15.銀の鍵の祠と財宝
翌日、イブラハムたちは、ハッサンが崖から落ちたときに見た祠がある場所にきた。
ここは、ハッサンの生まれ故郷の近くにある切り立った山の麓だ。しかも、その山から十キロメートルほど離れた場所には、玲子が先日訪れたナミブ村がある。
今日ここに来たメンバーは、イブラハム、玲子、マリア、ハッサンの四人である。ムハマドや近藤は用事があるとのことで来ていない。
「あそこに、銀の鍵と同じ紋章が描かれている祠がある」
ハッサンが指し示したのは、崖の中腹だった。ほんの少しだけ窪みがあるように見える。ここからでは祠までは確認できないが、その窪みに祠があるとハッサンは言う。
崖の高さは、およそ五十メートルであり、祠の場所は、そのおよそ中間の場所にある。ハッサンが十年前にしがみついた祠である。
「祠へ通じる道が見当たらないわ。あの場所へどうやって行けば良いの?」
玲子が尋ねると、すかさずイブラハムが、
「おそらく崖の上からロープを垂らし、ロープにぶら下がった人が祠を設置したのだろう」と、答えた。
「山の向こう側に、崖の上に通じる山道がある」
ハッサンが説明した。
四人で山の裏側へ行くと、ハッサンの説明どおり、険しく細い山道があった。獣道と呼んでも良いかもしれない。もちろん車は通れない。
草をかき分けながら、滴り落ちる汗をぬぐい、ジグザグに登ると、ようやく崖の上に到着した。
崖の上は意外と風が強い。気を抜いて立っていると、思わず吹き飛ばされそうになる。その崖の上には大木がポツリと立っていた。
イブラハムは、大木の太い幹に縄梯子の片方を固定し、もう片方を崖の下に垂らした。縄梯子はイブラハムが用意したものである。
「俺が降りよう」
イブラハムは常に、危険なことは自らが行うように心がけている。彼は仲間を傷つけたくないのだ。仲間が傷つくのならば自分が傷を負う。そんな信念をイブラハムは持っている。
「玲子、銀の鍵を貸してくれ」
玲子が首にかかっている銀の鍵をイブラハムに渡そうとしたとき、突然『ズドン』と、銃声が鳴り響いた。
「みんな手を上げろ!」
みんなが振り返ると、エネルギー省のアセフ大臣がいた。銃で脅しているのは、アセフだった。
彼は昨日、桟橋近くの野外音楽祭に行っていた。そして、そこでイブラハムたちを見た。しかも、イブラハムたちが祠に行くと聞きつけ、今日はずっと後をつけて来たのである。
アセフは、子供のころから金の鍵と銀の鍵の言い伝えを知っていた。
『金の鍵と銀の鍵を持つものは莫大な富を得るであろう』
その話はアセフを夢中にさせた。
昨日、桟橋でイブラハムと玲子が金の鍵と銀の鍵を持っていることを知り、アセフは驚いた。しかも、ハッサンが銀の鍵に描かれている紋章と同じ紋章が描かれている祠を見たことがあるといったとき、彼は悔しがった。
「あの二つの鍵は、長年探し続けてきた私こそ、所有するのにふさわしい。あいつらに財宝は渡せない」
アセフは、財宝を独り占めするつもりである。
「金の鍵と銀の鍵をよこせ! 早くしろ」
アセフは、銃口をハッサンの頭につけて、みんなを脅した。
「早くしろ。それとも、この男の頭に穴が開くところを見たいのか?」
アセフの目は血走っている。昨夜、ジョンとマックがE国で逮捕されたと知ったとき、次に捕まるのは自分だと覚悟した。しかもそれは、間違いなく今日中に訪れる。そうなれば、エネルギー省の大臣も罷免されるし、刑務所で長い間の服役となる。だからアセフは焦っている。
アセフが本気なのを理解したイブラハムが、アセフをなだめた。
「鍵がほしければくれてやる。その代り、ハッサンを撃つな。こいつはおれの大切な友達だ」
イブラハムは、金の鍵を首から外し、玲子から預かった銀の鍵と一緒にアセフに渡した。
