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第十九話:彷徨いし者・壱



 夜は妖が活発になる時間帯。いつもはなりを潜めている妖たちがざわついていた。



「アイツガクル」


「コワイノガ」



 ざわざわと揺れる木々が不気味な音を奏でていた。そして事件が起きた。暗い路地を一人の男性が歩いていた。


 残業からの帰り道でいつもは通らない道だが男性は早く家に帰って休みたい気持ちが優っていた。人通りの少ない道を選んでしまったのだ。


 すぐ近くには小さい公園があり、昼間や夕方は子供連れが訪れる場所である。今は人っこ一人いなく、街灯に照らされているだけである。


 そこを足早に通り過ぎようとした時だった。足を止めたのは視界の端に何か物陰を見たような気がしたからだ。男は目を凝らしても何も見えなかった。


『気のせいか…?』


 きっと疲れているんだろうと男性は帰る方向を向いた瞬間に街灯がチカチカと点滅した。男性は街灯の方を向いた瞬間に体が硬直した。先ほどまでいなかったはずの街灯の下に何かがいたからだ。いや、人影が忽然と現れたのだ。


 さっきまで人の気配は無かったはずなのにいきなり現れた人影に冷や汗が止まらない。


『なんだ、俺は夢を見ているのか』


 しかし高鳴る心臓の音がそれを否と答える。


『きっと何かの特撮だろう…どこかでカメラを構えているスタッフがいるのかもしれない』


 男性は明るくポシティブに考えようと背を向けたその時、街灯の下にいたはずの人影が目の前に現れた。


「うわぁぁぁ!?」


 街灯から30メートルぐらい距離があったはずなのに男性はそれに驚愕してあらん限りの声で絶叫し、バタンと尻餅をついた。そこには先ほど街灯の下にいるはずの何かだった。


「な、なんだよ お前!?」


 立ちあがろうにも驚きすぎて腰が抜けてしまい下半身に力が入らなかった。そして間近で見て男性はあることに気づいた。それは人間にあるはずのないものだった。



「…つの?」



 その何かはじっと男を見据えて顔を凝視した。


「アナタジャナイ」


「え」


 考える余裕がなく、それを最後に男性は気を失った。そして翌日その男性はその後に同じように近道をしてきたサラリーマンの男性が発見し救急車に搬送された。



〇〇



 通り魔事件を担当することになったのは警視庁の足立と立川だった。警察病院に運ばれた男性を見た瞬間に足立は立ちくらみがして、倒れそうになり近くにいる立川が支えた。覚えのある仕草に立川は口を開いた。


「先輩、もしかして…」


「立川、こいつひどい妖気を纏っている」


「え!?」


 妖気に鈍感な立川は平気だった。


「これは人間ではない、阿倍野の加茂野に電話をするぞ」


「はい」


 立川は慣れたようにスマホを手に取った。警察からの要請を受けた陰陽局は阿倍野と加茂野を派遣した。警察病院で待ち構えていた足立は二人を出迎えた。それに阿倍野は答えた。


「お疲れ様です、足立刑事、立川刑事。至急の用件ということですが」


「はい、ご案内します」


 足立と立川を先頭に阿倍野と加茂野はついていった。最上階に上がり、足立はある部屋の前で止まった。


「私が案内できるのはここまでです」


 そう話す足立の表情が若干青白いことに阿倍野は気づいた。


「ありがとうございます、足立刑事。これ浄めの護符です」


 それを受け取り、足立はお礼を言った。立川は彼が倒れないようにそばに立っていた。


「それではよろしくお願いします」


 二人は頭を下げてその場を去った。


〇〇


「さてと行きますか…そういや久しぶりだな、お前とこんな仕事するの」


 加茂野照良は阿倍野裕司に話しかけるとそれにうなづいた。陰陽局で捕らえた鬼族を収監してからそれを門番することになった二人は本来の業務から外されていたが、ひと段落してから本来の業務にも少し戻ることができる余裕ができたのだった。


