45 曖昧な記憶
学園についての会話が終わると、父は「無理はしないように」と言ってから、私の部屋を後にした。
やっぱり娘に甘い父だな、と実感する。不満はあるけれど、私のことを最優先に考えてくれる良い父だ。
それに、私を閉じ込めていたのもただの過保護じゃないような気もするし……。
私がベッドから出ようとすると、ナターシャが声を出す。
「お嬢様、今はゆっくりされた方が……」
「でも、お母様に聞きたいことがあるの」
ナターシャが私を本当に心配してくれていることは分かる。私に何を言っても無駄だと思ったのか、ナターシャは小さくため息をつく。
「分かりました。でも、もう無理はしないでくださいよ」
「…………ナターシャは、私の幼少期のこと覚えているの?」
父に聞いても教えてくれないのなら、いつも一番身近にいたナターシャに聞くのが一番だ。
彼女なら秘密を教えてくれるはず。だって、私達は誰よりも信頼し合っているもの。
けど、彼女は何も答えない。私の質問に対して「イエス」も「ノー」も言わない。ただ黙って少し困った表情を浮かべていた。
……貴女も父の味方なの?
私の表情を読み取ったのか、ナターシャは申し訳なさそうに頭を下げた。
「申し訳ございません、クロエお嬢様。私の口からは何も言えません」
「ナターシャが私に隠しごとなんて、私は誰を信じればいいの?」
思わず顔を顰めてしまう。
私は良い女ではない。自分が不愉快だと感じたことは、そのまま表情に出してしまう。何よりも今はナターシャに気を遣う余裕なんてなかった。
「私はお嬢様の味方です。お嬢様に危険が及ぶようなことがあれば、命を懸けてお守り致します。これだけは信じて下さい」
彼女のその真剣な声に私は少し戸惑ってしまう。
……私ってそんなに殺される予定があるの!?
過去の私! 一体何したのよ! まさか、国中の成人向け雑誌を燃やしちゃったとか?
それは、男性陣が怒って私を殺そうと企てるのも仕方がない。
とにかく今は、呑気に居心地の良いベッドで寝ている暇なんてないじゃない。
今すぐ魔法訓練に励んで魔力をコントロールできるようにならないと! 自分の身は自分で守る!
「誰も何にも教えてくれないから、自力で思い出すわ」
「自力で? ……記憶に魔法がかかっているのに」
「何か言った?」
ナターシャの声が小さすぎて何を言っているのか聞き取れなかった。
「いいえ、何も。……あの、何か思い出したりしたんですか? さっきも魔力を暴走したことがあるかと旦那様に聞いていらっしゃったので」
「う~ん、何か思い出したってわけじゃないんだけど、強いて言うなら金髪の少年? けど、全然顔とか分からないの。けど、温かい雰囲気だったかな~。あの金髪の横暴王子ノアとは大違い! 雲泥の差よ。横に並べて比べてみた……」
いつも何かしら相槌を打ってくれるナターシャの反応が全くないので、私はナターシャの方を見つめた。
彼女は顔色を変えて、驚いた表情を浮かべていた。
え、何その反応。そこは「夢の中に出てくる金髪少年って、ロマンティックですね~!」って嬉々たる声で言うところじゃないの? いつものナターシャどこに行ったの?
……何か言っちゃいけないこと言っちゃった?




