逃亡
「乗るな」
結城春は後ろから声をかけられた。
17時少し前の事だ。
ハルは少し驚いた、その声に焦りがこもっていたからだ。
強い警告。すぐに振り返り、見た。少し息を切らした青年がいた。
あの青年のようだ。
「それに乗るな」
再び同じ警告。今度の声は少し落ち着いている。表情は真剣そうだ。
「どうかしましたか」
周りに人はいないのだ、何も返さないわけにはいかない。
「お前は、狙われている」
何を言っているんだろうこの人、ハルは青年の格好を見た。
格好は秋に合わせた普通の格好。
こんな見た目普通の人がそんな変なこと言うのだろうか。
「大丈夫ですか、あなた。それに、狙われているとしたら何にです?」
「自分の後ろに三人、男がいるだろ?」
『大丈夫ですか?』にも、対象にも答えないで青年は言った。
確かにいる。
少し遠くにいるせいで、顔まではわからないが、黒のスーツ、灰色のパーカ、カーキのジャケット、どれも地味な色で、バラバラな形の服を着た男が歩いてくる。
「それが?」
「お前を追っている」
遠目にみていた、男たちが歩きを走りに変えてこちらにきている。
こちらを追ってきているように見えなくもないが、偶然にしか見えない。
「もう、私行きますよ」
「待て」
話に乗ってもいいのだが、面倒になってきた。
さっき到着していたライナーに乗ろうと振り向いて足を踏み入れた瞬間、ハルの両隣から、同時にライナーから黒のスーツを着た男一人ずつが現れた。
こちらは、明らかに自分を追っている事がわかった。
降りてきたときに自分たちの方向をむいて降りてきたからだ。つかみかかろうとする腕、体が固まる。
「クソッ」
青年がハルの左手をすばやくつかんで、引っ張る。
キャっと無意識に悲鳴がでて、右手に持っていた鞄が手から離れて、体が青年に引き寄せられる。
「こいっ」
抗うことなんて出来なかった。青年はハルの手をつかんだまま走り出した。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
西暦2421年、日本は主要都市に対し、ブロックエイドと呼ばれる地域を約1km四方にわけて、境に三次元移動可能なエレベーターを取り付けたインフラを導入した。
三次元移動可能なエレベーターはライナー、一つ、一つの小分けした地域単位はブロックと呼ばれ、ブロックは三次元的に広がっている。
ブロック間はライナーでしか移動することは出来ない。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
腕時計を見ると、17時10分を過ぎたころだった。
秋とはいえ、秋分を少しすぎていて、周りは少し暗い。
ハルと青年は人ごみをぬけて、ブロックの中ほどにある公園に来た。
ここ渋谷B1ブロックは東京の中でもかなり大きい繁華街であるものの、公園にいる人々はまばらだ。
公園と言っても、遊具も噴水もない公園で、公園を囲むようにベンチと植栽が並んでいるだけだ。
公園というよりただの広場である。
「ここなら、しばらくは大丈夫だ、少し休んだほうがいい」
青年はそうでもなかったが、ハルは少し息を切らしていた。
男女の体力差もあるが、学校帰りの高校のブレザーに靴はローファー、ハルの格好は走るのには決して向いていない。
歩きながら、ベンチへ向かう。
「なんなの、あの人たち?
それに、あなたは追われてるわけじゃないのに、どうして私を?」
ハルは普通の女子高生だ、誰かに追われる理由はない。
加えて、この青年がどうして現れて助けてくれているかわからない。
「誰かは詳しくは知らない、たぶん公安関係の奴らだ。
俺もいつかは追われていただろう、君のタイミングが早かっただけで」
公安?仮定だとしても納得がいかない。
それに、この青年も追われるはずだった?
ますます、わけがわからない。
ハルはベンチに腰掛けた。
「なんで、追われなきゃいけないの?」
「それは、今言うことじゃない、あとで話す」
「じゃあ、これからどうするって言うの」
わけのわからないことばかりで、語気を強めてしまった。
青年はハルのいらだちに察したようで、でも顔色は一つも変えないで冷静に言った。
「東京地下街にはいる」
ハルも名前だけは聞いた事がある、ブロックエイド最下層のさらに下にあるという地下街。
あまりよい噂はきかない。
「ここから、あと1キロくらいだな。その靴でこれから走るのは厳しい、どこかで靴を買おう、服もだ。」
青年もハルの隣に腰掛け、手を上に組んで体を伸ばし始めた、なんでここまで落ち着いているんだこの人は。
「あと少ししたら、行くぞ。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
少しの時間経ってから、青年とハルは公園を出た。
「靴屋はこっちだな」
何の迷いもなく青年は進んでいく、このあたりに詳しいのだろうか?
