勇者と魔王は同郷
「あぁ」
勇者は私と同じ異世界人だった。
「……そっ、そう! 私は日本人! 令和の日本から来たの!」
あまりの衝撃に、台本のことなんて頭から完全に吹き飛んでいた。ベッドの上で黒い紐下着姿のまま、私は勢いよく身を乗り出す。
「お前、本当に……? いや、待て、その格好でこっちに近づくな」
「あ」
勇者はあからさまに視線を逸らし、耳まで真っ赤にしている。
さっきまであんなに冷徹で、今にも私を斬り殺しそうだった美形勇者が、急に年相応の男子高校生みたいにうろたえ始めた。……あ、そっか。彼も中身は日本人なんだ。異世界の女の子ならともかく、同郷の女子のこんな破廉恥な姿、まともに見られるわけがない。
私は慌てて近くにあったベッドカバーを剥ぎ取り、ミノムシのように体に巻き付けた。
「す、すいません……。これ、従者に『男はイチコロだから』って言われて、仕方なく……!」
「いや、それより本当に日本人なんだな? 出身は? どこに住んでた?」
「東京! 練馬区!」
「俺は埼玉の大宮だ。……間違いない、本物だ……」
勇者はふっと肩の力を抜くと、愛剣を鞘に収めた。
その瞬間、鞘に収まった剣から「おいラース! 騙されるな!」と怒鳴り声が響く。
「この魔王め、怪しげな呪術でラースの精神を惑わしたな!? 練馬とはどこの封印地だ! 大宮とはどんな禍々しい組織の名前だ!」
「うるさいぞエクスカリバー、少し黙っててくれ。……すまない、この剣、うるさくて」
「う、ううん、大丈夫……」
意思を持つ聖剣エクスカリバーを慣れた手つきでなだめる勇者――ラース。
彼は大きくため息をつくと、部屋の隅にある椅子を引きずってきて、私のベッドから少し離れた位置に腰掛けた。
「……まさか、魔王が日本人だったなんてな。じゃあ、お前もあの女神に騙されて、無理やりこの世界に連れてこられた口か?」
「えっ? 女神?」
私は首を傾げた。
私がこの世界に来た理由は、女神なんて綺麗なものじゃない。
「ううん、私はトラックに轢かれて、気づいたらこの魔王の体に乗り移ってたの。元々いた魔王の魂がどこに消えたのかは分からないんだけど……」
「そうか、お前は憑依か。俺は丸ごと転移させられた。ある日突然、『世界を救う勇者になりなさい』って、選択権もなしに聖剣を持たされて、この世界に放り出されたんだ」
ラースは自嘲気味に笑った。その瞳には、勇者としての栄光ではなく、理不尽に日常を奪われた者の深い疲弊が滲んでいる。
「毎日毎日、魔物を倒せ、レベルを上げろ、魔王城を目指せって、周りから期待の目を向けられてさ……。断ったら世界が滅ぶとか脅されて、必死にここまで来た。……なのに、その目指すべき魔王の部屋に入ったら、同郷の奴が紐下着で『楽しい夜を』とか言ってるんだから、何の冗談かって思うよ」
「うう、本当にごめんなさい……!」
私はベッドカバーに顔を埋めて悶絶した。
でも、同時に胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。
この世界に来てからずっと、魔王としての威厳を保たなければ殺されるという恐怖と戦ってきた。ハルダやサキは味方だけど、本当の私の弱さや、元の世界への未練を分かち合える相手ではなかったから。
「ねぇ、ラースさん……」
「……ラースでいいよ。本名は鈴木だけど」
「鈴木さん! じゃなくて、ラース。……私、本当は戦いたくないの。この世界の人間を滅ぼしたいなんて、これっぽっちも思ってない」
カバーを少し下げて、私はラースの目を真っ直ぐに見つめた。
「ラースだって、私を殺したくないよね? だったら……私たち、戦う必要なくない?」
ラースは一瞬、目を見開いた。
そして、フッと今日一番の、張り詰めていない自然な笑顔を浮かべた。
「……当たり前だろ。誰が好き好んで、同郷の女の子を手に懸けるかよ」
その時、バタン!! と部屋の扉が勢いよく開いた。
「魔王様ー! 勇者をハメる作戦、どうなりましたか――って、あれ?」
空気を読まずに突入してきたのは、この作戦の発案者であるサキだった。その後ろから、おろおろとした顔のハルダも覗いている。
ベッドカバーにくるまる私と、椅子に座って和やかに微笑む勇者。
「……ちょっと魔王様、なんでそんな実家のお布団みたいな包まり方してるんですか! もっとこう、ハラリと肩を落として視線で誘うって教えたでしょ!?」
「おいラース! この不埒な者どもを一網打尽にするのではないのか!」
サキの説教と、聖剣エクスカリバーの怒号が部屋中に響き渡る。
私とラースは顔を見合わせ、思わず同時に吹き出してしまった。
こうして、人類史上最も緊迫しているはずの「魔王と勇者の決戦」は、予想外の形で幕を閉じた。
私たちの、世界を欺く秘密の同盟が始まった瞬間だった。




