第6章-死因-
撮影が終わって、家に帰る途中、誰かにつけられているのに気づく。
気配の主がわからない。
何でもかんでも、シリュウの所為にするわけにもいかない。
それに、筋書きではここでシリュウは出てこない。
「………」
角を曲がり待ちぶせをした。
すると、向こうも角を曲がらず裕希と同じ行動をとった。
っ!
こいつ‥頭の回る奴だ…。しかし、私には今武器がない。
「…何者だ」
「自己紹介をしておこうと…」
そう言った瞬間、
バ!
「…!」
…裕希の喉元に光るナイフ。
「思いましてね」
ニッコリして、その者は顔を出した。
「…ずいぶんな挨拶だね」
ナイフをあてられても裕希は微動だにしない。
「俺はシリュウ、よろしく」
「ああ‥、アンタがあのふざけた予告を出した本人か」
「俺も、あんたが学生だったとは思わなかったよ」
「…無駄だと思うが、お前を雇ったのは誰だ」
「さぁな、…そうだな、一つ言うなら、『復習』だな」
なに…。
「復讐だと?」
「……流石だな、ナイフを突きつけられても微動だにしないのは、まっ、そうでなきゃ、この仕事はやってらんないからな」
「‥いずれ、お前には礼をせねばならんな」
「礼?」
そすシリュウが聞き返すが、裕希は応えない。代わりに、
「去ね」
と、言った。
シリュウは、ナイフをしまい、
「シーン20が楽しみだ」
と言って去った。
「………」
シーン20?
シーン20は、何だっただろう。
家に帰った裕希は、シーン20について、斎北に電話した。
「すいません先輩、突然電話して」
「いや、かまわないよ。どうしたんだ?」
「実は映画のシーン20って、何でしたっけ」
「シーン20?」
「はい。台本を無くしてしまいまして」
「ちょっと待ってな…」
何やらゴソゴソとペラペラめくる音が聞こえる。
「‥20‥は、殺し屋と争う場面になってるぞ」
「そうですか、わかりました。ありがとうございました」
「いや」
「それじゃ、失礼します」
「ああ、また学校でな」
ガチャ…。
電話を切った。
……、殺し屋と争う、か‥。
そういえば、殺し屋は、誰だか書いていないな。
『…楽しみだ…』
あの言葉‥
「……まさか……な」
椅子に腰かける。
私の正体は誰も知らないはず。東条院達を抜かしては。
シリュウに依頼した人物。
「…西岡に聞いてみるか」
明朝、西岡のところに行く。
「そういえば言ってなかったね。叔父の知り合いなんだけどさ、以前この映画のシナリオを叔父に見せたところ、えらく気に入ってくれてさ、それで知り合いの竜さんを紹介してくれたんだ」
「そうですか、どうもありがとうございました」
竜さんねぇ…。
よくやるよ。
でも、これでシリュウを雇った人物がわかった。
先生か友達に聞けば、西岡の叔父が誰だかわかるか‥。
…しかし、どう言えば‥。
「…しょうがない、調べるしかないか。しかし何で調べよう」
普通人を調べるのには……。
「………」
くぅ─────っ。
こうやって考えていてもらちがあかないっ。
仕方ない、不本意だが、奴に聞こう。
そう言って、裕希が向かった先は、
バンッ!
