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魔王様の烏滸鳥 ③

「まさか、一食のみで対価になるとでも?」

 ーーぴ?

 次の日の朝、挨拶と交渉目的で魔王様の部屋に突貫した僕に魔王様はそう宣った。

 本日も相変わらず黒一色ーーけれど、室内はブラウン系の落ち着いた調度品が並んでいた。

 カゲヤン製品に包まれている状態なら普通の物にも触れられるからだろうか。そうすると、調度類は魔王様の趣味という事か。へえぇ。

 そういえば昨日、カゲヤンにここは王の部屋だから入るなと言われた気がしたがーーうん、ドンマイ。

 ノックして部屋の主から許可を貰って入ったから良いのだ。

 しかし、まさかそう来るとは思わなかったのですよ。確かに一食でなんて約束はしてなかった、ぴむん。

「では何食作れば良いのです?というか、そんなに食材もないのですが」

 多目に買ってはあるが、あと今日の分くらいがせいぜいだろう。

 何せ予定より食べる人が増えたし、二人とも結構召し上がる。作り甲斐はあるのだが材料が尽きそうだ。

「食材なら買えば良いさ。近くはないが、人の都もある」

「そうなのですか?」

 魔王城は空間を隔てた異界にあるものではないのか、意外だ。

「この近隣では、最も巨大な都市だ。大抵の物は揃うだろうよ」

 つまりそこは町が広がって賑わっていると。

 それは楽しそうなのですな。俄然RPG感が増してきたのだ!

「あ、でもお金がない。ーー人の家の引き出し開けたり、壺を割れば良いのか。もしくはモンスターを倒せば出てきます?」

「烏滸鳥、何故窃盗を目論む?壺や魔物の中に金が入っているのか、お前の世界」

 呆れと興味を混ぜた顔で魔王様はくつくつと笑う。

 いや、ないですけど。不法侵入と家宅捜索はゲームでは必須事項ですし。

 資金繰りの為に壺は割りまくるし、魔物には率先して斬りかかる。

 ーーあれ?よく考えれば全て犯罪っぽくないか、これ。……いかん!

「違います、間違えました。人は汗水流して働いてお金を稼ぐものなのです。僕はまず働き口を探すのですよ」

「鳥頭、お前の思考回路はどうなっているのか。悪徳なのか健全なのか、思考までも飛び跳ねているな」

 魔王様、何故視線を僕の頭へ向けるのですか。

 確かに起きて即こちらに突撃したから鏡は見てないのですが。

 も、という事はつまり……跳ねてるのか髪の毛。

 魔王様は面白そうに笑い含みながら、僕の髪を撫で付けるように触る。しかもわざわざ手袋を外した麗しの素手で、だ。

「っ!ぴゃあぁぁぁぁ……」

 あああ朝から突然そんな大胆な、いや良いのですけれども。

 本日もとっても素晴らしい撫でられ心地!今日はすこぶるご機嫌な一日となるでしょうーーあれ、これ予報?

 うわわわ溶ける蕩けるゲル化するのですよ……駄目だ、落ち着け僕っ!

 思考のままに顔面も崩壊してる気がするが、荒れる精神を統一するので精一杯だ。折角の至高な感触を堪能せねば、一点集中!

「ここにいたか烏滸鳥め!勝手に飛び回るとはーー烏滸がましいと言ったろうが!」

「ぴぎゃぁぁぁっ!」

 集中していたせいで、ばーんっと扉を開け放って入ってきたカゲヤンに心底驚いた。今度は心臓が飛び跳ねる。

 ああ!跳び跳ねた拍子に魔王様が手を離しちゃったじゃないかーーおのれカゲヤンめ!

「ちょっ、カゲヤン!王様の部屋に断りなく入るとは何事なのですか!」

「お前に言われる筋合いはないわ!何事も何も、不届きな烏滸鳥を捕らえに来たに決まっているだろうが!」

 肩をいからして瞬時にやって来たカゲヤンに、折角魔王様が撫ですいてくれた頭をがしっと鷲掴みされた。

 そのままずるずると部屋の外へ引き摺り出されそうになる。

 離せぇ、離せー!と暴れてもその手はビクともしない。

 くそぅ馬鹿力ヤンキーめ!烏滸鳥に対抗してバカヤンと呼んでやろうか。

「丁度良い。カゲ、そのままお前も烏滸鳥と共に仕入れに行け」

 昨夜、カゲヤン必死の懇願が功を奏したのか、魔王様は略して呼ぶようにしたみたいだった。

 カゲヤンもそう呼ばれた方がまだマシ、と許容した様子。ぴったりなのにな。

「仕入れーー都にですか?」

 僅かに懸念を交えてカゲヤンが魔王様を伺う。

「この烏滸鳥の手掛けた物なら己も食えるようだしな。この世界の食材でもそれが適用されるかーー試すのも面白い」

「……それならば」

 本当に魔王様至上主義なのだな。

 魔王様の言葉にカゲヤンは一つ頷くと早速と身を翻した。……僕を掴んだまま。

 まさか、そのままずるずると僕を引っ張って行くつもりなのですか?

 ちょっ!?せめて頭鷲掴みを止めて欲しいのですよ!

「そいつの飯が気に入ったのは分かるが、そう逸れば烏滸鳥が転ぶ。程々にしておけ」

 扉が閉まる寸前、魔王様がからかうような声をかけてきた。パタンと閉じた扉を背に、カゲヤンはピタリと動作を止めた。

 ーーえ?まさかカゲヤン、僕のご飯が食べたくて急いでいたのか。至上主義を拗らせたのではなく?

 閉ざされた扉からカゲヤンに視線を向けると、殊更に凶悪化した目付きとかち合った。ーーぴっ、恐ぇ!

 ちっと舌打ちをすると、カゲヤンはぱっと僕の頭から手を外してさっさと先に行ってしまった。「俺が烏滸鳥の料理などを気に入るだと?そんな事認められるか腹立たしい」って背中が語っている気がする。

 その背を暫し見詰めてーー思わずにやりと笑ってしまった。

 ぴふふんっ。なんだなんだ照れ隠しなのですか、ツンデレですか?

