36 黄色い声
こんな簡単に入学出来ていいものかと思いながら、私はあまり目立たないように校舎を出る。
明日から魔法学園に通える喜びを噛み締めながら、帰りぐらいは静かにしていたい。
そんな私の願いもつかの間、突然耳に黄色い声が響き、思わず耳を塞ぎたくなった。
あまりにもうるさく、鼓膜が破れるほどの声量に暗殺計画の標的を彼女達にして欲しいと思ってしまう。
……殺気よ! 落ち着け!
私は平常心を保ちながら、キャーキャーと声のする方へと視線を向ける。
男女関係なく、誰もが校舎から出てくる二人の生徒に注目している。男子生徒は羨望の眼差しを向け、女性は目をとろんとさせている。
人が多すぎてよく見えない。私は必死に目を凝らす。
……………ダレ? ……誰よ! あんた達!
長い金髪と短い黒髪……、見たことあるような美男子だけど、私が知っている人じゃない。
あれがノアとイアンなんて信じられない。自分の目を疑ってしまう。
何度も目をこするが、間違いなくあれはノアとイアンだ。生き別れの双子が都合よく二人同時にいるはずがない。
そりゃ、人気になるわよ。あんな王子スマイルを向けられて惚れない方がおかしいもの。
イアンまで表情が柔らかく見える。
……あの冷血男達があんな表情出来るなんて聞いてない。
一度王宮でノアの表の姿を見たことがあるけれど、学園に来て初めてナターシャが言っていた甘い仮面の意味が分かった気がする。
「……ああ、やっぱり顔に遮光カーテンして欲しい」
彼らの顔は私にはあまりにも眩しすぎる。
とりあえず、ノアとイアンにだけ見つからないように学園を出たい。今日の夜に、魔法学園に通うことになったってサラッと言えば大丈夫。
こんなところで声を掛けられたら、私の悠々自適な魔法学園生活は始まる前に終わってしまう。
私は一歩ずつ後退り、その場から離れようとした。その瞬間、キラキラと輝くターコイズブルーの瞳と目が合ってしまった。
……終わった。
ノアの瞳が散瞳するのが分かった。今すぐ走り出しても良かったのだが、体が動かなかった。
彼はとんでもない速さで私の方へと歩いて来る。
なんでよ!! 私なんて無視すればいいじゃない!
そんな心の叫びもむなしく、瞬間移動でもしたのかと思うぐらいの速さで彼はいつの間にか私の前に立っていた。
ノアは私を逃げられないように、木の幹に腕を置いて私を囲む。その様子を呆然と生徒達は見ていたが、少しして甲高い叫び声が耳に響いた。
いや、喜べない。追い詰められているのよ?
代わってくれるなら、この位置をいつでも代わってあげるわ。
「なんでここにいるんだ?」
王子様スマイルを浮かべたまま周りに聞こえない声でそう言った。王子の後ろでイアンも驚いた様子で私を見つめている。
朝も注目を浴びたのに、また注目されて……。私ったら人気者ね!
無理やりにでもポジティブ思考に変えて、私は何とか声を発する。
「魔法学園に明日から入学するんです。よろしくお願いします。ここでは私に関わらないでください」
「殿下になんて口の利き方!」と、イアンは声を少し荒げたが、ノアが「やめろ」と止めた。
変に揉めて、私のせいで今までの優しい王子様キャラが壊れたら水の泡だものね。
「…………今日の夜、ちゃんと来いよ」
それだけ言って、彼は颯爽と去って行った。
周りの女子生徒に「どうして新入りに構うのですか?」と聞かれていたことに対して、何て答えていたのかは分からないけれど、きっと王子様らしい対応をしていたのだろう。
あんなにキャラを作るって大変だな、と思いながら私は家へと帰った。