「校長っ」
そう、東条院のいる校長室。
いきなり入ってきた裕希に驚きもせず、
「何だね、こんな早朝から」
と、言った。
「普通人を調べるのにはどうすればいい」
「普通人? いったい誰を調べるんだ?」
「……雇った人物がわかった。だが、名前がわからない」
「雇われたのは誰なんだ」
「……」
どうする‥こいつに言うか…、だが‥
黙り込む裕希
そんな、裕希の心を察したのか、
「こんなことで、貴女に恩を売るつもりはない」
と言った。
フゥ‥。
「‥そうだったな、雇われたのはシリュウだ。そして、雇ったのは二年E組、西岡敦の叔父だ」
「シリュウだと?」
「ああ。ふざけた奴つだがな」
「会ったのか」
「好きで会ったわけじゃない。向こうから来たんだ。それより、方法は」
「ああ、P・Bにアクセスするといい」
「P・B?」
聞いたことがない。そんなものがあるのか。
「貴女が知らないのは当然だ、これは…と、説明するより試した方が早い。アクセスコードは、2B1/XX.P・Bだ」
「…わかった」
バタン‥。
校長室から出る。
「…水野さんのパソコンを借りるか」
−探偵部
カタカタカタ。
東条院から教えてもらった、コードを打つ。
ピー−ピピピッ。
『捜している人物名を入力してください』
と、出てきた。
カタカタカタ。
西岡敦といれる。
しばらくして、データが出てきた。
「…これは」
なるほど、いわゆる戸籍か。
こんなものまで持っているとはね。
「………」
西岡敦の叔父は:、一人か。
名は、北村英夫。
こんな人物、私は知らない。しかし、シリュウを雇ったのはこいつだろう。
『…復讐』
…父さんと何の関係が…。
ふと、なぜかそう頭に浮かんだ。
シリュウが置いていったあのフロッピー。
もしかしたら、あれに何か載っているのかもしれない。この間は、動揺して読まなかったから‥。
私としたことが、情けない。
カタカタカタ。
自分のパソコンにアクセスする。
ピピッ。
反応した。父さんのデータが出てきた。
「………」
『江藤洋一。二十年前裏国に入国。入ってすぐに幹部の位置に就く、その前に妻・小夜子と結婚。小夜子は、洋一が裏国の者だとは知らない。四年後、娘・裕希が生まれる。裕希十一才のとき、小夜子が病死。幹部だった洋一は側近に位が上がる。側近は一人だったが別に候補がいた。名は北村英夫、側近になったのは洋一だった。総頭と洋一は以前からの知り合いだった。裏国に率いれたのも総頭だ。妻、娘のことも総頭は知っていた。裕希十三才のとき総頭から娘がアサシンだということを知らされる』
「……」
十三才…。三年前。
そんな前から、父さんは知っていたの。
そういえば、父さんが帰ってこなくなったのは‥三年前からだ…。
カタ…。
続きを見る。
すると、『パスワード』と出てきた。
裕希は、『Y・E』と打った。
なぜそう打ったのかわからない、ただなんとなくそう思ったのだ。
当たっていた。
出てきたのは父さんの死因だった。
『1991年。三月、江藤洋一死亡。死因、射殺』
「!」
な、に…。
射殺…。射殺だとっ!
バンッ!
机を叩き立ちあがる。
「なんで、父さんがっ、どうしてっ!」
叫ばずにはいられなかった。
なぜ父さんが殺されなければいけないの‥。いったい誰が‥。
「……なぜ、シリュウが知っているんだ…」
ブチッ。
パソコンのスイッチを消して、裕希は屋上に駆け上がった。
そして。
ヒュー、パーーンッ!
迷いなく、信号弾を上げた。
学校は早退する。
今の裕希には、父親のことしか頭になかった。
家に戻ると、門の前にシリュウがいた。
裕希はついて来いと、家の中へ促した。
バタン。
「シリュウ、どこでこのデータを手に入れた」
家の中に入るそうそう、裕希は言った。
「俺をその辺のアサシンと一緒にするな」
どうだか。
「それは悪い。だがなぜ調べた」
裕希のそんな言葉に。
シリュウは、少し怪訝な顔をした。
「何を言っている? 仕事の前に調べるのは当たり前だろう」
こいつ気でも狂ったか?