 なら僕は、そのツン気質を矯正する食育を施してやるのですよ。

 だからそんな虚勢が張れるのも今の内だけなのですーー覚悟するが良いのですよ!






 その後、館から出るのならこんな服ではいかんのですよ!とカゲヤンを引き留めてから、ようやく僕達は都に向けて出立した。

 因みに今の格好は自分の七分丈の上下に、カゲヤンの甚平(じんべい)(もど)きな上着を着込んでいる状態。

 カゲヤンは最初、影で服をこさえてくれようとしたのだけど、それだと全身黒一色になってしまう。

 うら若き女子としてそれはどうなのだろうーーという事でカゲヤンの予備の服を強奪……もとい、借り受ける事にしたのだ。

 お揃いの格好になってカゲヤンはとても嫌そうな顔をしたが、僕は気に入ったので文句は聞かないのだ。

 靴は借りる訳にはいかずカゲヤンに頼んだ。

 これもカゲヤンと似たチャイナ靴っぽいけどーー黒くて分かり難いが、蔦と花のようなデザインが施されてて可愛い。

 拘ってくれたのか、無意識の職人魂なのか……大変粋なのである。

 それにしても便利なのだ。

「本当に便利なのですよ……」

 ぱからっぱからっと軽快な蹄の音を響かせているのは移動手段である馬ーーを象ったカゲヤンの影だった。

 門まで出て、その一見魔王のものとは思えない堂々たる館の外観に圧倒されている間に、カゲヤンが影で馬を生み出していたのだ。

 駿馬と呼べそうな立派なお馬さんーーしかしやはり真っ黒だった。

 本当に生きているかのように躍動感のある動きを繰り広げ、時折ぶるるっと嘶きまでしている。

 風に靡く鬣までもリアル。遠目だったら絶対これ生きてる馬だって信じて疑わない。

 ーーカゲヤンの影、何でも出来るのか。凄過ぎるのだ。

 手綱を握るカゲヤンの前に騎乗させて貰い、館の周りを囲う広大な森を進む。

 朝の陽気に照らされた木の葉がきらきらと輝き、道に柔らかな日差しを注いでいるのが気持ち良い。閑静な別荘地で森林浴を満喫している気分だ。

 ……別荘なんて持ってないからイメージなのだけど。

 意外だが、森の中には車が通れそうな程大きな道が通っていたのだ。

 ぴょこんと雑草は生えているものの、地面が平らに(なら)されているし。これは明らかに人の手による道だろうと思う。

 もしや魔王様、人間と仲良く交流してるのだろうか?……ゲームとはとことん噛み合わない展開なのだ。

「これから行く都ってどんな所なのです?」

 人がいる都について、後ろのカゲヤンを見上げて問うた。

 しかし首が痛くなりそうだったので、すぐ前に向き直った。

 ひょっとして、ここは魔も人も仲良く暮らす平和な世界なのだろうか。だからこうして都へ続く道も整備されているのだ、とか?

 ちょっ、それならそれで尚更喚ばれる理由が分からないのだ!

 世界の危機でもなきゃ、異世界の勇者なんて喚んじゃいかん。勇者にだってプライベートがあるのだぞ!

「都の名はクリスティアーノ。大層な事に、創世神の名を冠しているらしいぞ。ティアーノ聖国とも呼ばれるそうだ」

「創世神?」

 この世界を作った神様という事なのか?

 しかし噛みそうな名前なのだ。RPGっぽくて嫌いじゃないけど。

「神と魔と人、大地と風ーー全ての父であり、統べての王だと言われている。それを唯一神として、国をあげて信仰しているようだな」

「ぴ、宗教国家ですか」

 その言葉にあまり良い予感がしない。世界史の授業で宗教戦争の凄惨さを学んだせいだろうか。

 それぞれの信じる教義の違いなどが軋轢が生んで、戦乱へと発展してしまう。それは政治的要素も絡んでいた為に大きな戦争になってしまったと習ったのだ。

 勝てばそれは聖戦として後世に雄々しく語り継がれ、負ければその信仰は排斥され邪教と謗られる。世知辛い話なのだ。

 ーーまぁ、どれも(にわか)知識なのだけど。

 こちらの世界でも祀るのは同じ唯一神とはいえ、宗派によって色々と違いがあったりするのだろうか。

「そういえば、今日は九祭礼(きゅうさいれい)の日だったか」

「九祭礼?」

 知らない単語なのだ。疑問符が浮かぶ。

「創世神は八つの翼と一つの体を持つと言われている。それに因んで聖国では九を区ーー区切りとして祭事や国事を行う事が多い。九祭礼とは九日に一度催される民の祭日、神を祀る日だな」

 ぴぐぬ。日本で当て嵌めると一週間が九日間あって、九祭礼は日曜日の様な物ーーと捉えればいいのだろうか?

「この日は表向き、日々の恩恵を神に感謝する日とされるが、町は宴のように浮かれて賑わう。ーー大聖堂では一部の敬虔な信者共が集って聖句を唱えたりもしているようだがな」

 唯一神を祀ると言っても、その信心深さには差があるという事なのか。

 僕の知る祭も、誰もが祭る神様の事より出店や神輿、花火の方に夢中になっていたものな。

 そこは日本に似てるのだな、なんちゃら聖国。

「賑わう分、店には様々な品が並ぶだろうーーせいぜい人に潰されないようにする事だな」

「ーーぴ?他人事みたく言いますが、カゲヤンも行くのですよね?」

 話が違うのだ。魔王様に僕の付き添いを頼まれていたんじゃないのか?

「人の国に俺が表立って入れるものか。王の言葉だ、影からは付き添ってやるが、買い付けは自力で何とかしろ」

 ぴえぇぇぇっ!?自力とか、そんな無茶な!

 文化の違う町に一人放逐させられてどうしろと?僕を路頭に迷わせる気なのですか!