するとアセフは、鍵を受け取るや否や、素早く崖の上からジャンプした。
なんと、アセフが身に着けている服は、ウィングスーツである。ムササビのように手と胴の間、そして両足の間にカーボンファイバーでできた翼を備えた滑空用の服だ。
アセフは谷底から吹く上昇気流に乗り、大空を飛行した。そして崖の中腹まで滑空すると、祠の場所に降り立った。
だが、祠の場所は狭く、不安定である。ほんの少しでもバランスを崩すと下に落ちる。崖下は岩場だ。垂直に落ちた場合、命の保証は無いし、さらに、崖下を流れる川に流される可能性もある。
アセフは慎重に銀の鍵を取り出し、祠のカギ穴に差し込もうとした。すると、祠の裏側から、「キー」と、得体のしれない声が鳴り響いた。
「何がいるのだ?」
アセフが驚くと、祠の裏側からイヌワシが現れた。しかも二羽である。おそらくつがいだろう。
二羽のイヌワシは、鋭い嘴と爪でアセフに襲い掛かった。アセフが左手でポケットから銃を取り出そうとしたところ、それより素早く、左手を嘴でつつかれた。
「痛い!」
あまりの痛さに、アセフは思わず『ポロリ』と銃を落とした。銃は『カーン、コーン』と崖肌に何度かぶつかった後、谷底へ落ちて行った。
それでもイヌワシは、アセフを許さない。イヌワシは、アセフが銀の鍵の正当な持ち主でないことを知っているようだ。アセフは腕で顔や頭を防御したが、その腕に嘴で激しくつついた。
(このままでは分が悪い。出直そう)
そう判断したアセフは、一旦引き上げるべく、ウィングスーツで滑空して逃げ出した。
だが、二羽のイヌワシは、逃げるアセフを執拗に追いかけてくる。翼を広げたイヌワシは大きい。翼開長が二・五メートルもある。身長が一メートル七十センチのアセフよりも大きく見える。
二匹のイヌワシは、ウィングスーツのいたるところを嘴でつついた。また、爪でウィングスーツを掴んだ。
あっという間にウィングスーツは穴だらけになった。しかも、翼の一端が『ビリッ』と、破れる音がした。
翼の一部が破れたのでは、滑空の制御が不安定になる。それ以前に、いたるところに穴が開いた翼では、満足に滑空できない。つまり、下へ自由落下していくのと、ほとんど変わらなくなる。
「ギャーーーー」
叫び声と共に、アセフは金の鍵と銀の鍵を手放し、崖下の岩へ激突した。その後、バウンドし、麓を流れる川に落ちた。
アセフの体は川に流されて遠くの下流へ行き、やがて見えなくなった。
イブラハムたちは、崖の上からアセフが落ちるところを見た。そして顔をしかめた。
「まもなくイヌワシさんが鍵を持ってここへやって来る」
マリアがポツリと呟いた。
「そんな馬鹿な…」
イブラハムとハッサンは、マリアの呟きを信じられない様子だ。
だが、玲子だけはマリアの言葉を信じていた。なぜならば、ナミブ村で玲子に銀の鍵を渡したのもイヌワシである。あのときのイヌワシと同じかどうかはわからないが、銀の鍵に描かれている紋章もイヌワシである。玲子には、銀の鍵とイヌワシとは何か深いつながりがあるように思えてならない。それ以前に、マリアが予言したことで外れたためしは、今まで一度も無い。
実は、二羽のイヌワシは、アセフが手放した金の鍵と銀の鍵とを空中でキャッチしていた。その後、イヌワシたちは山の斜面を吹く上昇気流を利用して急上昇し、崖の上にやってきた。
「イヌワシが来た。危ない。みんな逃げろ」
イブラハムがみんなに告げるが、玲子は平然としている。
「鍵を取り返してくれたのね。ありがとう」
まるで友達に語りかけるように、つがいのイヌワシに話しかけている。動物と話すのが得意なイブラハムのお株を奪うような、玲子の対応だった。
二羽のイヌワシは、玲子の目の前までやって来ると、金の鍵と銀の鍵を落とし、『クー』と鳴いた。