調べるのは基本中の基本だぞ。
裕希の顔が怒りの顔に変わる。
「キサマが……、キサマが殺したのかっ」
「依頼を受けたからな。どんな依頼だろうと俺は受ける。アンタだってそうだろう」
裕希は、一歩後ろに下がり。
手をギュッと握りしめた。
「‥お前を買い被りすぎていたようだ。お前が組織の人間だったことを忘れていた」
と言った。
「何が言いたい?」
シリュウの問に、裕希は答えない。
応えるつもりもなかった。
「用は済んだ、帰るがいい」
キツイ眼差しで裕希は言った。
「………」
ガチャ‥
パタン…。
シリュウは何も言わず去った。
「………」
…トン…ズルルル‥。
壁にもたれかかる。
……ぽた…。
…………。
「‥だめだな……父さんのことになると感情的になってしまう…」
天井を仰ぐ。
涙が止まらない…。
「…父さん…」
『…どんな仕事でも…、アンタだってそうだろう』
「……」
シリュウ、お前とは決着をつける。
だがその前に、北村英夫、私はお前を許さないっ!
午後一時半過ぎ。
私服に着替えた裕希は、東条院のところへ学校に向かった。
懐に銃を忍ばせて。
チラチラと、私服で歩いている裕希を生徒達が見ている。
目立つのは当たり前だ、私服は禁止されているからだ。
裕希は気にしなかった。先輩達に見られてもかまわなかった。
今は授業中だけど。
「裕希ちゃん」
歩いていると名を呼ばれた。
振り向かなくてもわかった。久しぶりに聞く声だった。
「…水野先輩‥」
水野は手を振りながら近づいてくる。
「どうしたの? 私服なんか着て」
「…校長先生に用があって…。先輩こそ、今授業中ですよ」
「うん。ちょっと職員室に行ってたんだ」
「そうですか」
「なんか、話すの久しぶりだね。撮影のときはすれ違いばっかりだったからね」
「そうですね。斎北先輩とは会ってますけどね」
「あや子が言ってた。貢が裕希ちゃんを一人占めしてるってね」
「……!」
くす…クスクスクス。
「一人占めだなんて、あや子さんったら」
「…それだけ、みんな好きなんだよ」
「! …先輩?」
「この間、あや子が言ってたんだ。君の様子がおかしいって」
「…どうしてですか?」
水野先輩はちょっと躊躇って、
「ヘルプに食事に行ったとき、何か、真剣な顔をしてマスターと話してたって。マスターと君が知り合いなのは健悟から聞いて知っていたけど」
…まずいな、あのとき見られてたのか。
私と黒木が知り合いだというのも、以前、宮内部長とすれ違ったときだな。
困ったな。
バレルるのも、時間の問題かもしれない。
「…たいしたことじゃないんですけど、心配してくれてありがとうございます。さっ、先輩、早く教室に戻らないと」
「うん。元気出して裕希ちゃん。じゃ、また」
「はい」
水野先輩の姿が見えなくなった。
…もし先輩達が、私の正体を知ってしまったらどんな顔をするだろう。
私が消えれば済むことだといっても、その時のあの人たちの顔を見るのが怖い。
怖い…、こんな風に思うようになってしまったのも、あの人たちの所為だな…。
「…やはり…部活など入るべきではなかった」
コンコン。
校長室のドアを叩く。
「どうぞ」
ガチャ…。
東条院は椅子に座っていた。
入ってきたのが裕希とわかって、普段の東条院になった。
一体何が、普段なのかはわからないが。
警戒心が無くなったとでも言おうか。
「私服など着てどうしたんだ。そういえば、信号弾を打ったのは貴女か? いきなりどうしたんだ」
「ちょっとね。それより聞きたいことがある」
「何だね」
「父の死因は何だ」
「………、いきなりどうしたんだ」
「いいから応えろ」
「何かあったのか?」
‥応えない気か。
‥っ。
「なんでも無い。邪魔したな」
ガチャッ。バタンっ。
校長室から出る。
「……」
裕希が出ていったドアを東条院はじっと見つめる。
あんな格好してあんなことを聞かれたら、何かあったと言っているようなものだ。
雇った主がわかったようだな。
しかし、どうしてまた父親の死因など…。
私が応えないと知っていて…。
西岡敦の叔父だったな…。
「調べてみるか」
東条院は横にあるパソコンに向かい、P・Bのコードを打った。
西岡敦と打ち。
出てきたデータを見た東条院の表情が怖張った。
「北村英夫、だと」
裕希が向かっている場所は、保健室。
東条院が応えないのなら、アイツ、榊に応えさせるまでだっ。
ガラッ!
