其ノ七 白鼠
眷属神なるものをご存知でしょうか。
色々とお忙しい神様に代わってお使いをする神様であります。
有名な所では、稲荷神の狐に、熊野神の烏、日枝神では猿、八幡神ですと鳩、春日神は鹿とございます。
奈良の鹿も有名ですよね。
余談ではありますが古くは平安の頃、当時盛んであった春日詣での折に、貴族達が牛車から降りて春日神の使いである鹿にお辞儀をしたのを真似るようになったという一説もあります。
他にも、毘沙門天様は虎が、弁財天様には蛇や竜がお使いを致します。
害を成す動物だからと、うっかり殺めたら実は神の使いで、末代まで祟られるなんて話は民話にも多いかと思います。
関係ありませんが道端にタンや唾を吐き捨てると、全国行脚中の神様やお地蔵様やお坊様に掛かってしまい、いらぬ不興を買う事もございますので控えた方が宜しいかと思います。
タンや唾ついでに、最近の歌で流行っておりますトイレの神様は弁財天様ですので、こちらへも吐き捨てると激しく怒られてしまいます。
昔のアニメで、全国で一番有名な家政婦さんがその様に仰っていた記憶がございます。
さて、師の事務所を兼ねた家の近所に佐々木さんという方が住んでらっしゃいます。
佐々木さんの奥様は信仰厚い方ではありますが、特別何か修行を積まれている訳ではなく、特別な力を持っている訳でもなく、仏壇へ日々の勤めを欠かさない方です。
奥様は稀に変わった夢を見られると師の下へと訪れるのですが、以前ほとほと困った表情で師へ相談してらっしゃいました。
その時は、何でも夢の中に大きな竜が出てきたそうです。
時刻は夜で見上げれば暗闇に覆われた空、大きく開けた場所をぐるりと囲むのは満開である桜の木々です。
そして、桜の合間から首を伸ばして開けた場所の中央に頭を置き、のんびりとした様子で寛いでいる竜の姿。
それだけであればちょっと不思議な夢と思い、奥様もわざわざ師の下へと訪れなかったでしょう。
桜の木には六角形の花見ぼんぼりがあちらこちらにぶら下げられ、桜が美しくライトアップされていたそうであります。
更には、中央でお休み中である恐らく竜神様なのでしょうが、大きな頭には盆踊りで見るような櫓が誂えてあり、その櫓からは周りを囲む桜へ四方八方に伸びた提灯が飾り付けられて、それはそれは綺麗な風景だったそうなのですが、何せ竜神様の頭にある櫓が甚だしく違和感を伴います。
「こんな夢を見たんですけど、何か意味があるんでしょうか」
困り顔の表情で奥様が相談されていたのですが、相談を受けた師も少々困っておりました。
生憎、夢占いは門外漢ですので、竜神様も寛いでお休みされておりますし、怒ってる様子もなく華やかな雰囲気を楽しんでらしたようなので良い夢なのではないか? といったお返事を師がしておりました。
その後、詳細は伺ってませんが奥様にちょっと良い事があったそうです。
他にも、禍々しく見える黒い鼠が玄関の柱を齧っている夢を見た後に、暫くしてから旦那様が急に入院されてしまう出来事もありました。
先日お見えになられた際も、例の如く変わった夢を見られたのだそうです。
奥様は、実は鼠が大の苦手でございまして、お子様がハムスターを飼いたいとねだりましても、大人の不条理さで断固反対し諦めさせたそうであります。
そんな奥様の夢に、何よりも嫌いな鼠が現れたのだとか。
それがまぁ、サッカーボールよりやや小さいかという大きさに丸々と肥えた白鼠が、えっちらおっちら奥様へ向かって歩いてくるのだそうです。
奥様は金切り声を上げながら逃げたのだそうですが、何せそこは夢の中。
幾ら走って逃げようとしても距離が開くどころか、寧ろ縮んでいるような気分だったと仰ってました。
どこに手足があるのか分からない丸々とした白鼠がひぃふぅひぃふぅと奥様を追いかける姿は、鼠嫌いの奥様には申し訳ないのですがどう想像しても可愛いの一言に尽きます。
師の隣で話を聞いていた私は思わず笑ってしまいまして、奥様に軽く睨まれたのも良い思い出であります。
白鼠と言えば大黒様のお使いです。
大黒様はインドからいらした神様で、七福神の一柱である事はご存知の通りかと思います。
米俵に打ち出の小槌、その見るからに財を表しているような大きな福耳と、微笑み浮かべた福々しいお姿は裕福さの象徴とも言えます。
そうです。
奥様はこの夢を見てから暫くして、ちょっとしたお小遣いが舞い込んできたそうであります。
その時の奥様はやけに機嫌良く、日頃お世話になっているからと師の下へ珍しいお菓子を届けて下さいました。
大変、美味しかったです。
堪え切れない、隠し切れない機嫌の良さを思うに、かなりの『ちょっと』だったのではないかと私は推測しております。
何せ、サッカーボールほどに丸々と肥えた鼠だったそうですから。
実に羨ましいお話です。
白蛇も思わぬ財が舞い込んでくるとは言いますが、煩悩にまみれた私の所へは白鼠は疎か白蛇さえもお使いには来て下さいません。
まだまだ修行の足りぬ身でございます。