とって貰って良いですか?」
「そうとも。蓋……これか。ーーって、おい!俺を使うな烏滸鳥」
あ、ばれてしまった。気が利くカゲヤンはお手伝いにもってこいだったのに。
「いやぁ。僕の国には、立ってる者は親でも使えーーという格言があるものでして、つい」
「それが格言か?俺は烏滸鳥の親でも主でもないぞ。なりたくもない」
「一言余計ですよ!僕だってカゲヤンみたいな御主人様は御免なのですよ、願い下げ……痛っ痛っ!」
「どちらが余計か烏滸鳥。烏滸鳥ごときに貶される謂われはないぞ、身の程を弁えろ烏滸鳥」
「痛っ!烏滸鳥言う度に脳天にチョップしないで下さ痛っ!」
「その身に教えてやっているんだ。これに懲りたら烏滸がましい真似は慎め、烏滸鳥」
最後にもう一発打ち落とされた、ぴくそぅ。こっちが料理中で手が出せないのを良い事にやりたい放題ーー後で報復してやるぞ!
気が済んだのか、カゲヤンはくるりと背を向けーー近くにあった丸椅子に腰かけてしまった。立ったままではまた使われるとでも思ったのだろうか。残念。
しかしお目付け役だからか、ここから出て行く気はないようだ。じっと僕の料理の様子を眺めている。
この状況、何だかこそばゆいのですよ。いつも一人でやる作業を見てくれる人がいるーーいや、人間じゃないっぽいけど、うん。
「もう少しかかりますけど、出来るまで待っていて下さいね」
ホームドラマの一幕、密かに憧れていた台詞だった。ーーいつも待つのは僕だったから、こんな台詞を言う機会なんてなかったのだ。
「おう、早くしろ」
なんて素っ気ないお答えなのか、全く!
ーーそう思うのに、笑みを堪えきれなかった。
メニューはご飯に味噌汁、鳥の唐揚げと温野菜にタルタルソースをかけた一品。取り敢えずこれだけ作ってみた。
いざ魔王様の待つ部屋へ運ぼうとしたら、魔王様自らが厨房に現れた。カゲヤンが慌てて食卓の準備をする。
ーー主人がこんな所に来ていいのか、とことん規格外な魔王様なのですよ。
席に着いた魔王様の前に、カゲヤンがどこか躊躇いがちに食器を置いた。それを疑問に思いつつ、僕が出来たての料理を並べた。
「さぁどうぞ、召し上がれなのですよ」
この評価によって家に帰れるかどうかが決まるーー出来映えは上々だと思うのだが、どうだろうか。
でもそれを不安に思うより、この人に料理を食べて貰いたいという気持ちが勝る。喜んで欲しい、認めて欲しい。どうしてこんな気持ちになるのだろうかーー。
内心の葛藤を余所に、魔王様は料理に手を伸ばしたーー文字通り、素手で。
「えっ!?何で手で」
そういうお国柄だった?ーーいや、カゲヤンが用意した食器があるじゃないか。何故使わないのだ。
魔王様はたっぷりタルタルのかかった鶏肉を手に取った。ーーしかし食べない。
あぁ、ほら。カゲヤンも驚いた顔をしている。何故そうもしげしげと眺めているのだ。唐揚げがそんなに珍しいのですか?
「ほう、触れられるか」
魔王様はどこか楽しそうに、唐揚げを摘まんだ指先でその感触を確かめていた。
ーーあ、そうか。触った物をことごとく塵にしちゃう恐怖の魔王様だ。素手で触れる、という事が珍しいのだ。
「この烏滸鳥だけでなく、異界のものは王の力が通じないという事ですか?」
こらカゲヤン、ナチュラルに烏滸鳥呼びをするんじゃないのですよ。不覚にもだんだん違和感がなくなってきてるじゃないですか、全く。
「いや、この烏滸鳥にこそ要因がありそうだ。現に、これの荷であろう袋にも触れてみたがーー取手を一つ塵とした」
ほらもう魔王様にも確実に伝播してるのですよ……って、何だと!?
「ちょっ!まさか魔王様、僕のエコバッグ塵にしちゃったのですか!?お気に入りだったのに!」
使い勝手が良くて丈夫で、大変重宝していたのだ。それを、何て事してくれるのだ!悪の所業だぞ魔王め!