「イヌワシさん、ありがとう」
崖下に去って行くイヌワシたちに玲子は手を振った。
「イブラハムさん、祠には私が行きます」
玲子は鍵を拾うと、縄梯子に手をかけた。
「しかし、祠の場所は狭い。女性の玲子さんには危険だ」
ハッサンがすかさず反対した。
「ハッサンさん。それは違います。狭いからこそ、男の人には危険です。細身の私が一番安全です」
確かに玲子の言うとおりである。体が大きく肩幅が広い男だと、祠の場所では満足に動けないし、バランスがとりづらい。
「それに、イヌワシさんは二度も、銀の鍵を私に渡してくれました。これはおそらく、銀の鍵の継承者が私であることをイヌワシさんが語っています」
「でも、女性に危険なことをさせる訳には…」
ハッサンは、まだ納得していないようだ。
「ハッサンさん、男性だろうが女性だろうが、命の尊さは同じです。ここから落ちたら、誰もが命を亡くすのです。だから尤も安全な私が行くのです」
玲子が言い切った。今、まさに玲子は勇者だった。
「確かに、そのようだな。玲子、お願いする」
イブラハムが玲子の案に賛成した。イブラハムも、先ほどのイヌワシと玲子とのやり取りを見て、玲子が銀の鍵の継承者であると確信した。
「このリュックを背負っていくが良い。おそらく、祠の中にはいくつか小物が入っているはずだ。それをリュックに詰め込むと、縄梯子で登るときに便利だ」
「イブラハムさん、ありがとう」
玲子はリュックを背負った。
玲子は崖の上に立った。そして縄梯子を掴むと、一歩ずつ着実に縄梯子を下りた。
上昇気流の強い風が玲子の全身にぶつかる。玲子の黒いロングスカートが大きく揺れてめくれそうになる。さらに、突風で思わず体が吹き飛ばされそうになる。だが、不思議と恐怖はなかった。以前にも、これと同じ強い風に体がさらされたような記憶がある。
(いつだったのだろうか?)
玲子は記憶をたどるが、いつの頃か思い出せない。
(もしかして前世の記憶かもしれない)
まるでSFである。だが、玲子はその記憶を前世のものだと判断した。
慣れない縄梯子を下り、ようやく祠に到着した。
祠の場所は狭い。しかも祠の後ろにイヌワシが二羽いる。さっきのイヌワシだ。
「イヌワシさん、祠を開けて良いですか?」
「クー」
まるで玲子に返事するような鳴き声である。
不思議とイヌワシに獰猛さは感じられない。先ほどアセフに示した対応とは雲泥の差だった。おそらくイヌワシたちも、玲子が銀の鍵の継承者だと知っているのだろう。
祠の扉には、銀の鍵に描かれている紋章と同じ絵が描かれている。ハッサンの記憶どおりである。
玲子は銀の鍵を祠の鍵穴に差し込み、回した。
『ガチャッ』
鍵が開いた音である。やはり銀の鍵は、この祠の扉を開けるための鍵だった。
扉を開くと、古ぼけた石版が一枚だけ入っている。
「たったこれだけ?」
玲子は信じられない様子である。
だが、祠の中をくまなく探しても何も無いし、何も描かれていない。
玲子は手にした石版をリュックに入れると、今度は縄梯子を登り始めた。不思議と下るときよりも怖くない。下るときは足元を見定めるため下を向いていた。だが、登るときは上を向く。上にはイブラハムやマリアたちがいる。玲子は下るときの倍以上のスピードで登った。
「玲子、お疲れ様」
登り終えた玲子をイブラハムたちが労うと、玲子はリュックから石版を取り出した。
「古代文字で書かれているようだ。なんて書いてあるのかな?」
イブラハムやハッサンにも石版に書いてある文字の意味が解らない。
「…汝、この石版を海神へ捧げよ。そうすれば財宝の地図が手に入るだろう」
またしてもマリアがポツリと呟いた。
「マリア、この文字が読めるの?」
思わず玲子が尋ねると、
「えっ。私、何か言ったの?」
