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13:謳われる死に決別を-1

1.旅の迎え



 周囲が暗いのか、それとも自分が目を閉じてしまっているのか。それすらも曖昧な中、最初に感じたのは空気の匂いの変質だった。お屋敷の部屋の中ではない、屋外の夜のにおい。

 次いで足の裏に地面を感じるも、転送からの開放の余波で身体が揺れる。一歩、二歩とたたらを踏み、尻もちをつくのも覚悟した時、

「君はつくづく騒ぎに巻き込まれる宿命にあるらしいな」

 感嘆とも呆れともつかない声で言うのが聞こえ、掌で背中――もとい、背負った鞄が支えられた。

 間一髪のところで転倒を免れた驚きと相俟って瞬きをすれば、ようやく薄暗い夜の街並みが目に映り始める。ホッと息を吐きだしながら、体勢を立て直して自分の足で石畳に立ち直した。転移魔術から放り出されてバランスを崩しただけで、何も足の動きに問題が生じている訳ではない。

「シェーベールさんは、何かと面倒事をお願いされる宿命にあるようですね」

 振りむきながら冗談半分に言ってみれば、ため息混じりに「そうらしいな」の一言が返される。薄暗がりで目に入るのは、短い黒髪と黄緑の眼の見知った傭兵の御仁だ。

 声を聞いた時点で分かってはいたけれど、ルラーキ侯爵が派遣した迎えとはシェーベールさんのことであったらしい。状況を俯瞰した上での人選としては、実に完璧である。この人以外にないというか、そもそもこの人以外が有り得ないというか。

 私がおよその状況を把握したと見るや、シェーベールさんは油断なく周囲へ目を走らせた後で「こちらだ」と物陰へと促した。その背を追って夜闇に紛れつつ、早足でお屋敷から離れる。街灯の明かりの届かない陰から陰へ、そして通りを外れる路地へ。

「鞄を預かっても構わないか。今は移動速度が重視される」

「お手数をお掛けします」

 路地を行きながらなされた提案は少々申し訳ない気がしないでもなかったものの、断る理由もまた存在しない。矢筒に干渉しないよう――というよりは、下手に周囲にぶつかって物音を立てないよう気を付けて鞄を下ろし、差し出された手へ渡した。

「念の為、武装はそのまま持っていてくれ。この辺りで刃傷沙汰になるとも思えんが、身を守る術を手放すことはない」

 そう指示を出す傍らでシェーベールさんは大振りの鞄を軽々と左肩に掛け、歩く速度を落とすことなく先へ先へと進んでいく。索敵の魔術は展開しないまでも周囲の様子に気を払いつつ、私もその後に続いた。この状況で分断されるのが一番まずい。距離をあけることなく、ぴったりと。

 幸か不幸か、周囲はひっそりと静まり返っている。接近の物音を察知しやすいのは助かるけれど、正直なところ、それだけでは心許ない。魔術を用いてリアルタイムに周辺一帯の状況を把握しておければ最上なのだけれど、如何せん場所とタイミングが悪過ぎた。

 このシュザン地区は貴族の豪邸連なる王都の中心地であるだけに、そもそもの警備が手厚い。迂闊に魔術を使おうものなら、騎士団に即探知されて人員が派遣されるのが目に見えている。それに捕捉されて時間を取られるのは、およそ最悪の事態に近い。

 そもそも、ラファエル卿だってもう行動を開始しているはずなのだ。ルラーキ侯爵の関与から状況を推測し、足止めが解除された時点で手を打ち始めるのは想像に難くない。お屋敷には既に連絡が入っており、探索の手が放たれていてもおかしくなかった。そんな状況下では、騎士団の探知よりも先にお屋敷に詰めている面々に先に捕捉される可能性すらある。

 ラファエル卿が統括する〈紅玉の獅子隊〉は、この国全土から優秀な騎士を集めて結成された最精鋭部隊だ。ここが山林であればまだしも、都市内での鬼ごっこなら間違いなくあちらに軍配が上がる。加えて、卓越した射手であるダビド卿までもが配備されている。まともに追跡戦で勝負するとなると、相当に分が悪い。