「金さえあれば路頭になど迷わんだろ」

「僕、無一文なのです。まずは職探しからしなきゃなのですよ。勇者はどこで募集してるのですかね?」

 異世界出身という箔付きなのだから、優遇して貰えたら良いなと思う。

 王様選りすぐりの勇士達でパーティーを組んで、魔物を倒してお金を稼ぐのだ。

 勿論、そこは主に勇士達に活躍して貰うつもりなのですよ。

「お前などが勇者?有り得ん。そも、そのような悠長な事していられるか烏滸鳥め。金なら王から給されているから、これで(あがな)え」

 カゲヤンが片手で手綱を握ったまま懐を漁り、ハンドボール程に膨らんだ麻袋を取り出した。

 それを僕の頭の上に乗せる。じゃらっという音が頭の中にまで響いた。

 ーー重っ!何をするのだ!

「そら、そうこうしてる間に見えてきた」

 カゲヤンに報復しようと振り向きかけていた頭を慌てて前方へと戻した。

 小高いこちらから見下ろす位置に拓けた景色が広がっていた。

「大きい」

 ーー流石聖都という事か。

 城塞と呼ぶにぴったりな堅牢な外郭が都をぐるりと囲っている。

 都に続く街道ごとに検問所みたいな門が幾つか設けられていて、物々しい甲冑を着込んだ門衛が通る人々を逐一チェックしているようだった。鋭い槍の先が陽光を弾いてきらりと光っている。

 その中も凄い。山形の地形に沿って作られたのか段々畑のように街が並んでいる。

 一番上には大きな鐘が目立つ白くて大きな建物。あれが、大聖堂だろうか?そこから下へ下がる毎に建物が質素になっていくのが分かる。

 上から身分毎にランク分けした形になっているのかも知れない。

 拓けた平地へ行くと露店のようなものが沢山建っていた。

 遠く離れた丘の上にまで、祭囃しと喧騒がかすかに届く程に、そこは賑わっている。

 中心の大きな噴水のある広場では舞台が設けられ、何かの催しをしているようだった。

 人がゴミのようーー違った、ところ狭しと犇めいているのがよく見えた。

 圧巻ーー押し寄せるようなその光景に、物怖じせずにはいられなかった。ーー冷や汗が背中を伝う。

「……カゲヤン、僕あそこに行くのですか?生きて帰れる気がしないのですが」

「死にそうになったら呼べ、助けてやる。それまでは手は貸さんぞ」

「瀕死状態じゃなきゃ助けてくれないのですか、あんまりなのだ!というか、既に死にそうなので助けて下さい。ーーカゲヤンが居なくては僕は生きていられそうにないのです」

「情けない事を囀ずるな、烏滸鳥。ーー仕様がない、荷物くらいならば持ってやる」

 珍しく苦笑を浮かべたカゲヤンに、ぽんぽんと頭を叩かれ宥められる。

 ぴふっ、カゲヤンのお手もなかなか良いですな。

 趣のある職人の手。他の人とはまた違った固さと軟らかさを備えていてーーって、ほだされちゃいかん!

「そら、行ってこい烏滸鳥」

 ぴ?と思った瞬間、街道を走っていた筈のお馬さんががくんとーーいや、どぷんと道に沈んだ。

 背に乗せた僕らごと、いつの間にか足元に広がる沼のような黒い影にずぶずぶ沈んでいくーー。

「ぴ、ぴゃあぁぁぁぁぁ」

 思わず上げた奇声ごと、僕の体は黒い沼へと呑み込まれてしまったのだった。






「人いきれで窒息死しそうなのです。今こそ助けて下さい、カゲヤン」

 ぽそりと呟いた泣き言は、誰の耳に届く事もなく……辺りの喧騒に掻き消されてしまった。

 影の沼に呑み込まれて咄嗟に目を瞑り、止めていた息が限界を迎えた時ーー気が付いたら都の路地裏に一人ぽつんと立っていた。

 ーー事の展開に付いていけずに、暫く茫然としちゃったじゃないかっ!カゲヤン、せめて一言欲しかったのですよ!

 検問を避けて都入りするぞとか、後は頑張れよとか、俺が付いているから安心しとけよとか。

 ーーって一言所じゃないな、言葉が足りなさ過ぎるのですよ薄情者っ!

 憤懣やる方ない気持ちを持て余しつつも、侘しい路地裏にいても何にもならんと奮起し、歩き出した。

 賑やかな囃しが聞こえる方へと向かって行くと、すぐに目当ての場所に出る。

 ーーそしてすぐに引き返したくなった。

 目に移るのは人、人、人。

 遠目でも分かっていたつもりだったけれど、あまりの人の多さに戦慄した。

 そこかしこから客寄せや矯声など雑多な音が耳に入り、それが街全体を埋め尽くしているようだった。

 目に鮮やかな色とりどりの布が天幕に張られ、露店に華やぎを添えている。道行く人々も着飾ったり平服だったりと様々。芸人らしき奇抜な格好も目立った。

 一際きらきら輝く金の一団ーー王族か聖人だろうか?とてつもなく豪華な行軍をも目の当たりにしてしまい、ちかちかと目が回りそうになる。

 ーー一瞬、その中心にいる一際輝く女性と目があった気がした。

「おい邪魔だ、どけ!」

 道の脇に立ち尽くしていたら、横からどんっと体をぶつけられてよろめいてしまった。

 そこからーーまたしても恐怖のジェットコースター体験が始まってしまったのだ。

 真っ暗ではないが、同じ事だった。景色は見る事叶わずどんどん流れるーーというより流される。

 人の波に浚われ、逆の流れにまた押し戻され、誰かとぶつかり……そこから抜け出せず、暫く溺れた心地を味わった。

 ーー何なのだ、この人の多さは!年末年始の神社かここは!?それともラッシュ時の超満員電車の真っ只中なのかっ!

 思考まで荒波のように乱れ始めた頃、ようやくぽーんと波から弾き出されて地面に転がった。

 ぴぐふっ!痛いーーでも助かったのだ。本気で溺れ死ぬかと思ったのだ……!

 痛みを生きてた実感と共に抱きつつ、よろりと立ち上がって周りを見る。

 先程の混みに混んでた道はメインストリートのようで、こちらはその脇道沿いに作られた露店がずらりと並んでいた。

 香ばしい匂いを漂わせた串焼きの屋台や冷たい飲み物を売る台車、装飾品を並べた天幕などにやんやと人が集まっていた。そちらへふらふらと進む。

 こっちも相当混んでるけど、メインストリートよりはマシ。もうあっちには行きたくないのだ……!

