54. 最強の魔法
「ッ……!!」
凄まじい轟音と共に、先ず天井が失われた。
宝珠が手から離れ、それを捕まえようとして対処が遅れる。既に存在していなかったが、天井に叩き付けられそうな勢いで体が上に吸い上げられた。
「……!!」
ぎりぎりのところで宝珠を左手に掴み取る。
「上だ……!!」
何が起きているのか分からなかったが、危機の源が自分の上にあることは分かった。上空のそれと自分の間を遮断しなければ危ない。
ほとんど本能的に判断して、魔法の巨大な膜を自分の上に面状に形成した。
「はっ………」
その途端、体が宙から一気に落ちて行き息を呑む。
空中で体を回転させて一応受け身を取ったが、床に打ち付けられる前に魔法を発動させ、宙に体を留めることが出来た。
上からの力を完全に遮断出来ておらず、砕けた床の欠片が体の下でカタカタと震えていた。何かの魔法が、少なくとも神殿全体を対象とする広い範囲に襲い掛かっていた。
「……!」
その魔法を確認しようと空を見上げて声を失った。
丸屋根は完全に失われていて、白い空がそこに直に広がっていた。九本の柱も原型を保っている物は一本もない。そして神殿の中央の真上に当たる位置に、強烈な光を放つ小さな球体が浮かんでいた。
まるで小さな太陽のように強烈な光。その光が柱も床も自分も、全てを吸い寄せようとしている。
今は保護魔法で威力を防いでいるが、巨大な屋根を千切り取ったのだから尋常な力ではない。
屋根はどこに?
光と白い空しかないことを異常と感じた。
全てが掻き消えたかのように、屋根の欠片や塵が一切見えない。
まさか光の中に吸い込まれた………?
「うっ……!」
吸い寄せられる!
保護魔法がびきびきと軋む。体が持ち上がり、床の欠片が宙に浮いた。柱の残りの部分がめきめきと悲鳴のような音を立てる。
外に出るべきだ。
魔法には有効距離がある。その発動場所から距離を取る程影響が弱くなる。周囲を見回して、一番短い距離で脱出出来る方向を見定めた。
「――――――――――――」
まだ完全な形状を保っている物にその時気が付いた。
祭壇と祭壇の周りの床だけ亀裂が入っておらず、綺麗なままだった。
その天面に刻まれたたった一行の言葉が目に入る。
――――――――――――――――――『我が名はレベルゼ』
「………!」
背筋が冷たくなるのを感じながら宝珠を握り締めた。
先ず脱出だ。
そう自分に言い聞かせ、それ以外の一切の思考を頭の中から追い払った。
偶然なのか外までの距離が一番短いのは祭壇の方向だった。恐怖心をねじ伏せ、祭壇へ向かって一息に加速した。
一秒後には神殿の外へ出ていた。
生きて戻ろうと誓っていた外の世界。
だが霧の森は唸りを上げて震えていた。
木も土も光に吸い寄せられそうになっている。
ガンッ!!!
わたしの保護魔法を失った神殿がその時、轟音と共に砕けた。
ゴウッ、という空気を裂く音を立てながら、全てが光に吸い寄せられていく。柱や床だった物同士がぶつかりあい、がんがんっ、と凄まじい音を響かせた。
「――――――――――――――」
その光景に言葉が出ない。
「な………?」
そして予想を超える現象を目にして凍り付いた。
崩壊した建物は光球の中に消えていったりしなかった。砕けた白大理石は光に接触すると、ただひたすらに小さく圧縮されていったのだ。
全てが光の一部となり、光球が僅かに大きさを増す。
ベキベキベキッ!!
「!!!」
突然、周囲の木や地面が砕けた。
あの光球は何かを吸い寄せる程に大きくなり、大きくなった分だけ威力が増すのだと、状況が教えていた。
どうすればいい。
一度考えてから、光球自体を保護魔法で包んで威力を遮断した。だが完全には遮断出来ず、光に向かって吸い寄せられていく空気が風となり体を打つ。
「……………」
理解出来ない。
ここからわたしが逃げたら、その後はどうなるのか。
あの魔法も終わるのか?
まさか永遠に拡大し続けるのか。
ここは迷宮の外なのに。
「――――――――――――――――――――――――」
手加減なしの勝負――――――――――――――――――――――
まさか。
レベルゼはまさか、手加減なしの勝負を求めているのか。
――――――――――――――迷宮の外で。
ʄʄʄ
「――――――――――――アルト?」
ふいに堪らなく不安になって、わたしは街道で立ち止まった。
思わず周囲を見回したけれど、どうしてなのか分からなかった。
ʄʄʄ
ごうごうと唸る風が全身を打つ。盛り土の上の強烈な光をしばらくの間見つめていた。そこにあった筈の「神殿」はもうない。
ふと、空腹を感じた。
空腹感が限界を超えた後は何も感じなくなっていたのに、呪いが解けたために、体が強烈な飢餓を訴え始めた。迷宮に入って食事を絶ってからもう四日が経っている。胃の中に何も入っていない。
「――――――――――――――」
何か口に入れた方がいい。今の自分は食べなければ死んでしまう体だ。
自分自身を保護魔法で包んで風を遮断し、地面に座った。
用意していた携帯食は鞄の中に手つかずで残っていた。背中から鞄を降ろし、ビスケットの包みだけを取り出す。力が出ないのも困るが、あまり食べても激しく動くことになった場合吐きかねない、と思う。
包みを開け、硬く焼いた四角い塊を二つ、苦労して噛み砕いた。呪いが解けた後の最初の食事としては簡素だったが、贅沢を言うつもりはない。かなり硬いが甘味はあって、それなりの味だった。水は手の中に生成して飲んだ。
すると体の中に微かに力が生じるのを感じた。
空腹感を紛らわせるためだけの呪われていた食事とは違う。
やっと人間に戻れた。
目の縁が一瞬熱くなった。
「―――――――――――」
もう一度鞄の蓋を開け、「小箱」を入れた袋を見つめた。
一度そっとその袋に触れてから蓋を閉め、立ち上がって鞄を背負い直した。
ふぅっ、と息を吐いて小さな太陽を見つめる。
分解は難しい。
あの魔法の原理は、わたしには解明出来ない。
「壊す」しかないだろう。
自分に取れる手段はそれしかない。
もう盛り土しか残っていないが、「神殿」の周囲だけ木がなく、広場のようになっている。自分のいるその広場全体を二重の保護魔法で包み、最初に外の世界との干渉を遮断した。
世界を切り取った音がぱんっ、と軽く響く。
これで光球の引力は外に届かないし、届いたとしても外の物は中に入って来られない―――――自分の保護魔法の強度があの引力を上回っている限りは。
急がなければ空気が薄くなって気圧差で魔法が潰れる。
切り取られた空間の空気をレベルゼの魔法は吸い込み続けていた。
「―――――――――――――――――」
この魔法が止められなかった場合、被害は国や大陸に留まらないかもしれない。
レベルゼに対してもう怒りも憎しみも感じなかった。人間とすら感じられない。ただ受け容れることの出来ない存在として、わたしは最凶の魔法使いと向かい合った。
一度だけ胸に触れ、深呼吸する。
それから、ただ静かに自分の魔法を発動させた。