 決して敵対している訳ではなくとも、ラファエル卿に捕捉したら終わりだと考えておいた方がいい。ルラーキ侯爵が動いているから、とラファエル卿が私を見逃してくれるとは端から思っていない。これまでの反応を思い返すに、素直にお父上に従うようなスタンスとも見えなかったし、レインナードさんとの約定がある。私を連れ戻して二度と屋敷から出られないようにするどころか、シェーベールさんまで巻き添えを食うことも考えられた。

「ともかく、どこか身を隠せる場所に案内していただけると助かるのですが」

「もちろん、用意済みだ。移動時間の有効利用を兼ねて、ついでに俺が君の迎えに派遣された経緯も話しておこうか」

「お願いします」

 無事にこの場を離脱するのも大事だけれど、同じくらいその辺りの事情も気になっていた。歩く速度を上げ、ほとんどシェーベールさんと並ぶようにして足を動かしながら食い付く。

 肩越しにこちらへ視線を投げたシェーベールさんは、短く「心得た」と応じると話し始めてくれた。

「事の発端は、今日の午前――やけに急いた様子でヴィゴがギルドに現れたことだ。緊急事態で話があると言って、スヴェアと二人で会議室に籠って密談をし始めた。かと思えば、俺もそこに呼び出されてな。そこで言われたのが、あろうことか『ライゼルを頼む』と」

 そこまで喋ると、シェーベールさんが手振りで路地の壁に寄るよう示した。遠くから馬の蹄音が近付いてきているのは、私も感じ取っていた。壁にぴったり貼りつき、息を殺す。

 隠蔽の魔術を使えないのがネックではあったけれど、左手首の飾りの蝶がかすかに光っているのは、屋敷を出た時点で気付いていた。魔術巧者のルラーキ侯爵の仕込み(・・・)の一つと思しい、騎士団の探知をも欺く高精度な隠蔽魔術が発動している。軽く分析した感じ、私が発動する魔術までもは隠すに至らないだろうけれど、私個人についてはかなりの精度で隠してくれそうだ。

 その作用範囲がどこまでか確かめておきたい思惑もありつつ、同じように壁に身を寄せているシェーベールさんの腕を掴む。漠然と「広がる」感覚があり、シェーベールさんも私が何をしたのか察したようだった。

「随分と高度な術式だな」

「賜りものの恩恵で」

 小声で喋っていると、路地の先の通りを二頭の馬が速足で駆けていった。その背に騎乗していた騎士らしき人たちも、路地に隠れていた私たちには全く気付く気配がない。……さすが、ルラーキ侯爵の仕込みだ。

「行ったな。――念の為、このまま腕を掴んでいてもらえるか」

「了解です。窮屈になってしまってすみません」

「構わんさ、かえって楽をさせてもらうくらいだ」

 馬の気配が消えてから、そっと路地を抜け出す。慎重にルートを選び、時に巡回の騎士をやり過ごし、少しずつシュザン地区の外へと足を進めながら、シェーベールさんはさっきの続きを話してくれた。

「ヴィゴもあれで傭兵としてのプライドは高い方だ。スヴェアの計らいで君と俺が試しに組んでみるとなった時も、大層に反発していたろう? それが一転して、自分から俺に託そうというのだから、よほどの事件が起こったのだと想像は付く」

「そうですね、とんでもない事件に直面しています。その詳細は、ヴィゴさんは喋っていきましたか?」

「いや、何も。スヴェアには語ったのだろうが、俺のところにまで情報が降りてこなかった。ヴィゴとの約束で話せないとかいう言い分でな。ヴィゴ当人に訊こうにも、俺が頷くと見るや転送機で飛び出していってしまった」

「急ぎに急いでいますねえ……」

「すぐにラファエル・デュランベルジェから遣いが来るから待機していろと申し渡されたので、そちらに情報共有を投げたつもりだったのだろうな。しかし、そちらが到着する前、少々ギルドを離れた間にルラーキ候からの接触を受けてな。折角なので話を聞いてみたら、あろうことか君が監禁されているので助けを乞いたいという。そうと言われては、返事は一つに決まっている」

「えっ」

 サラッと言ってくれたけれど、それはギルドの契約的にまずいことなのではないだろうか。ラファエル卿も一枚噛んだことになっていそうな、傭兵ギルドの契約を途中で知らんぷりしたということになってしまうのでは。