「ぴーちく喚くな烏滸鳥。塵になったのは持ち手一つのみだから」
「一つでも持ち手やっちゃったらもう持てないじゃないですか!予備で二つ付いていた訳ではないのですよ!許可なく人の物でどうなるか試して、あっさりお釈迦にするとは何事なのですか……っ!」
「ああ、分かった悪かった。だからそう喧しく囀ずるな。これで機嫌を直せ」
苦笑を滲ませつつ魔王様ーー手に持った唐揚げをひょいと僕の口に押し込んできた。
「むぐ」
途端に口内で広がるのは衣の香ばしさ、肉汁の旨味、タルタルソースの程よい酸味。そして丁度良い熱ーーやはり唐揚げは出来立て熱々に限る。我ながら良い出来なのだ、うまうま。
お陰でそれ以上の不満も唐揚げと一緒にこくんっと飲み込む羽目になったが。うむ魔王様、策士である。
「美味そうに食うものだ。それ、もう一つ」
「いやいや魔王様、何楽しそうに僕を餌付けしようとしてるのですか。駄目です、いいからご自分で召し上がって下さい」
そもそもこのディナーは家に帰して貰う為の対価なのだ。食べて貰わないと困る。
「毒も入っていない様子。良ければ王、召し上がってみては?」
「そうだな」
カゲヤンの言葉に魔王様は頷いた。
……まさかさっきの餌付けは毒味も兼ねてたのですか。恐るべし非道魔王様め。
魔王様は手袋をはめ直しーー僕には手掴みで与えたくせに、ご自分は食器を使うのですね、くそぅーーフォークを使って唐揚げを口に運んだ。
「…………」
な、何なのですかその沈黙は。ーー不味いなら不味いと早く言って下さい、心臓に悪いのですよ。挽回する機会が頂けるなら精進しますので今はがつんと言って欲しいのだ間がもたない心臓がもたないーー。
「ーー美味い」
ーー思わず、といったように魔王様はぽつりと溢した。
その言葉を聞いた途端、かあっと顔に熱が集まったのが分かった。ぱっと両手で頬を隠し、俯く。
……くそぅ、不安にさせてから浮上させるとは。手慣れてるのか。人を掌の上で転がすのが標準なのか、覇王的魔王様なのですかっ!
一人煩悶する僕を尻目に、魔王様は次々と料理を平らげていく。ナイフとフォークの扱いは手慣れていて、どこか品の良さを感じた。しかし日本食にそれだと、見てるこちらは多少違和感を感じなくもない。
……味噌汁をスプーンでここまで行儀良く飲める人はそうそういないだろうな。
お父さんなんて、ご飯にかけてねこまんまにしちゃうのだからーー。
「……ご満足のいく味なのでしたか?魔王様」
そんな郷愁を胸に問う。反応はなかなか、これなら帰れるんじゃないだろうかと期待が高まる。
「ああ、美味い。代わりが欲しいくらいだ」
ぴふっ、素直に喜ばれると照れるのだ。
「多目に作ってあるので良かったらどうぞ。カゲヤンも後で是非」
「俺も?」
「勿論です。食育でヤンキー気質を更正……じゃなかった、お手伝いのお礼なのです」
「おい、何て言った烏滸鳥。俺の何を更正すると?」
やべっ「烏滸がましい真似を控えろと言った矢先にこれか。その鳥頭にもう一度教え込んでやる」ってお叱りのオーラを感じるーー愛想笑いで誤魔化そうか。
「今食べれば良い、烏滸鳥も夕餉はまだだろう」
愛想笑いを浮かべた口角をカゲヤンに引っ張られていたら、魔王様に同席を勧められた。空いた席を示される。
「は、しかし王それは……」
主と食事の席を同じくするなんて恐れ多い、と遠慮を見せるカゲヤン。頬っぺた離してからやって欲しいのですよ!
「己が良いと言ってる。稀なる烏滸鳥料理が冷める前にお前も食え、カゲヤン」
「王っ!お言葉に従わせて頂きますので、どうかその呼び名だけは勘弁して下さい……!」
慌てたようにカゲヤンは魔王様に取りすがった。
王様にもカゲヤン呼びが伝播したようなのだ。ぴふんっ、ざまあみろー。
その後食事をしながらカゲヤンは必死の懇願を続けたが、魔王様に聞き入れられたかどうか。のらりくらりとかわすのが上手いのだ。
ーー帰りの交渉をするという僕の目的もかわされた事に気付くのは、与えられた部屋の布団に潜り込んだ頃だった。策士魔王様めっ!
その夜ーー僕は夢を見た。
誰かに、手掛けたご馳走をたらふく食べて貰うんだと決心する。そんな夢をーー。