 犇めく露店の間にちょっとした木陰を見付けて歩み寄り、木に寄り掛かって一息吐く。

 異世界、甘く見てたーー超怖ぇのだ。魔王様より人の方が脅威だったのだ。ーーだから人は強くて、繁栄するのか。ぴむ。

 などとよく分からない事を考えながら視線を流していると、少し先に食材を売る露店を見付けた。艶のある瑞々しい果物に緑鮮やかで新鮮な野菜、塩漬けベーコンのような物や干物も軒先に吊るされていた。

「さぁ寄ってくんな!今からお買い得、全商品二割引きだ!」

 そんな粋な店主の呼び声に、僕は即行その露店へと向かった。

 ーーお買い得、なんて素敵な響きなのだろうか。日々家計の遣り繰りを担う女性は、良い物をより安く手に入れるのに情熱を燃やすものなのだ。僕とて然りなのである。

 壮年の店主は僕が露店の前で止まると「いらっしゃい!」と元気な声をかけてくれた。

 けれど僕の姿を見るやーーん?っと眉根を寄せた。

「アンタ、ここいらのモンじゃねぇな?冷やかしはお断りだぜ」

 ちょっ、さっきまでの接客スマイルはどこ行ったのだ。露骨に迷惑そうな顔するとか、接客業にあるまじき行為だぞ!

「冷やかしなどではないのです。ちゃんとお金もあるのですよ」

 カゲヤンから渡された麻袋を出し、中身をじゃらじゃら鳴らしてみせると、店主はにっこりと笑った。

 あからさま過ぎるのだ、この商売人め!

「で、何が欲しいんだ?ウチに東族に受けるような物があるか分からねぇんだが」

「盗賊?」

 いや、イントネーションが違うのだ。

 トウゾクって何なのだ?

「あ?そうじゃねぇのか?ーーその服、東闇の民の物だろう」

 言われて視線を服に移す。

 甚平のように脇腹の辺りを紐で結んだ上着、裾を絞るズボンにチャイナ靴。

 改めて見ると確かに、洋装に近い服を着た都の人々とは異なった装いだと分かった。旅芸人らしき人とも違う、中華な雰囲気の独特な服なのだ。

「付き添いの人から借りただけなので、服については知らないのですよ」

 もしかしたらカゲヤンがそのトウヤミの民?なのだろうか。

 けれど人とは一線を引いてる所があるしな……カゲヤンは何者なのだろうか。

 訊こうにも、本人は記憶喪失中なのだそうなのですが。

「誤魔化すなよ。服だけじゃねぇ、アンタみたいに闇色を持つモンは闇の国の人間だって決まってんだ。ガキにもそんな嘘は通用しねぇよ」

 誤魔化すも何も、知らないだけなのだが。

 カゲヤンの色は濃藍色(こあいいろ)ーー夜の始まりと終わりの色だ。闇色と言われればそうかも知れないが、とても綺麗な色なのになと思う。

 それにしたって何なのださっきから。このおっさんにやけに侮辱されている気がするのだ。

 そのつるつる頭の僻みなのか?色が黒くて悪いかこのやろう。

 ーーあれ?そういえば魔王様、黒は嫌われる色だとか言ってたっけ。

 魔を表すとかどうとか……だっただろうか。

 僕の怪訝な顔を見た店主に鼻でふんっと笑われた。むかっ。

「知らねぇなら教えてやるよ。ーー闇夜は東からやってくるだろ?これは昔、創世神への信仰を疎かにして、邪神に傾倒した東の国から魔が溢れるようになったからだ。魔をもたらす闇に染まって、東夜の民は髪も目も魔の色になる。身に宿した魔によって神々の加護を得られねぇ蛮族、だから東族と呼ばれんだ」

 宗教に根付いた由縁(ゆえん)のお話なのですかーーしかしそれなら。

「太陽だって東から昇るじゃないのですか」

 まぁそれはこの世界が地球と同じような天体であればの話だけれども。

 東から来るのは、夜だけではない。

「それはお前、この国の東側から昇るんであって……東族の国に太陽は昇らねぇだろうがよ」

 うわぁ勘違いも甚だしい……。思い込みの激しいおっさんなのだ。日のいずる国は万国共通だというのに。

 ーーもしかして昔、日の沈む国の天子に宛てた手紙も今のおっさんの言葉みたいな感じで綴られていたのだろうか。外交しようとしてそれはないと思うけれど……。

 もし万が一そうだったとしたら、これは怒らない訳ないのだと思った。謙虚なこの僕でさえむっとするのだからな、ぴふぬ!

「俺らのように敬虔な神の使徒からすりゃあ、東族なんて魔人と大して変わらねぇって事だ。分かるか?」

 分かるかっ!

 このおっさん、人を見下して自尊心を得るタイプの人間なのだろうか。そんなの最低なのだ!自由平等のお国柄の僕には、共感の余地などないのだぞ!

 自慢気に語る店主は他人を罵り悦に入っているようだった。ふんぞり返る姿に不快感を覚えるが、情報は力ーーと思い直し、ぐっと堪えてそのよく回る口に問い掛けた。

「魔人、とは何なのです?」

「おいおい、そんな事も知らねぇのか?あんた、本当にお上りさんみてぇだな」

 しょうがねぇなと言って店主は少し声を潜めた。

「噂をすると影を喚ぶからここだけの話だぜ?ーー魔人っつーのはその名の通り、魔と人との混ざりものの事だ」

「混ざりもの」

 聞いた単語だ。カゲヤンが最初、僕の事をそれではないかと疑っていたやつだ。

「人と魔が契って生まれたもの、人に魔がとり憑いたもの……場合は様々だがとにかく純血じゃねぇ混ざってるものを混ざりものって言うんだよ」

 ぴむ。人以外のものと混じってしまった人の総称だろうか。……ん?待つのですよ。

「神と人が混ざっても混ざりもの呼ぶのですか?」

 魔と人の混ざりものがいるのなら、神とはどうなのか。

 更に言えばRPGっぽく獣人とかも居るのかもしれない。ーー混ざりものと一口に言っても色々とあるのではないのだろうか。

「馬鹿、不敬な事を口にするんじゃねぇよ!」

 慌てたように店主が手をわたわたさせた。

 僕の事を馬鹿と言う時点で不敬であるのだ!と憤慨するが、続く言葉にそれは呑み込んでやった。

「神との混種なんてあるものかよ。神様は人に必要以上に干渉なさったりしねぇ。……稀に神の寵を得た者が、大いなる力の片鱗を借り受けられる事はあるが、それだって神様の気紛れでしか有り得ねぇよ」

 ぴむぴむ。神様は人とはあまり関わらないのですね。気に入った人には力を貸してくれるのか。

 それは依怙贔屓(えこひいき)なのか、それとも選ばれし者にもたらされる的な力なのか。……神よ、それはもしや厨二病的なものですか?