「いゃ、あのっ、それって、契約違反になるのでは」

 ざあっと背筋に冷たいものが走り、喋ろうとする舌をもつれさせる。

 いくら何でもヤバいのでは、と私が内心焦りに焦りにまくる一方で、当のシェーベールさんはケロリとしている。全く気にしていないとばかりに。

「まあ、そういう言い方もできる。だが、君を頼むという要請には反していまい」

「……かも、しれませんけども……」

「後は単純に俺の信条だな。苦境にある女性は、可能な限り助けることにしている」

「な、なるほど」

 シェーベールさんはダビド卿ほどではないにしても淡々とした佇まいとしており、一種ストイックな印象を受けていただけに意外な述懐だった。……いや、別に女性が好きとか、贔屓しがちという意味でもないのだろうけれど。

「それで、君は如何にしてヴィゴと共謀したラファエル・デュランベルジェに監禁される羽目になったんだ」

「話すと結構長くなるんですけど……」

「それはそれでちょうどいい。その話が終わる頃には、隠れ家にも着けるだろう」

「分かりました。私の主観で話すので、何か変だと思ったり、気になることがあったりしたら指摘してください」

「ああ、了解した」


 人目を盗んで路地から路地へと移動し、シュザン地区を抜けて傭兵ギルドや商工ギルドがある商業地区へと向かう。移動中に教えてもらったところによると、その一角に隠れ家を用意してあるのだという。その場所へシェーベールさんに先導されてひたすらに歩きながら、長い話をした。

 一連の事態を発端――アルマで起きた同時多発的な自動人形の暴走、それを隠れ蓑にした魔石の大量強奪事件のこと。その犯人と半端に接触したせいで、こちらが狙い返され襲撃されたこと。そうして襲ってきた敵が、北方に封じられた神を奉ずる一派ではないかと想像されること。その結果、ヴィゴさんが私と私の故郷を守る為に独りで発ったこと。

 シェーベールさんはさほど質問を挟むことなく、厄介でしかない話を静かに聞いていてくれた。全てを話し終えたのは、奇しくも隠れ家として用意されたという建物の前に着いた時だ。

 小ぢんまりとした一軒家で、少しも朽ちたり痛んだりした風合いがない。どこかの宿の一室のような場所を思い描いていただけに、少なからず意表を突かれた。

「これが当座の拠点となる。ルラーキ候のが自由に扱える物件の一つだそうだ。必要な物資は用意しておいたし、中にあるものも好きに使ってくれて構わないと言っていた」

「本当に未来を見ているかのように動かれる人ですね……」

 感嘆する傍らで、玄関の戸を開けて建物の中に入る。事前に手を入れていたのか、わずかほどの埃臭ささえない。それどころか、玄関を入ってすぐの通路に大きな鞄が置かれており、何かと思って少し開けてみれば旅に必要な諸物資だった。至れり尽くせりにも程がある。

「今日はもう休んでしまってもいいと思うが、君はどうしたい? 寝る前に情報共有と方向性のすり合わせを最後まで行っておくか」

「半端に課題を残したままだと寝るに寝られそうにないので、今日のうちに済ませてしまいたいです」

「分かった。茶でも淹れてくるから、君は居間で待っていてくれ。これだけ用意周到なら、茶の一つや二つ用意しているだろう」

「ありがとうございます」

 とはいえ、私もシェーベールさんも初めて訪れた建物だ。間取りなど分かるはずもないので、二人してあちこち見て回ってから二手に分かれることになった。

 シェーベールさんは台所でお茶の準備を、私は居間のテーブルに着いて暫しの休憩。程なくしてシェーベールさんはお盆に乗せたティーセットと共に居間に現れ、オマケにクッキーとマフィンのお菓子まで持ってきてくれた。それも台所にあったらしい。

「隠れながらの移動で疲れたろう。寝る前に食べるのが嫌でなければ、少し食べてもいいのじゃないか」

「せっかくですので、有難くいただきます」

 二人でテーブルを囲み、お菓子を食べてお茶を飲む。もっとも、こんな状況下で和やかな時間が長く続こうはずもない。

 私がお菓子を食べ終わったのを見計らい、シェーベールさんが「これまで道々聞かせてもらった話についてだが」と切り出す。その途端、自分の肩に力が入るのが分かった。

「ひとまず、ヴィゴの突然の行動には納得がいった。傭兵側から自己都合で契約解除を申し出るとなれば、違約金の支払いが必要になる。今回の件は情報が規制されていることもあり、言い訳にも使えない。ラファエル・デュランベルジェが違約金と口止め料を払ったのだろう。――すなわち、傭兵ギルドとスヴェア・ルンドバリはラファエル・デュランベルジェ側についた」