程なく靴屋についた。その隣は服屋だ。
どちらも一度はブロック内でみたことのある靴屋だ。
特に女子向けとかではなく、全世代対象の店だ。
「これで、買ってこい。俺は隣の服屋で服を買ってる、走りやすいのを選んでくれ、なるべく早くな」
青年は一足買うには十分なお金を渡して、隣の服屋に向かった。
ハルは靴屋に入る。
急いで洋服なり、靴を選ぶものほど焦るものはない。
大概、急いで選んだものに似合うものはない。
そうなれば、悩むことは無意味だ。
直感しかない。店の中で飾ってある靴の情報を急いで回って集める。
走りやすいといえば、運動靴でスポーツメーカーが出しているものを選べば間違いはないだろう。
見つけた!女性用で、運動靴で、スポーツメーカー!
「これためし履きさせてください」
「色は何にいたしましょう?」
ハルはすこし迷った、条件はいいが、好みの色はない。
仕方がないので、個人的に最もましだと思う色を選んだ。
水彩絵の具のような色合いである。
サイズとともに女性店員に伝え、靴を出してもらう。
早速はいてみる。
ぴったりだ。
少し歩いても違和感はない。これなら走れそうだ。
「これにします。これ、そのまま履いていきます」
店員にあやしく見られたと思うが、急がないといけない。
値段的にも、デザイン的にも普段だったら絶対買わない靴を履いてハルは店を出た。
店を出る前に鏡で自分の姿を見たが、ブレザー、スカートには靴は確実にあっていない、端からみれば違和感ない人はいないだろう。
履いていたローファーは店の袋に入れてもらった。
靴屋を出ると、青年は先ほどまで来ていた服を着替え、靴屋の前に立っていた。
化繊のパンツに、ジャケットを羽織っているものだから、ジョギングをするような格好になっている。右手には服屋の袋をかけている。
「いいじゃないか、走りやすそうだ」
おそらく、機能面しかみていない。この人は例外だ。
「それはなんだ?」
「履いてたローファー」
「そんなもの、いらないだろう」
『そんなもの、持っていて意味があるのか』と言うように青年は言う。
「いいの、持って行く」
ハルは一度つかまりそうにはなったものの、追われるのは何かの間違いではないかと感じる。
このローファーがなくなれば、明日に履いていく靴はない。
「そうか、邪魔になれば捨てろよ」
青年はさほど強くは言わなかった。
そして、次に言った、
「お前の服も買ってきたぞ。といっても上に羽織るようなものばかりだが」
嫌な感じがする、かけていた右の袋から出してきたのは、青年が着ているものと同じタイプの服だった。
色からしては目を引くものではなかったが、これだと、二人でジョギングをしにきたように見えてしまう。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ハルも青年からもらった服に着替え、ブレザーとローファーを袋に突っ込み、二人は先ほどより早いペースで歩き始めた。
青年にハルが通いていく形だった。
先ほどに比べて、人が多く行き来するようになって、青年を見落とさないよう気をつけて歩いた。
青年の身長が高ければ見落とすことはないのだろうが、青年の身長は低いともいえないが高いともいえない。
そして、青年の動きは変である。
進みたい方向に歩いているのはわかるが、急に来た道を引き返して別の道から行ったり、急に止まったりする。
もしかして、追っ手に見つかったのかとも思いもしたが、走り出す気配はない。
「止まって」
青年は手を自分の後ろにやって、ハルの手をつかんだ。
「どうかした?」
「見えるか、あのレンガ造り風の建物、赤っぽいやつ」
道の街灯に照らされて、他の建物と色が違うレンガつくり風の建物が道の端に建っている。
「見えるよ、てか、あれデパートじゃん」
東京のなかじゃ、ダントツに名前の知れたデパートだ。
「端っこのほうに扉があるのわかるか」
街灯の当たらないところに、暗くてわかりずらいが、観音開きの大きめの扉があるのがわかる。
多少だが、人も出入りしてる。
「わかるよ、あっいま、男の人が出てきた扉でしょ?身長高めの」
「そう、それだ。
あそこが東京地下街の入り口だ」
「そこに行くんじゃないの」