 しかし成る程、この国の事が何となく分かってきた気がするのだ。

 神、人、魔という位付けが教えとして国に普及し、魔に属すると言われる東の国の人は蔑視されるようだ。

 この聖都は創世神の加護を受けていると敬虔な国民は誇りーーそれが驕りとなって、他国への侮蔑になるのだろう。

 大変不愉快なのだが、それを当たり前として捉えるのが普通なのだな。このおっさんの性格が悪いってのもあるだろうけど。

「ーーで?買うのか、買わねぇのか?営業妨害しといてそれはねぇだろうな」

 はっとした。そういえば店の前を占領したまま、長々と立ち話に興じてしまったのだ。

 喋ってたのは主に店主だが、質問をぽんぽん投げ掛けたのはこちらなので、少し反省してやる。ぴむ。

「買うのですよ。ーー色々お話聴かせてくれてありがとうございました」

 渋々だがぺこりと頭を下げて感謝を告げると、店主はにやりと笑った。

「おう、話し駄賃も兼ねて沢山買え」

 そうきたか。商魂逞しいのだおっさん。

 本来の目的を達成すべく並んだ商品を眺める。陽気を弾き艶々とした林檎を手に持ってみると赤々としていてずっしりと重い。どれも新鮮そのものだ。店主の性格の割には、良い品が並んでいるのだな。

 ーーよし、今夜はカレーにするのだ。

 そうと決まれば話は早い。人参やじゃがいも、玉ねぎなど必要な物を多目に選んだ。

 何せ二人とも食欲大盛なのだから、いっぱい買っておかねばなのだ。

 店主は「まさか本当に買う気なのか?しかもそんなに買えるのか?」と訝しげな顔をしつつも、紙袋に次々とそれらを詰めてくれた。

「あ、お肉もっと下さいですよ。ーーうん、この位で勘弁してやるのです。さて、おいくらですか?」

 あらかた見繕えて満足した。いそいそ麻袋の口紐を解くとーー。

「占めて三千四百羽貨だ」

 ……うか?

 じゃらっと貨幣の鳴る音と耳慣れない言葉が同時に耳に入った。目は開いた麻袋の口の中ーー見た事のない貨幣へと向く。

 形はゲームセンターで見るメダルを二枚重ねたみたいな平たい丸をしている。片面には数字のような文字、もう片面には羽の図柄が浮き掘りされていた。

 柔らかそうな羽が緻密に描写されていてとても美しい……のだが。

 ーーえ、何これいくらなのだ!?

 どれがその羽貨なのか、はたまた全部がそうなのか……ぱっと見は同じ貨幣に見えるけれど、微妙に色が違ったり数字らしき記号が違ったりしている。どれがいくらになるかなんて判別出来ない。

 ーー不親切だ、何故にそう何種類も造るのだ!

 しかし考えてみたら、日本の硬貨だって六種類もあるのだ。札を加えたら九種類。……ぴくそぅ、一概に責められない。

「何だ?まさか足りねぇなんて言うんじゃねぇだろうな」

 足りない以前に貨幣が分からないのだ。

 ーーなんて言ったらこのおっさんに「東族は金の価値も分からねぇときたか」と更に見下げられる事必至なのだ。

 僕は東族ではないのだが……それが尚更、勝手に東夜の民の方々の評判を貶めるのは(はばか)られる。

 ーーそもそも、このおっさんにこれ以上嘗められるのは癪なのだ!

 という虚栄心に支配され、目に付いた金色の一番綺麗な硬貨を一枚、ていやっという勢いで勘定台らしき板の上に置いた。

 暫しの沈黙ーーそうっと店主を見遣ると、置かれた硬貨と僕の持つ麻袋を見ていた。

 その目が僕へと向けられる。

「……これがあと三枚は必要なんだが?」

 しまった。つまりこの硬貨は千羽貨という事か、失敗したのだ。

 これで絶対僕はお金が分かってないと丸分かりになってしまった事だろうーーぴくそぅなのだっ。

 自棄気味に同じ硬貨を出そうと袋を漁っていると、ふと手元が翳った。

 何なのだ?と見上げてーー思わず硬直してしまった。

「店主、(たばか)りは良くありませんよ。貴方の行いは神も知る事となり、その身からかの神々の恩寵は失われてしまいます」

 凛と涼やかな声音が、まるで川のせせらぎのように耳に滑り込んできた。

 その人を起点にさらさらと金の川が流れ、辺りの喧騒を退けてその場を神々しく輝かせたようだった。

「ク、クリスティアーチェ様!何故このような所に!?」

 店主の仰天した声に僕は我に返った。

 ぱちぱちと目を瞬かせて星を散らしてから漸く、並び立つその人をそうっと覗き込んでみた。

 ーーぴゃあぁぁっ!凄く綺麗なお姉さんなのだ!

 年は僕より二、三歳上位だろうか。

 長い髪は日の光を受け本物の黄金もかくやと言わんばかりの輝きを放ち、金の川のように緩く波打っている。その一部は結い上げられて銀環の髪飾りで留めていた。

 額と首には揃いの涙形の水晶が付いたティアラのようなアクセサリー。

 衣装は裾広がりな白と黄色の衣を何枚か重ねているようで、その衣の胸下を押さえた帯が背中で翼のような広がりを見せていた。一枚一枚に精緻なレースや宝石が縫い付けられていてかなり豪奢ーーなのに、それらよりもその人自身の方が煌めいて見えた。

「先程主街道でお見掛けした際、この方から強い神力を感じましたもので。……伺ってみて、正解のようでしたね」

 ぴ?そういえば先程メインストリートで目があった一際綺麗なお姉さんが居たですよ、貴女でしたか。

 その金の睫毛が伏せられて、同色の眼差しが店主を哀しげに見詰めた。何もしてないこちらまでも、罪悪感にぎゅっと胸が締め付けられる。

 ーーおっさんの分際で美人を悲しませるなんて言語道断なのだ!