マリアは、今言った記憶が無いようだ。確かにさっきのマリアの言葉は、まるでほんのわずかな間だけ何かに憑りつかれたような話し方だった。
「海神に捧げよ…か。それじゃあ、イブラハムさん、この石版を渡します。それと先ほどイヌワシさんが取り返してくれた金の鍵もお返しします」
「俺に? どうしてだ?」
「だって金の鍵の持ち主はイブラハムさん、あなたです。それに、言い伝えでは金の鍵の継承者は海神と呼ばれています」
「ということは、玲子さんは風神だね」
思わずハッサンが笑う。
「そうなのよ。私があの屏風に描かれた風神様だそうよ。こんなに細身の姿なのに…」
玲子は自分が『風神』であるイメージが沸かない。
「でも、玲子さんがピアノを演奏すると、まるで優しい風が吹いているような感じがする」
「玲子姉さんは癒しの風を運ぶ風神様なのよ」
ハッサンの意見にマリアが補足した。
「癒しの風を運ぶ風神様か。確かにそうかもしれないな」
イブラハムが納得し、さらに続けた。
「ところで、この石版だが、俺が受け取るのはかまわないが、これから先、どうすればいい?」
イブラハムもこの古代文字の石版を持て余しているようだ。
「いっそのこと海水に浸してみては?」
思わずマリアがいった。
不思議とマリアが言うと説得力がある。マリアの言葉には神秘的な裏付けがあるように思えてならない。
「海水に浸すか…。それもよいな。よし、みんなで俺の養殖場へ行こう」
イブラハムの掛け声とともに、みんなはイブラハムの養殖場へ向かった。
三時間後、みんなはイブラハムの養殖場へ着いた。
早速イブラハムが古代文字の書かれている石版を海水に浸した。
すると、驚くべきことに、地図のような絵が浮き出てきたではないか。浮き出てきた絵には、小さな丸い形が沢山描かれており、そのうちの一つに印がつけてあった。
「おそらく、この印が付いた場所が財宝の場所だと思うが、この絵は、どこの場所を示しているのだろう?」
イブラハムが悩んでいると、
「船長。その場所はもしかして、クレタ島のマタラの入り江なのでは?」
ハッサンがポツリといった。
「ハッサン。どうしてそう思うのか?」
「以前ピンキーを助けるためにマタラの入り江に船を進めたとき、断崖に沢山の洞窟が見えた。そのときの風景がこの絵に似ている気がして…」
「確かに…、似ているな」
養殖場にいたパウロもイブラハムが持っている絵を見て呟いた。
「ピンキーを助けたとき、俺はマタラの入り江から出ていくときしか船に乗っていない。当然そのときは、沖しか見ていない。だが、ハッサンやパウロはマタラの入り江に入るときに見た風景に似ているという。しかも、この金の鍵は、ピンキーを助けたときにクレタ島の近くでピンキーの母親からもらったものだ」
まるで見えない何かに導かれているようだ。
「もしかして…、俺があの場所でピンキーを助けたのは、偶然ではなかったのか?」
イブラハムは、しばらく考えると、意を決した。
「よし。今からみんなでクレタ島へ行こう。マタラの入り江にある洞窟が目指す場所だ」
急いで船を用意し、イブラハム、ハッサン、パウロ、スワイダーが船に乗り込んだ。そして今回はさらに、玲子とマリアも乗船した。
夕日が美しく輝く中、イブラハムたちが乗った船は、クレタ島へ向けて出港した。
船は猛スピードで進んだ。まるで何かに憑りつかれたように北上する。
玲子とマリアは、小型の船に乗るのは初めてである。マリアは気分が悪くなり、しきりとトイレへ駆け込んだ。船酔いのため、胃の中が空になるまで戻しているようだ。だが、玲子は違っていた。甲板に立ち、向かい風と波しぶきを浴びながら、何かを考えていた。
(この感覚、どこかで体験したような気がする)
玲子はまたしても、懐かしさを感じる。
(どこで体験したのだろう?)