「そちらとは別ルートで動いているのが、ルラーキ侯爵という訳ですね」

「そうだな。スヴェアとしては、君に何としても王都に……ラファエル・デュランベルジェの庇護下にいてほしいと思っているはずだ。ガラジオス傭兵ギルドの今後の発展の鍵だと目しているだけに、ヴィゴが最大限警戒するような戦地に向かわせるのはもってのほかだと」

 その見解には私も異論はなかったので、黙って頷き返す。スヴェアさんはレインナードさんの提案を受けて契約内容を変更するくらいには、私の安否にも気を遣ってくれていた。今回の事件に関わろうとしていると知れば、反対するに違いない。

「……とすると、傭兵ギルドの転送機は使えない」

「その他の主要施設も、だな。ガラジオス傭兵ギルドの長ともあらば、さすがにあちこちへ顔がきく。ラファエル・デュランベルジェの遣いが俺と接触できないことを怪しみ、ルラーキ候の暗躍が可能性として浮上してくれば、その旨がスヴェアにも伝わっているだろう。方々へ手が回され、俺と君の転送機利用が阻まれるどころか、迂闊に顔を見せようものならその場で包囲されてスヴェアなりラファエル・デュランベルジェなりに突き出される恐れがある」

「では、どうにかして自分で王都から脱出する術を見つけ出さないといけない」

「そういうことになる。行商の荷馬車にでも紛れていければ助かるが」

「商工ギルドにも手が回っているとなると、完全に独立して動いている方を探さないといけませんよね」

 どうしたものか、と二人揃って首を捻る。他の学生に比べれば、私も市井に知り合いは多い方だと思う。ただし、相手がこの王都の傭兵ギルド長ともなれば、何をどうしたって歯が立たない。

 王都には王城と市井とを隔てる城壁と、王都の街を囲う外殻の隔壁との二つの壁がある。ぐるりと町の外周に巡らされた隔壁には四方に一つずつ門があり、人と物の出入りについて騎士団が目を光らせている。のこのこと近付いて行けば、これまた即捕獲されるのは確実だ。

「俺もスヴェアに拮抗できるほど、この街で自由に立ち回れる訳ではないからな。……とりあえず、夜が明けたら市場の様子を見てこよう。ここからなら、西の市場が近い」

 今夜はもう休みなさい、という指示に否やと答えられようはずもない。いつもの就寝時間より大分早いものの、この日はお茶の後片付けをしてから早々と床に就くことになった。



 少し寒い秋晴れでもって、また新しい一日が始まる。

 シェーベールさんが朝食を買いに行くついでに市場や周囲の様子を確認してきてくれたけれど、今のところ騎士団の方にも目立った動きはなく、あからさまに人探しをしている様子の人たちも見られないそうだ。思ったより大人しいが想定の範囲内ではある、とはシェーベールさんの所感だ。

「ヴィゴとの契約があるにしろ、ある程度は内々のものだろうからな。あちらもそう派手な動きはできまい。そもそも我々が王都を出ようと推測される以上は、わざわざ街中で待つよりも検問と転送機を見張っておくほうが効率的だ」

「確かに。……となると、多少出歩くくらいは大丈夫そうでしょうか」

「そうだな。警戒を解くまでには至らないが、問題はないだろう」

 昨晩よろしく居間のテーブルを囲み、シェーベールさんが買ってきてくれたパンや果物で朝食にする。買い物はまるっとお願いしてしまったので、せめてと思ってお茶は私が淹れた。

 居間はよく陽射しの入る窓が設けられているので、そこまで明かりをつける必要もない。焼き立てのパンのいい匂いで緊張も幾分か解け、食べる手も進んだ。

「どうにかこうにか、王都を出る行商の方を見つけて荷馬車に潜り込ませてもらわなければいけませんからね……。交渉のできそうな人を探さないとです」

「かといって、手当たり次第という訳にもゆくまい。向かう方角がある程度共通している必要がある。これから俺たちがどこへ向かうかは、もう決まっているのか?」

「もちろん――というか、目的地も判然としていなかったのに、よく侯爵の依頼を受けられましたね」

「君が分かっているはずだと聞いていたからな。ルラーキ侯ともあろう人物が、その手の見立てを誤りはしないだろうと踏んだのもあるし、君なら確かに分かっていそうだと楽観した側面もある」