 僕はきっと店主を睨み付けた。

「ち、違いまさぁ!私ぁただこの東ぞ……いえ、お客さんが色々知らねぇようでしたので、それを教えてあげようと……」

 店主は冷や汗をかきつつ金の令嬢に弁解をし出した。あからさまにお姉さんに媚びへつらっているのだ。このお姉さんはそんなに偉い人なのか?

「ならば何故、十万羽貨幣があと三枚も必要なのでしょうか」

 じ、十万羽貨幣!?

 金色美人さんの言葉に僕はぎょっとし、勘定台に乗せた貨幣を取り上げてまじまじと見てしまった。

 ーー確かに金ピカで綺麗な硬貨だとは思ったが、これ一枚で十万もするのか!異界文化は複雑怪奇なのだ。

 というかおっさん、僕から金を騙し盗ろうとしたのか。許すまじ所業なのだ。

 怒りを込めてガンを飛ばすと、店主は美女を前に蒼白な顔で口をぱくぱくさせていた。

 何か弁明をしたいのに言葉が出ないという感じ。その代わりに滝汗がだらだらと、そのこめかみを伝っていた。ーー僕のガン付けにリアクションするどころじゃないようだ。

「詳しいお話は懺悔の間にてお伺い致します。ーーテオ」

「応、任せろアーチェ。ーー行くぞおっさん、待っててやるから直ぐに店終いしろ」

 いつの間に居たのか、金綺羅(きんきら)お姉さんの後ろに、長身のお兄さんが聳え立っていた。

 お姉さんのお仲間か。白と黄色の精緻な法衣のような外套から鎧がちらりと覗いていた。腰には大きな長剣が提げられ、武人めいた雰囲気を醸し出している。

 立ち上がった橙煌色(とうこういろ)の髪は光の加減で、炎のような赤にも、煌めく金にも見えた。

「おい、早くしろ」

 橙色お兄さんの催促に店主はビクッと身をすくませるが、体が動かない様子だ。

 救いを求めるように目が泳ぎーーその焦点は僕へと定められた。

「待って下さいですよ」

 その視線を受けて、僕は武人系お兄さんへと声を掛けた。

 店主がぱぁっと顔色を良くし、逆にお兄さんは険悪な色を滲ませた。

「おい嬢ちゃん。まさかとは思うが、このおっさんを庇う気か?ーーこいつはお前を騙して金を盗ろうとしてたんだぞ」

 髪と同色の瞳を燃やして諌める長躯お兄さんに追従するように、神憑り美女も僕に向き合った。

「貴女は清い心をお持ちなのですね。ですが、この者は身の内に邪なものを抱えています。それを浄化しなくては、神に見放されるのはこの店主なのですよ」

 教え諭すように柔らかく言われた。慈悲が覗く声音は思わず跪きたくなる程の清廉さではあった、が。

 ーー悪いのだけど、二人がかりで説法をされても文化違いの僕には関係ないのだ。

 僕は首を横に振ってから、二人の言葉を遮るように麻袋を持ち上げた。じゃらりと重そうなーー実際重い、硬質な音を響かせる袋を前に二人は黙り込む。

 何をーー?と問い掛ける二つの視線に僕は答えた。

「この中から三千四百羽貨を出したいので、どれがそうなのか教えて欲しいのですよ」

 二人にぽかんと呆気に取られた表情を浮かべられた。店主はぴしっと固まったようだが、そのまま畳み掛けるように続ける。

「この国の制度に関して僕が口を出す事は何も無いのですよ。店主を裁くも捌くも縛するも、お国の方針に沿ってやって下さい。ただ僕は食材が買えないと困るので、こっちが終わってからそれをやって欲しいのですよ」