保健室のドアを勢いよく開けた。
いきなり開けられて、榊はビックリしている。
「‥なんだ、江藤か。ビックリした」
「聞きたいことがある」
カチッ。
そう言って、ドアの鍵を閉めた。
「ん?何だ? それより、西岡が探してたぞ」
「ああ、もう出られないと言っておいて下さい」
「なぜ?」
「出られないと言ったら出られないんだ、それより私の質問に応えろ」
「江藤、先生に向かってなんだその口の利き方は、それに」
「芝居はよせ」
榊が言い終わる前に、裕希が遮った。
榊が怪訝な顔をする。
「…芝居?」
「そう、東条院秀之の側近、榊衛」
机に腰かけながら裕希が言った。
「…何を言っているんだ。側近だって? なんだそれ」
フゥ…。
裕希は溜息をつく。
「もうバレてるんだよ、東条院から聞いていないのか。まっ、聞いてても、シラを切るつもりだったんだろうけど、これでもシラを切れるかな」
チャッ。
そう言って、懐から出した銃を榊に向けた。
「…!」
「こういうのはあまり好きじゃないが、さぁ、洗いざらい吐いてもらおうか」
「…何が知りたい」
一瞬、気が乱れた榊だが、すぐに冷静さを取り戻していた。
さすがアイツの側近だけのことはある。と、裕希は、フッ、と笑う。
「…江藤洋一の死因だ」
「江藤様の?」
江藤様…か。
「そうだ、死因はわかっている。なぜ殺されたのか、その原因が知りたい」
「…江藤様は、当初の頃から側近を務めていた。ある時期、ある人物の捜査をするようにと、総頭から命令された」
「ある人物?」
「北村英夫という人物だ」
「で、その男は何をしたんだ」
「裏国内部にある噂が流れていた」
噂?
「北村は、当時幹部の一人だったんだが、横領をしてるという噂だ。その時北村は、総頭にやっていないと言った。だんだんと噂は消えていった。だが、総頭は知っていたんだ。でも、確たる証拠が無かった。そこで、江藤様に内密に調べよと言った。そして、調べていくうちに北村の企みが明らにになった」
「どんな?」
「‥横領だけじゃなかった。北村は裏組織の連中と手を組み裏国を乗っ取ろうとしていた。さっき、江藤様はずっと側近に務めていたと言ったが、ちょうどその頃、総頭の代が替わるころだった、総頭が替われば側近も替わる。北村も側近候補だった。だが、そのことは東条院様に伝わっていた。当然北村は落ちた。そして、江藤様が側近に就いた。東条院様と江藤様は、古くからの親友だそうだ。しばらくして北村は追放された」
「……なるほど、北村は、自分の企みが失敗したのは、江藤洋一の所為だと、しかし、殺そうにも自分は裏国には入れない、そこで、アサシンを雇い、江藤洋一が一人になるのを待って…殺した」
「そうだ」
「……」
馬鹿な奴の逆恨みで父さんは死んだ。
北村英夫という男の所為で…。
スッ。
裕希は、銃をしまった。
それを見た榊は、
「なぜ、江藤様のことを」
と聞いた。
裕希は、じっと、榊の顔を見た。
「……そう…だな、素直に教えてくれた礼に言おうか」
一呼吸おいて、
「江藤洋一は、私の父親だ」
「……!」
悲しげに笑って裕希は言った。
「………」
榊は驚きを隠せない。
「最後の質問だ、北村英夫はどこにいる」




