弐
「さあ、早く行きましょう。
出ないと迷宮が崩れてしまいますので」
エルリーデが腕を引っ張る。
どこかコンビニに行くかのような軽い足取り。
穴から出、森を歩いている。
小一時間ほど歩くと、小さめの洞窟が見えてきた。
エルリーデは迷いも無く洞窟へ入る。まだ腕を持たれたままなのでなす術も無く、洞窟へ引きずりこまれた。
「この魔石の上に手を置いてください」
魔石とは最初に手を触れた者に力を与える不思議な石である。
いい事ばかりではない。
力を得る代わりに、別の力を奪われる事もある。
「なんなんだ?
突然話しかけてきたと思ったら、ここに連れてきて希少価値の高い魔石に手を触れろって?
どう考えても怪しすぎるだろ」
「そう……ですね。
怪しいですよね……」
見るからに落ち込んでしまう。
「いや……。ただ理由を知りたいだけだよ。
行動の意味が分からないから」
「ごめんなさい。
説明している時間が残されて居ないんです」
四肢の自由がきかなくなる。
俺の意思に関係なく、魔石へ手が伸びる。
必死の抵抗もむなしく、魔石に触れてしまった。
「あぁ。あがぁぁぁぁぁっ!」
痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
意識が痛みに塗りつぶされる。
またもや抵抗するが、意識は黒く塗りつぶされてしまった。
◇◆
意識が覚醒する。
頭が重い。
耳には獣たちの鳴き声が聞こえてくる。
まるで獲物を目の前にしているような。
……あぁ。眠い。
もう少しだけ……。
何かが割れる音と共に意識が急激に覚醒する。
この森特有のブラックハウンドだ。
通常の個体よりも二周り以上大きく成長した個体。
俺は手馴れた動作である事をする。
体からMPが抜ける感覚と共に、目の前に魔法陣が四つ現れる。
魔法陣の中からそれぞれゴブリンが出てくる。
「全員攻撃」
まるでそうするのが当たり前のような声。それは自分の口から発せられていた。
ゴブリンは統率の取れた動きでブラックハウンドを囲み、素手で殴り殺した。
こちらの被害はゴブリンが一体噛み殺されただけ。
「お早う御座います、魔王様。
初めまして。エルリーデで御座います。
これから宜しく御願いいたします」
意識を失う前に聞いた声。確かにエルリーデの声だ。
「今の状況を説明してくれないか?」
「はい。
魔石に手を触れた事は憶えてますか?」
「なんで体の自由を奪ってまで手を触れさせようとしたんだ?」
「前の私に残されていた時間が無かったからです。
私という存在は魔王様の魔力によって支えられています。
魔王様の消滅と同時に、私という存在は消えてしまうのです」
「俺が魔王。というのはどういう事なんだ?」
「そのままの意味で御座います」
「じゃあ、どうして俺が魔王なんだ?」
「魔王たる器をもった貴方が、魔石に触ったからです」
「さっきの俺が使った魔法はなんだ?」
俺が最も聞きたかったことだ。
なぜ、今まで不可能とされてきた、生物が魔法によってでてきたのか?
「正確には魔法ではありません。
魔王特有のスキルです。
MPを消費して使うものです。
最初はゴブリン。
スキルのLvが上がれば、より強い魔物や魔獣を召喚する事ができます。
召喚したものはLvが上がるとランクアップします。
ランクアップすると大きく姿が変化したり、人語を理解するようになります。
だんだんと人型になっていく者もいるようです」
「それで、どうしたらいいんだ?」
「魔王様の自由で御座います」
つまりは、魔物で軍隊を組織できる。ってことだ。
新たに十七体のゴブリンを呼び出す。
「行くぞ」
ゴブリンを引き連れて森にでた。
すぐに獲物を発見する。
ブラックハウンドの群れ。
さっきのはたまたま逸れていただけだ。大抵は群れで行動している。
数は七体。たまたまだが風下に立っているので気づかれて居ない。
「全員突撃。
一匹に対して五体以上で当たり、速やかに各個撃破しろ」
忍び寄るように近づくと、一斉に飛びかかる。
二体を瞬く間に倒し、程なくしてもう二体倒す。
二十対三。勝ちは決まっているだろう。
予想に反する事無く、全員無傷であいては全滅した。
奇襲で半分程度を倒してから、残りを……。という方法で一匹も失う事無く、計三十二匹のブラックウルフを倒した。
魔法は……予想どうり使えなかった。
初歩的な魔法のファイアボールでさえも発動しなかったから間違いない。
まぁ、この『力』の代償だったら安いものだ。
俺は……この力で王都に……あいつらに復讐する。
勇者たちを解放し、元の世界へ帰る手立てを見つける!