 おっさんを庇う気など本人の頭位に毛頭ない。止めるのはあくまで個人的な理由なのだ。お買い得品をみすみす逃す手は極力避けたいーー無理なら、潔く諦めるけれど。

 二人が呆気から呆然とする一方、おっさんの顔色がまた真っ青になるのがよく分かった。


 昼日中の太陽が眩しい中、静まり返った空気にぴぴっと小鳥の囀りが響き渡った。






「……貴女は、変わった気性でいらっしゃるのですね」

  ぴぐむ?ーー口いっぱいに頬張ったまま僕は疑問の目を声の主に向けた。

  ここは主聖道と呼ばれる先程溺れかけたメインストリートの先にある、大きな噴水の広場だった。

 憩いの場なのだろうここは軽食屋や屋台が並び、あちらこちらにベンチが設けられている。広場への階段にも人々は座り込み、思い思いに体を休め寛いでいるようだった。

 やはり地元民だろうと、あの人波は(こた)えるのだろうーーどことなく疲れた感を醸し出す人が何人も見受けられた。

 声の主ーー黄金美人さんと僕は広場の象徴である大きな噴水の前に仲良く腰掛けていた。

 座り込む前にレースのハンカチを敷いてくれる細やかな気遣いに胸打たれていると、近くの屋台からクレープのような軽食を買ってきてくれた。

 先程国民が迷惑をかけたお詫びだと言われたけれど、お姉さんは悪くないし寧ろ助けられた訳でーー。

「実は私、甘い物に目がないのですけれど、なかなか機会がなくて食べられないのです。なので、ご一緒して下さいません?」

 ぴぐぬ……と唸っていると、こっそりといった風に耳打ちされた。

 気を遣わせない為の方便なのだろうが、イタズラめいた面差しでぱちんとウインクを決められたら抵抗する余地はない。陥落なのだ。

 何なのだこの人は、聖女の皮を被った紳士なのか。惚れてまうやろー!と心の中だけで叫んでおいた。

 心の動揺を悟られないよう一心不乱に生クリームとフルーツたっぷりのクレープ擬きを美味しく貪っていたのだが、そこに先程の台詞なのだ。

 ーーさっきは清い心の持ち主とか言ってなかっただろうか。その認識の方が正しいのですよ。変な風に改めないで欲しいのだ。

「そんな事ないのですよ。お姉さんの聖人っぷりには負けます」

 遠回しに僕だって清廉潔白な気質であるのですよーとアピールしたつもりだったのだが、ふわふわ金髪お姉さんは違う所に反応した。

「私、まだ名乗っておりませんでしたねーークリスティアーチェと申します。聖人っぷりなのは、私がこの国の聖女を務めているからでしょうね」

 くすくすと面白そうに僕の言葉を繰り返し、クリスティアーチェさん……名前長いな、噛みそうなのだーーが、物憂い可憐な笑顔を向けてくれた。

 それに見惚れつつ、聖女とはどういう生業なのだろうと考えた。

 この都と名前が似ているし、さっきおっさんも敬意を払ってお姉さんに相対していたようだし……やはり結構偉い聖職者様なのだろうか。

「貴女のお名前は?」

 ぴむむ、いかん。一人思考にどっぷりはまってしまっていた。

 挨拶は日本の礼儀、礼節を欠くなんて偉い僕にはあるまじき行為なのだ!

「あぁ申し遅れましてすみません、僕は烏滸鳥といいま……す……」

 ーー今、何と口走ったのだ僕は。

「烏滸鳥……?」

 美人の困惑顔、良いですなーーってそれどころじゃない。

 ああぁカゲヤンの馬鹿馬鹿馬鹿っ!あんまりに烏滸鳥烏滸鳥と連呼するから、ついぽろっと口をついてしまったではないですか!自分で馬鹿鳥と名乗るとか痛い子過ぎるのですよ……!

 ぴぐあぁぁと唸る僕を前にクリスティアーチェさんは微妙に顔を歪めた。

 ーー笑うならいっそ思い切り笑って欲しい、我慢されると余計にいたたまれないのだ。

「つ、連れに理不尽にもそう呼ばれてましてですね、決して僕がそう名乗ってるのではないのですよ!僕は純然たる女子、名誉ある女子高生なのでしてーーあの、だから僕の事はどうか烏滸鳥なんて呼ばないで欲しいのですよ、くりぇすてあーちぇさ……ん」

 ……テンパって噛んでしまったのだ。

 とうとう我慢出来なくなったのか、クリスティアーチェさんはぶっと吹き出すと背を向けた。

 うん、ふるふる震える肩から金髪が溢れる様は美しいなーーレッツ現実逃避。

 しかし羞恥は容易には治まらず、だんだんと復讐心が芽生えてくる。

 おのれカゲヤン覚えてろなのだーー食育という名の調教、徹底的にしてみせる!

「ご、ご免なさい。……宜しければ私の事はアーチェと呼んで下さい」

 闘志を燃やす僕に振り返ったその人ーー振り返り美人なのだーーアーチェさんがそう言ってくれた。

 ぴむ、短くなって言い易い。助かるのですよ。

「貴女の事は……では、小鳥さんとお呼びしても宜しいでしょうか?」

「宜しいのですっ」

 思わず前のめり気味に食いついてしまった。

 おお、愛らしい僕にピッタリな呼び名なのですよ!鳥からは離れられないようだけどこれなら許容範囲なのだ。

 素晴らしい!敬意を持って、アーチェ様と呼ばせて頂きます。

「女子高生、というのは小鳥さんのご職業か何かですか?」

 ぴ、そうか。この世界で女子高生なんて言葉はないのだろうな。異文化交流と洒落混みますか。

「そうなのですよ。日々勉強に励んでおりますです。ーーアーチェ様は聖女様?」

「ええ、私はこの国の神事や祭事などに携わっております。大聖堂の象徴である為、神の御遣いと言われる事もありますね。聖女は神の神代となる者ーー当代で最も神力に優れた者がなります」

 アーチェ様は色々教えてくれるつもりのようだ。

 さっきの事で僕がここに不馴れな余所者だと分かったからだろうかーーなんて親切なのだ。

「という事は、アーチェ様は一番神力が強いのですね」

 凄いな、美人で力があっておまけに優しくて聡明。絵に描いたような完璧っぷりなのだ。どこの国のお姫様なのですか。

 ん?そう言えばこの国のお姫様も金色じゃなかっただろうか。もしやアーチェ様は王女様ーー?ピッタリ相応しいのだ!

 アーチェ様が王女様だったら、この国は安泰だろうな。

 ーー結婚に関してはこれ程の美人だから、引く手あまたで荒れに荒れそうだけど。でも是非そうであって欲しい、夢が膨らむのだ!

 しかし神力か。ーーニュアンスからして、それは魔王様達の力とは違う聖なる力とかなのだろうと見当を付ける。RPGで培った経験値は意外な所で役に立つな。

「ええ。私は一翼神(いちよくしん)から祝福を受けました。この身にはかの神から与えられし、強大な神力が宿っております」

「ー翼神?創世神ではないのですか?」

「……創世神はその翼を落とし、八の神々を産み出したのです。完全体である創世神から分かれた神々をそれぞれ、一翼神から八翼神と言います」

 落としたって……切り落としたりでもしたのだろうか。ぴいぃっ想像するだけで痛いのだ!

「翼の神々はその強大な神力の均衡を保つ為に相反する力を持ちます。私に祝福をもたらした一翼神も善悪や愛憎、流転と恒久、自由と義務……などを担っておられまして、そうした矛盾を司る事によって力はいくらか相殺され、制御出来るものとなるのです。ーー強大過ぎる神々の力は、加護であろうとも身を滅ぼす業火と成り得ますから。この世から矛盾が絶えないのもその為。……必要悪は神世においても避けられない定めなのです」

 ぴぇえ……な、何か難しい話になってきたのだ。

 えぇっと、創世神から生まれた翼神は八人……いや、神様だから八柱か。その八柱の翼神は強過ぎる力を何とか抑え込んで、人にとって無理のない程度の祝福を与えてくれる、と。

 その一柱である一翼神から力を貰ったアーチェ様はそれで得た神力で選ばれて、聖女を勤めているという事……なのだろうか?