「そうですね、最近は陰陽局で缶詰状態でしたからね」


 そっと息をつく裕司に照良は共感する。


「ですが、やはり本来の仕事を休むわけには行きませんからね」


「そうだな」


 二人は気を引き締めてドアを開けた。ぶわりと禍々しい妖気が肌をまとわりつくような感触があった。


「護符を貼っておいてよかったですね」


「ああ、足立から聞いた情報を聞かなきゃ、やばい妖気だな、これは…」


「ええ」


 阿倍野と加茂野は室内に足を踏み出した。中には病室のベットがあり、そこには青白い表情をした男性が眠っていた。裕司は息を整えて九字を唱えた。


「リン・ビョウ、トウ、シャ、カイ、ジン、レツ、ザイ、ゼン」


 透き通るような声音と澄んだ空気が澱んだ妖気を浄化していくと、男性の顔色が少し良くなった。


「さて、何を見たのか覗かせていただきます」


 阿倍野は男性のおでこに手をかざした。阿倍野は人の記憶を見ることができた。それは昨日の記憶を見ることができ彼の記憶の中を遡った。


〇〇



 阿倍野は暗闇の中にいた。歩いていくと灯りがポツンと見えた。


『あれは、街灯か…?』


 目を凝らしていくとはそこは公園だということがわかった。そしてその近くを男性が歩いているのが見えた。


 チカチカとした灯りの下に何かいることに気づいた。男性はまだそれに気づかない。

次に点滅をした時に男性はそれに気づいて硬直した。それは異常な速さで男性に接近した。


 男性は呆気に取られて何か違和感を感じた。それは人間についていないものだ。


「つの…?」


「あなたじゃない」


 そこで男性は気を失った。そこからの記憶は阿倍野は読み取ることはできなかった。

目を開けるとそこには眠っている男性と加茂野がいた。


「終わったか?」


「はい、わかりました…犯人は鬼です」


 人間を襲ったのが鬼だということが判明し、阿倍野と加茂野は待機していた足立と立川に伝え、その後は陰陽局にいるリンドウに報告をした。


「分かりました。今日はお疲れ様です、阿倍野さん、加茂野さん」


 それからリンドウと言葉を交わして、電話を切った。


〇〇


「無事に終わりましたか?」


 近くで声をかけてきたのは療養から帰ってきた壺井桐枝だった。リンドウーー志郎は壺井に返事をした。


「はい、犯人の正体が判明しました」


 壺井は志郎の一言に表情を引き締めた。


「犯人の正体は鬼だと…」


「…鬼」


 眉間に皺を寄せて肩をすくめた。少し前に鬼族の強い妖気に充てられて重症になったのだ。無理もないかと志郎は思ったのだがーー。


「それでその鬼は火原と火宮に何か関係ありそうですか?」


 魑魅魍魎を退治する陰陽局の幹部は並の精神力と胆力では務まらないだろう。虚勢を張っているかと考えた志郎は心の中で謝罪した。


「それは尋問してみないと分からないですが…鬼神族の主人のメッセージを言ってからおとなしいですからね」


 志郎はその時のことを思い出しながら苦虫を噛み潰したような表情をしたのを壺井は苦笑した。


「すぐに指名手配をかけましょう、陰陽局に所属する屋号にも通達します」


「はい」


 そう言って、部屋を出た壺井は管理室に向かったのだった。


〇〇


 陰陽寮に所属している公認の陰陽師は屋号が付けられている。朝日たちも「よろず家」という屋号がある。


 見回りをするために警備の強化や指名手配の通達があり、陰陽師たちは躍起になる。それは退治をすれば懸賞金をもらえるからだというのもあるが陰陽局からは手厚い福利厚生もある。


 志郎が陰陽局から離れられなくなった分、糀が朝日の身の回りを警備するのも自然な流れだった。夜中になり、糀は朝日の家に到着した。


「わ〜い、朝日と久しぶりの見回りで嬉しいな〜」


 糀は子供のようにはしゃいで朝日の腕をぶんぶんと握った。嬉しそうな声に朝日は楽しそうに笑った。


「そうだね、本当に久しぶりだ」


「今日は誰と見回りするの?」


 質問に答えたのは朝日ではなく真澄だった。


「今日は私と合歓さんの四人で行きます」


 香散見はお留守番ということでぶすくれた表情をしていた。


「ええ、私、お留守番」


「姉さんは兄さんとお留守番していてくださいね」


 ぶすくれる姉を妹が慰めた。慰められた香散見は満更ではない表情をしていた。夜中の12時になり朝日は正体がバレないようにお面をつけた。


「いってらっしゃい」


「行ってきます」


 その後ろで糀はいつも通りに声を上げた。


「おーう!」


 夜中の12時に元気よく声を出してしまい、朝日はこのメンバーで大丈夫かと不安になった。


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