 あっさりと言ってのける人を前に、驚くより先に苦笑が浮かんだ。そう楽観してもらえるくらいには信用されていたのだとすれば、少々荷が重い気がしないではないものの、嬉しくもある。

「そして、実際に間違ってはいないのだろう?」

 少しも疑っていないとばかりの口振りには、もう一種お手上げの気分だった。

 そうですね、と笑い含みに相槌を打ちながら思い返すのは、昨晩の密談風景である。侯爵は私の有用性を指して「森林への適性が非常に高く、魔術も弓もよく使う狙撃兵」と形容した。つまり、戦地は森林なのだ。他にもヒントはある。羅針儀のレプリカが示した方角に、他ならぬシェーベールさんの存在。

 これらの要素を俯瞰すれば、自ずと答えは見えてくる。

「王都から南の森林地帯。私と、ヴィゴさんと、シェーベールさんに共通した因縁。――そうと聞けば、浮かぶものがあるでしょう?」

「……なるほど、ソノルン樹海か」

 パンをちぎる手を止め、一瞬考える素振りを見せたシェーベールさんが呟く。ご名答だ。

「言われてみれば、あの森でエルフに予言めいたものを受けていたな」

「ええ。おそらくは、その関連なのだと思います。敵はアルマで魔石を強奪した後、どういう目論見かは分かりませんが、ソノルン樹海のエルフの里を標的にした。あの場所なら、よほどの騒ぎでも起こらない限り、新聞での報道も控えめになるのでは」

「だろうな。一種の危険地帯ではあるだけに、自力で現場に到達できる記者もそうはいまい。ケーブスンの街では異変を察知していることだろうし、領主に報告が上がれば公に立入禁止の処置が取られていてもおかしくはない」

 ですよね、と頷き返し、洗っただけで皮を剥いてもいないリンゴにかじり付く。シャクッと小気味よい音がし、程よい酸味と甘味が口の中に広がった。美味しい。

 シャクシャクと一口二口と続けてかじり、よく噛んで飲み込んでから再び口を開く。

「おそらく、エルフの里は正式にアシメニオスに救援を求めてはいませんよね。たぶん、状況を把握しているっぽいラファエル卿――並びに騎士団が、そちらに向けた動きを見せていないので」

「傭兵ギルドにも、その手の依頼は来ていない。少なくとも今の時点で外界に助けを求める気がないのだろうな。或いは、そうしなくていいように、樹海に足を踏み入れた者の中で手頃な傭兵に予め前触れをしていたか」

「私たちにそうしたように、という訳ですね。……でも、それだとエルフの里の外からの兵はそこまで数が多くなさそうじゃありませんか。ああいう声の掛け方じゃ、とてもじゃないですけど数を確保するのに向かない」

「エルフ族の間で兵のやり取りでもあればいいがな。今の段階でアシメニオスに救援要請がきていないとなると、根本的にその気があるのかも怪しい。アシメニオスの騎士団にしても、頭の痛い話だろう。エルフが敗れれば、次はその周辺に敵の手が伸びないとも限らない。なるべく早くに介入し、少しでも被害を抑えて事態を鎮圧したいのが本音のはずだ」

「でも、あちら側から要請がない限り、この国の騎士団は動けないのですっけ」

 ああ、と頷くシェーベールさんの表情も渋い。

 政治の分野は専門ではないのであまり詳しくはないけれど、ソノルン樹海のエルフの里は一種の自治区というか、アシメニオス国内にある別の国のような扱いをされているらしい。従って、あちらから援軍派兵の要請がなければ、こちらから兵を出すことはできない。主権の侵犯となりかねないからだ。

 第一、国内各地で起きた爆発事件の影響もまだ残っている。そちらに対する警戒も怠れない時期では、騎士団も大きく人員を動かすのも難しい。そうさせる為にこそ、敵方もあちこちで事件を起こしたのだろうけれど。

「エルフの里にどれだけの戦力があるのかは分かりませんが、寡兵に対して人形兵団は有用過ぎる。私達も早めに向かった方が良さそうです。食べ終わったら、もう一度市場の方へ行ってみましょう」

「心得た」

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