 ぴむぅ、そうまでして神様が人に祝福とやらをくれるのは何か思惑あっての事なのか?

 ……よく分からんのですよ。

「因みにテオ……先程居ました私の連れも、五翼神から加護を受けし者ですよ」

 と言うのは、さっきおっさんを連れて何処かへ行ったオレンジお兄さんの事か。

 ぴむ、テオさんか。聖女様はお付きの者まで只者じゃないのですね。

 そう言えば、そのお兄さん以外にも同じ格好をした人達が居て、その数名が離れた所からこちらをずっと窺っていた。アーチェ様の護衛なのだろう。……もしや彼らも高い神力とやらを持っているのか?

 視線を向けているとその中の一人、壮年の男性と目が合ってーー睨まれてしまった。ぴいっ。

 不吉な色の者と大切な聖女様が談笑されるなど言語道断ーーと物語っているような視線なのだ。お叱りの眼差し、頑固じいちゃんの雷が落ちそうな暗雲具合なのだ、恐ぇ!

 頬のひきつりを誤魔化そうと空笑いをすると、聖女様もその視線に気付いたようだった。困ったように儚いため息を漏らす。

 ーーその色気は一体どうすれば出せるのです?是非伝授して欲しいのだ。

 食育にお色気を加えて魔王様を陥落出来れば、早く家に帰れるのではないのだろうか。

 ーーいや、これ程の色気は無理だろうな。

「申し訳ありません。私はそろそろ戻らなくてはならないようです」

 ぴむ?そうか。聖堂の象徴たる聖女様だ。お祭りの日に、本来はこんなにのんびりとなどしてられないのだろう。

 長々と引き留めて、悪い事をしてしまったのだ。

「ぴ、そうなのですか。お忙しいのに、ご馳走までして頂いてありがとうございました。あ、良ければ今度お礼に何か作って持って来ますですよ!」

 クレープ擬き、大変美味しく頂きましたのだ。こんなに良くして貰って迷惑をかけたままという訳にはいかんのですよ。お礼返しは日本人のたしなみなのだ!

 夏はお中元、年の瀬はお歳暮。お世話になった人には感謝の印をプレゼントなのだ!

「そんな、お気になさらないで下さーーえ?貴女が何か作……お作りになるの?」

「まさか、無理でしょ」と言うように問われて、思わず片頬がひきつってしまった。

 ぴぐぬ、ショックなのだ。よもやアーチェ様にまで僕が何も出来ない烏滸鳥だと思われていようとは。

 聖女様にも食育が必要なようなのだな、僕はやれば出来る子なのだと知らしめてくれるのだ!

「甘い物はお好きなのですよね。何か食べられない物などはありますですか?」

 聖職者は殺生に関わるからお肉を食べてはいけない、という話を聞いた事があるのだが、この世界にもそういうのはあるのだろうか?

「いえ、特には……」

 大丈夫そうなのだな。よしっ。

「では明日作って来るのですよ……ってアーチェ様、お忙しいですかね?会えませんですか?」

「いえ、私は大半大聖堂の方におりますので、会えない事はないですよ。そうですね、昼過ぎでしたら少し空いてますかと」

 ぴ、良かったのだ。これで食育……違った、お礼返しが出来そうなのだ。

「では明日大聖堂に会いに行きますですよ!」

 にっこり笑いかけると、アーチェ様もつられたように笑みを返してくれた。ぴむ、美人の微笑みは目の保養なのだ。

 ーーって、ちょっと待て。その大聖堂って何処にあるのだ?肝心な事を聞き忘れる所だったのだ。

 聞いておこうと尋ねかけた時ーーバタバタと数人の足音がこちらに走り寄って来た。

 物々しい格好をした甲冑君達とさっきの橙色の護衛兄ちゃんだった。大分恐い顔をしているが、何かあったのだろうか?

 一息吐くと潜められた真剣な声音でアーチェ様に語り出す。隣に座る僕にもそれは漏れ聞こえた。

「アーチェ、姫が拐われた」

  ……ぴ?

「まさか……クリミア様が?」

 驚愕を(あらわ)にアーチェ様が立ち上がった。慌てて僕も立ち、敷いていたハンカチを拾い上げる。

「そんな事はあり得ません。それは貴方もよくよくご存知の筈……」

「だが今、王宮は金蘭姫が奪われたと大混乱だ。(じき)にこの町にも混乱が広がるぞ。……俺達は外壁の警備を見て来っから、お前は聖堂に戻って民の混乱を少しでも鎮めろ」

「……本当なのですか?」

「冗談なんか言ってる場合じゃねぇ、急げ」

 ぴぴっ!突然何事なのだ!?金蘭姫が拐われた?

 王女様はアーチェ様じゃなかったのか信じられない……ってそこじゃなくて、王女様が拐われるなんて一大事なのだ!

 まさかの王道展開がここに……って喜んでられる雰囲気でもないのだ!

 一体誰がそんな事を?傍迷惑なのですよっ!

「しかし何故拐われたと?犯人が何か残したのですか?」

 ぴ、確かにそうなのだ。

 お転婆な王女様だったら城の生活に飽々して自分から出ていったとか、盛大なかくれんぼをしている可能性だってあるのですよ。ーーおしとやなお姫様だったらそれはないか。ぴむむ、クリミア様は後者なのですかね?

「姫の部屋に拐かしの魔力の跡があったんだとよ。それから手紙も残されていたとかーー返して欲しくば我が館へ奪い返しに来い。って感じの内容らしいぞ。ご丁寧に署名までされてな……ちっ、嘗めてやがる」

 署名とか律儀な犯人なのだな。それともおちょくってるのですか?

 ぴむ、聖騎士団を結成して討伐するしかないなそんな不届き者は。どんな奴なのだ?

 関係ない僕が闘志を燃やす前で、テオさん……という名前だった気がするお兄さんがーーその名を口にした。


「拐ったのは黒塵(こくじん)の森にいるといわれる魔人……灰塵王、だそうだ」

 ……ぴ?

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