「見張りがいる」
「そんなこと、どうして...」
「向こうは、こちらの顔を詳しく知っているわけじゃない。
俺は見た事がない奴だ。
服でこちらを判断するしかない、行こう」
青年はハルの手を握って歩き出した。
ハルは目線を青年の腰のあたりにやり、周りに視線をやらなかった。
街灯に照らされていた、背中が暗くなっていく。
歩道にある白に黒の点をならべた人工大理石の石畳の動きだけが自分がどう動いているかの指標だ。
「ついた、中にはいるぞ」
思った以上に短い時間だ。
扉の前についた下げていた目線を少し上げてみる。
白の石畳から赤茶色のレンガの階段が見えた。それを三段ばかり上がったところに焦茶色をした扉が見えた。
何回も開け閉めされているからか、下のほうは、かすり傷がついてぼろぼろだ。
上には、観音開きの両側に楕円の一部のようなガラスがはまっている。
ガラスは片面からしか光を通さないようで真黒だ。
二人は階段を上がり、青年が扉を押し開けた。
中はビルのエレベーターホールのように細長い空間が広がっていた。
扉を入ってまっすぐ進んだ左奥に2台ほどのエレベーターがある。
上を見なければ見えない天井に、床含めて周りにはレンガの色を薄くした石が敷き詰められていた。
同じ橙色といえども光沢が違う。
その奥にはこの、空間には似つかわしくない灰色のドア。
「すごい…」
中に入って、ハルは思わず言ってしまった。
街灯もあたらない暗い所から入ってきたら、いきなりこれなのだ仕方ない。
空間の一番奥にはギャラリースペースなのか絵が飾ってある。
青年は入口側のエレベーターにあるボタンを押した。
その時、ギャラリースペースの右奥から、スーツ姿の男二人が出てきた。
喫煙後なのか顔は落ち着いている。
そのうちの一人と思わず目があってしまう。
ライナーから出てきた二人内の一人だ。
向こうも気がついたようだ。
「いたぞ」
低く短い声を発し、こちらに駆け寄ってくる。
その雰囲気からして、勘違いでハルを追っているとは考えにくかった。
ハルの体は反射的に入ってきた扉に向かおうと体の向きを変える。
「ハル、下がるな!」
青年の鋭利な声。
どうして自分の名前を?
考えるまもなく、入ってきた扉から新たな男が一人現れた。
こちらもスーツ姿、追っ手だ。
「灰色のドアに!」
青年の声を聞いて、ハルは向きを再び変えて、灰色のドアに駆けた。
ドアに手を伸ばしかけたとき二人の男が目の前に現れる。
とっさに男たちに両手を向ける。
ハルの右手からいくつもの帯が生えるように伸びた。
伸びた帯は黄色と黒のストライプの警告色の半透明でそれ自体に実体があるようには見えなかった。
伸びた帯の束は広がりを持ったまま二人の男を貫いた。
手に物を押し出した感触が残る。
「えっ」
思わず声がでた、二人の男の動きが止まる。
二人の男はバランスを崩して、ハルに倒れこんできた。
「早く入れ!」
青年が前に出てきて、二人の男倒れこみを片腕ずつで横に押し流した。
ハルからブレザー、ローファーの入った袋をひったくり、後ろからやってくる男に投げつけた。
「早く!」
ハルの体はようやく動き始めた。
すぐさまドアのノブをつかんで引き開ける。
中は、非常階段のようで、内装の全くなく、四角の小さな螺旋階段がひたすら下に続いていた。
明かりは階段を下りるための最低限しかなく、階段一段、一段を均等に照らしてはいない。
急いで、階段を駆け下りる。
金属の響く音だけが聞こえていた。
音が何重に聞こえるかなど聞いていることはできない。
幾度の螺旋を下ったとき、頭上に明かりのともされた扉にあたった。
迷わず引き開ける。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
東京地下街は先ほどの外と同じような暗さだった。
だだ、肌に感じる気温はこちらの方が暖かい。
目の前には建物、道路があって、自転車がまばらに通っている。
建物はお店だろうか、中から明かりが漏れている。
歩道には歩いている人はいなかった。
ブロック内のように街灯が一並び、それに照らされる建物の壁はブロック内と比較して違いがなかった。
