あいも変わらず
「ジュリアさ~ん。みるすぺっくって何なんすかね~?」
レジカウンターの下に雑誌を隠し置いてこっそり見ているマキが気の抜けた声を上げた。
店内を動待機しているジュリアは
「あー。アメリカ軍の物資に関する規格。あるとあらゆる条件でも壊れねーように定められたメチャメチャ厳しいキマリ」
そうさらりと答える。
「ほぇー。よくわかんないけどパネェっすね。つーことはこのスマホは壊れにくいって事っすか?」
「まぁ、本当にミルスペックをクリアーしてるならな」
「ナルホドォ~」
マキはそう言うと再び雑誌に目を落とした。
「つーかマキ、オメーまたスマホ変えンのかよ」
ジュリアは呆れ半分でいうとレジカウンターの方に寄っていった。
その気配に気付いたマキは顔をあげてジュリアの方を見るとニヤニヤしながら
「てーかジュリアさん軍隊の事、相変わらず詳しいスね~」
そう言うとまた雑誌の方に視線を戻した。
「専門は昔の日本軍なんだけどな」
ジュリアもまんざらでもない表情を浮かべると視線を館内の方に向けた。
平日の昼下がりなのでオルタの館内を含め客はまばらだ。他のテナントの従業員も雑談や付帯業務をしている姿が目立つ。
それらを軽く見流すと再び店内に視線を移した。相変わらずレジカウンターでマキが雑誌をコッソリ読んでいる。
本来は先輩として注意すべきなのだがそう目くじらを立てる事もないだろうと思いそのままにしておいた。
「ヒマなウチに休憩いっとくわ」
ジュリアはそうマキに言うと店をあとにした。遠くでマキの「いってらっしゃーい」と言う返事が聞こえる。
従業員用のエレベーターはなかなか来ないので階段で屋上まで行く事にした。
屋上にでると天気は快晴で見上げるとちょうど飛行機が飛んでいるのが目に入った。
ジュリアはしばらくそれを目で追うと備え付けのベンチに腰を落とした。近所のコンビニで購入したアンパンをかじりながら缶コーヒーを煽っているとそこに巡回中の巨漢警備員、寺田があらわれた。
「よぉー、テラっち」
ジュリアは片手をあげて挨拶をすると寺田はそれに気付いた様子でこちらのほうによって来た。
「やぁ、神田さん休憩ですか?」
「てめー毎回わざと言ってんのかよ?本名で呼ぶなって言ってんだろ」
「そんな法律どこにあるんですか?」
寺田は悪びれる様子もなくジュリアに反論する。
「ッチ。いつからそんな減らず口叩くようなったんだよ。まったく」
ジュリアは組んだ足の膝を利用してほう杖を付くと口を尖らせて寺田からプイッと目線を離した。
「あ、ところで今月の『丸』見ました?」
その様子を見た寺田は少し悪い事をしたと思ったのか、柔らかい口調でジュリアが興味を引きそうな話題をふった。
「見た見た!夜間戦闘機『月光』の特集だろ!」
「剥き出しのレーダーアンテナがカッコいいですね」
その言葉を聞いた瞬間にジュリアは膝を「パンッ」と叩いて
「かーっ!!テラっち解ってるじゃねーか!あの八木アンテナがいいんだよ!月光は」
「まぁ、当時の日本だと機上レーダーの運用は難しかったとか?」
「なーんでオメーはそう人の上げ足を取るような事を言うのかね~」
「事実を冷静に述べただけですが」
少し間が空いた後にジュリアがニヤリとして
「相変わらずだな」
と、言い放つ。
「そうですね」
寺田も同調するように返事をする。
二人はお互いの事を笑うと寺田の方は巡回に戻る為回れ右をして、階段のある方に向かって行った。
休憩を終えたジュリアは店に戻るとマキに何か変わった事は無いか一応聞いてみたが
「なんもないっスよ~」
と、相変わらず気の抜けた返事が返ってきただけだった。
「そっか。じゃあマキ休憩行って来な」
その言葉を待っていましたと言わんばかりにトレードマークの赤いツインテールをなびかせながらマキは店を後にした。
それを見送ったあとジュリアはレジカウンターに入りマキが何かやり残してないかを一通りチェックをしたあと店内を軽く見渡した。
休憩前と特に変わった様子も見られないので大丈夫だろう。商品を補充する必要もなさそうだ。
館内の様子も休憩前とさほど変わりないので必要以上に忙しいなる事もないだろう。
しばらく客の入り具合を観察していたが、まだ夕方前と言う事もあってあんまり芳しくないのでショップブログを更新する事にした。
再度レジカウンターに戻りノートパソコンを立ち上げると店内に人の気配がしたので慌て顔を上げた。
「ちょっと、何そんなにビックリしてんのよ」
レジカウンターの正面にはカヨが立っており腕組みをして立っていた。
「なんだ。カヨかよ」
ジュリアは少し安堵した感じでカヨに話しかけた。
「なんだとは随分ね。どーせあれでしょ?また軍艦や飛行機の事、店のパソコン使って調べてたんでしょ?」
カヨの口元が不敵な笑みを浮かべている。
「ちげーよ。ショップブログ更新しようとしたらオメーが来たんだよ」
「ふーん、そうなの」
その口調から信じて無さそうな感じがしたがジュリアは気にはならなかった。二人の間柄だ。これ位の事は問題の内にはならない。
「ところでカヨ。なんか用か?」
ジュリアはキーボードを叩きながらカヨに聞いた。
「いや別に。ところでマキちゃんは?」
「休憩」
「そっか、私も忙しいくなる前に一服しよっと」
ジュリアはキーボードを打つ手を止めると
「つーかカヨ、マキに変な事吹き込むなよ」
そう言い放った。
「そんな怖い顔しなくてもいいでしょ。二人とも相変わらずねぇ」
カヨはニヤニヤしながそう言うと回れ右して店を出て行った。
昼下がりの新宿オルタは相変わらずノンビリとした空気に包まれていた。
ジュリアはそれを別に悪くは思わなかった。むしろこの雰囲気があったからこそ、ここまでやってこれたのだと思っている。
良くも悪くも水があっていたのだろう。
そんな事をふと思うと再びキーボードを叩き始めた。
JR新宿駅東口を出てすぐ。大型の街頭テレビを設えたファッションビル「新宿オルタ」
彼女達が働くこのビルは相変わらず混沌した雰囲気を醸し出している。