しきりに考えても答えが出ない。だが、波風が心地良い。夕焼けの中、西の海に沈んでゆく太陽が美しい。
玲子は、前世の自分が船乗りだったのではないかと感じた。
一晩中、船は速度を緩めることなく、クレタ島を目指した。
朝日が東の海から昇る頃、船はクレタ島に着いた。目指すはマタラの入り江である。
船がマタラの入り江に近づいたとき、目の前の断崖に、沢山の洞窟居住跡が見えた。
そのとき、イブラハムは確信した。
「この石版に描かれている絵は、まさしく目の前の風景だ」
玲子とマリアも、目の前に見える沢山の洞窟居住跡と石版の絵を見比べて、同じであることを確信した。
絵には左から二つ目、上から三つ目の洞窟に印が書かれている。
イブラハムたちは船を下り、その洞窟の場所へ向かった。
洞窟の奥は意外と広い。しかも、壁の一部に鯨の紋章が描かれている。その場所に近づくと、何やら鍵穴らしきものがあった。しかも鍵穴は2つである。さらに二つの鍵穴の間には、石版の形と同じ窪みがあった。
イブラハムと玲子はお互い顔を見合わせ、無言でうなずきあった。そして、それぞれ鍵を取り出し、左の鍵穴にはイブラハムの金の鍵を、右の鍵穴には玲子の銀の鍵を差し込み、更に二つの鍵の間の窪みには石版をあてがった。石版は、ものの見事に窪みに収まった。
その後、二人で同時に鍵を回すと、『バタン』という音が右側の壁から聞こえた。
音が聞こえた方向へ向かうと、扉が開いていた。しかも、その扉は隠し扉である。表面は岩でできており、普段は岩肌にしか見えない。
扉の向こう側へ行くと、そこはさらに大きな洞窟だった。しかも波の音が聞こえる。洞窟の中には入り江がある。
入り江のほうへ歩くと、左側に何やら大きな物体がある。
ハッサンが灯を照らすと、驚いたことに、それは巨大な帆船だった。しかも古い。船首に船の建造日が刻まれていた。およそ五百年前にできた船のようだ。
「なんて大きな帆船だろう!」
ハッサンたちが驚いている。
帆船自体は五百年の年月を経ており、とても航海できる状態では無い。だが、帆船の中には金銀の財宝が積まれていた。
「この財宝があれば、スラノバ国のいろんな地区に学校を建設することができる。子供たちに明るい未来を提供できる」
イブラハムは明るい未来を予想し、心をときめかせた。そしてイブラハムは、財宝を自分のために使うことなど、これっぽっちも考えていないようだ。
「そうね。この財宝はみんなの役に立つように使った方が良いわ。決して、個人の欲望のために使おうなどと思ってはダメよ」
玲子もイブラハムの考えに同意した。
「ハッサン、パウロ、スワイダー、そしてマリア、せっかく手伝ってくれたのだが、この財宝はクレタ島の行政区とスラノバ国の政府に預け、子供たちの未来のために使うように提案しようと思う。それでかまわないか?」
「船長、それでいいですよ」
ハッサンがすぐさま同意した。
「俺たちはこの瞬間に立ち会えただけで満足です」
スワイダーとパウロがいった。
「私はいつでもイブラハムさんの味方よ」
マリアが大胆なことを言った。そしてマリアはさらに、
「それに、自分のために使うお金は、自分で汗水流して稼いでこそ、ありがたみがでるわ」
と、つけたした。
不思議な縁だった。
この海岸でイブラハムがピンキーを助けなければ、イブラハムは玲子やマリアと知り合うこともなかった。そして、ハッサンの記憶が戻ることも無く、財宝を見つけることも無かった。
玲子やマリアにしてみれば、イブラハムがピンキーを助けなければ、イブラハムと知り合うこともなく、近藤の暗殺計画を阻止できなかったはずだ。そして、玲子自身も命を落としていただろう。
「この海岸でピンキーを助けたことが、結果的に多くの絆をつくり、多くの幸せをもたらした。これは決して偶然などではない。目に見えない何かの導きだと思う」
イブラハムが感慨にふけながら語った。
「イブラハムさん。それはきっと金の鍵と銀の鍵との導きよ。耳をすましてごらん。2つの鍵が嬉しそうに共鳴している」
マリアの言葉に従い、みんなが耳を澄ますと、イブラハムの胸元にある金の鍵と玲子の胸元にある銀の鍵のあたりから『キーン』と共鳴音が鳴り響いている。二つの鍵は、優しい音色を響かせていた。皆が幸せを感じる響きだった。
イブラハムにとって幸せとは、財宝を手に入れることではない。仲間と喜びを分かち合うことである。
みんなも、イブラハムと一緒にいることで喜びを分かち合った。感動を共有した。みんなは幸せを噛みしめていた。
これからもイブラハムは、新たな航海をするだろう。だが、彼は何も恐れない。なぜならば、仲間と一緒だからだ。それは単純な理由だった。だが、なにものにも負けない力強い理由だった。
イブラハムの未来は輝いていた。
洞窟の隙間から朝日が射し込んだ。
今日もいつもと変わらない一日が始まる。だが、イブラハムたちにとっては、この上ない素晴らしい一日となるであろう。




