序章
宮高優は地元の高校に通う、少し引っ込み思案の男子高校生である。教室では目立つのを嫌い、可能な限り気配を殺して過ごしている。
「おーい、優!」
それでも、少ないながらも友人はいる。
「正は朝から元気だな」
友人・田代正のハイタッチに応じつつ、優は少々呆れる。
正の隣には、優の数少ない友人の1人である眼鏡の少年がいる。
「蓮もおはよう」
「うん、おはよう」
宮前蓮も優と同じく大人しい性格であり、読書を好んでいる。
同じクラスの3人組が横並びになって道を歩き、高校を目指す。
高校が近くなってくると、周囲には同じ制服の学生が増えてくる。
何も変わらないいつもの日常。退屈な授業を乗り越え、やたらテンションの高いクラスメイトから気配を隠し、近寄る定期テストに怯える。
そんな日常が、これからも続くと思っていた。
朝のホームルームにて、担任が告げる。女子の何人かは泣いており、落ち込む男子も見受けられる。
「登校中の事故で、このクラスの雪野皐月さんがお亡くなりになりました」
担任の言葉に、優もショックを受ける。密かに想いを寄せていた相手を失い、学校の楽しみが潰える。
虚無の心境で授業を受け、いつの間にやら放課後になっている。
「おーい、優。落ち込むのも分かるけど、そろそろ帰ろうぜ」
「いつまでも学校にはいれないよ」
茫然自失となっている優に、正と蓮が声をかける。
「おーぅ……校門で待っててぇ……」
無気力に応える優。
正は呆れたように肩をすくみ、蓮は苦笑を浮かべて教室を後にする。
優はのそのそと教科書やノートを鞄に詰め込み、鞄を肩に掛け、教室のドアを潜る。
廊下を靴箱目指して歩こうとした時、優は目の前の光景を疑うことになる。
「アンタ、誰よ?」
優の目の前、パルテノン神殿のような空間で、玉座のような石の椅子に座る女性が胡乱な視線を向けてくる。
「え? あれ……? ここ、どこ?」
優は狼狽える。いきなり見たことも無ければ、訪れたことも無い場所に迷い込めば、誰でも狼狽える。ましてや、下校のために教室から出ただけなのだ。
「ちょっと! 聞いてるの!?」
謎の女性が怒鳴る。
優はビクリと身を震わせる。謎の場所に迷い込んだだけでも不安が大きいのに、相手は手加減無く詰め寄ってくる。
謎の女性は優の目の前まで詰め寄り、優よりもやや低い位置から睨見上げてくる。
「アンタ! 誰よ!?」
「え、えと……み、宮高優、です」
「ミヤタカ〜? 知らないわよ。順番守りなさいよね」
「じ、順番? な……何の?」
「はぁ!? ここに来て〝何の〟は無いでしょ!」
「そ、そう言われても……」
苛立った様子の女性の勢いに、優は終始押されっ放しだ。
そこへ、柱の影から慌てた様子の、別の女性が出現する。
「アステリア様! 調査の帰りに使用した〝世界の扉〟は閉じました!?」
その女性の言葉を聞き、アステリアと呼ばれた目の前の女性はハッとした表情を浮かべる。僅かに、額に汗が浮かぶ。
「転生サポートセンターからの報告で、貴女が使用した〝世界の扉〟が閉じられた形跡が無いと来ています! 閉じていないのなら早く……。……貴方は?」
慌ただしく現れた女性は、ここに至って優の存在に気付く。
「えっと……宮高優……です」
「宮高……? え、確か次の人は……」
女性が手に持つバインダーの書類を捲っていると、アステリアが勢いを取り戻したように口を開く。
「そ! こいつ、順番を抜かしてきたのよ! どうせ、まともな人生じゃなかったんでしょ! 私、知ってるのよ! しっかり調査してきたんだから! コイツみたいなのを〝でぃーきゅーえぬ〟って言うのよ!」
「……順番を抜かせるわけないでしょ……」
「うぇ? そ、そうだっけ……?」
「それより、優さんと言いましたか?」
女性の視線が優に向けられる。
「どう見ても、生きていらっしゃいますね? どうやって、ここへ?」
「いや、どうやってって……。学校から帰ろうとして、教室のドアを潜ったらここに……」
「学校……? 教室……? ……はっ……!」
優の言葉にアステリアは顔色を青くし、女性は頭を抱える。
「アステリア様! あれほど! あれほど……! 〝世界の扉〟はしっかり……!」
「わ、悪かったわよ! そ、そんなに言わなくていいじゃない!」
「このミスがどれほど大きなものか、お分かりにならないのですか!?」
「大丈夫よ! コイツを転生させればバレないわよ!」
「そういう問題じゃありません! すぐに神王陛下に報告を」
「ダメよ! バレたら怒られるじゃない!」
喚くアステリアを放置して、女性が優に歩み寄る。
「申し訳ありません、優さん。すぐに、元の世界に戻れるように手配致しますので、お待ち頂けますか?」
「え、はい、大丈夫です」
「私は女神・アステリア様の補佐役のミリアムと申します。何かありましたら、私にお申し付けください」
「はい、分かりまし」
「とーうっ!」
ミリアムと名乗った女性と優が会話をしている横から、どこか間抜けな掛け声と共に、アステリアが割り込んでくる。その手には、やけに分厚い巻物が握られている。
「アステリア様!? それは」
「転生しなさーい!」
子供のような物言いで、アステリアは巻物で優の頭を殴りつける。
「痛ぁ!? 何すんだ!」
優が流石に怒りを露わにするも、その身体が透けていく。
「な、何だ!? ミリアムさん、これは」
言い切る前に、優の身体は消え去る。咄嗟に伸ばしたミリアムの手は空を切る。
ミリアムは、怒りと呆れに体を震わせながら、アステリアに向き直る。
「アステリア様! 何をしたのかお分かりですか!? 他の者に与えるはずだった〝転生の書〟を勝手に使うなんて!」
「でも、こうすれば私のミスは隠せるでしょ。もう、〝世界の扉〟は閉めたしさ」
「そういう問題では」
「ほら、仕事仕事! 転生待ちの魂が列を作ってるわよ」
「……くっ! この事は」
「パパに言っても無駄よ。甘えれば許してくれるわ」
「王妃殿下に報告します!」
「ちょ、ママはやめてよ!」
「お仕事ですよ!」
「ミリアム〜!」
アステリアの声を無視し、ミリアムはその場に背を向ける。アステリアは後を追おうとしたが、転生待ちしていた魂が現れ、ミリアムを追えなくなる。
まるで、予想もできず、望んでもいない形で優の物語が始まった。
新作です。可能な限り定期的に書いていく所存です。お時間に余裕がありましたら、読んで頂けると幸いです。宜しくお願いします。