ブロック内にも地下はあるが、それとは全く違う光景が広がっていた。
青年がドアから後から急いで出てきて、
「こっちだ、奴らが降りてくるかもしれない」
青年の声はハルの手をつかんで階段のドアの隣にある、エレベータとは反対側に走りだした。
10分ほどは走っただろうか。
街頭も少なくなってきて、頭の中で何も考えず、ひたすらに青年についていった。
「ここに泊まろう」
ハルが顔を上げると、ビジネス用だか、何用だかわからないただ、小さな看板が立てかけられたホテルがあった。
外見からして、汚そうなところである。
青年は一切の躊躇もなく入っていく。
ハルも入らないわけにはいかなかった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
青年は部屋を二つ取ってくれたらしい。
一つのキーをハルに渡し、落ち着いたら隣の自分の部屋に来るよう言った。
部屋に入ると、これはフロント、廊下にも言えたが、外見ほどには中は汚くなかった。
ハルは部屋についてから、テレビもつけずに部屋のシャワーを浴びた。
地下街についてからの走りの汗を早く流したかった。
シャワーを浴びながら、ハルはいろいろ考えた。
どうして自分は追われなければならないのか、青年は誰なのか。
とりわけインパクトが大きいのは、自分の手から発せられた警告色の帯だった。
今でも信じられない、実体があるように見えないように、何かを押した感覚、感覚だけは確かに存在した。
シャワーを浴び終わった後、部屋に備えつきの浴衣を着て、ハルは青年の部屋に向かった。
ついているベルを流すと青年は開けて迎えてくれた。
青年はまだシャワーを浴びていないようだった。服を着替えていない黙ったまま、部屋に入り、青年はベッドの端に、ハルは窓側の椅子に座った。
外は相変わらず暗い。
話の端を切ったのはハルだった。
「どうして、私は追われなきゃいけないの」
ハルは意識して冷静に言った。
そうでもなければ、その青年に詰問しかできそうになかったからだ。
「はっきりとはわからない」
青年は落ち着いている。
「でも、なんとなくわかった」
「何?」
「君さ、地下街の入り口でさ、黄色の帯みたいなものを出しただろ」
ハルが一番気になっていたことだ。
「あれは何なの?」
「そこは自分もわからない、それに君はあれが始めてだったのか?」
ハルはうなずいた、青年は一呼吸置いて、
「俺も君とは違うけど、同じようなものを持っている」
「えっ」
「俺には、ブロックエイド内の様子がわかるんだ」
ハルは内心、驚いた。
そんなことありえるのか?
「もちろん、完全じゃない。わかるのは自分のいるブロックだけだしな」
「じゃあ、今は?」
「今は何もわからない、君も今はつかえないはず。話がそれたな。
自分たちが追われてるのは、この能力のためなんじゃないかと思う」
「どうして?」
「それがわかれば苦労はないな、そこは全くわからない。
能力の軍事利用とかそんなこと考えているのかもしれないな。」
なかなかに、変わったこと言ってくれる。唐突にハルは思った。
「もしかして、私の名前知っている?」
「ああ、結城春だろ」
だから、あの時自分の名前が呼ばれたような気がしたのだ。
「あなたの名前は?」
「言っていなかったか、俺はは千原ルカ」
ルカ?漢字が全く想像つかない。
「自分のことはチェルと呼んでほしい」
「なんでさ?それにどんな漢字なの、思いつかないんだけど」
「漢字は言いたくないな、あんまり好きじゃないんだこの名前」
「名前が恥ずかしいなら、それはチェルでも一緒じゃん」
「いいの!自分のことはチェルって呼んでくれ」
この青年、チェルはベッドから立ち上がって言った。
今日、一番素直な感情がこもっている。
「まあ、いいやとにかく」
チェルはベッドに寝そべって、ベットの脇にある机の上のリモコンを取った。
「今日はゆっくり、寝ることだ」
テレビをつけた。
つけたチャンネルにはニュースが放送されている。
『…ただいま、入ったニュースです。ブロックエイド内でおきている、一家連続殺人についてです。
容疑者として、ブロックエイド内の高校に通う、結城春18歳、千原瑠風19歳が指名手配されました…』




