28 到着
「着きました」
ギルバートが馬車を開けてくれた。真っ先に私の視界に入ったのは、活気に満ち溢れた大きな学園だった。煌びやかな学園生活が待っていると思わせるような雰囲気が放たれていた。
私は馬車から勢いよく降りて、魔法学園の前に立つ。門は開いており、誰でも出入りできるようになっている。
初めて社会に足を踏み入れるような気持ちになる。
今まで全く同世代の人たちと関わってこなかった。社交界に顔を出したこともないし、お茶会も招待されたことがない。
ここでは、誰も私のことを知らないし、私も誰のことも知らない。クロエ・リベラではなく、メイとして生きていける。
……私って一応貴族として入学するのよね?
「終わる時間にまた迎え来ます」と、後ろからギルバートの声が聞こえた。
「ありがとう」
私は振り向いて、彼に手を振った。ギルバートは私に深くお辞儀をして、馬車を走らせた。
一人ぼっちで学園へと足を踏み入れるのは少し緊張する。私って結構勇気ある女よね、と心を鼓舞させて学園の中へと歩く。
ナターシャに付いてきてもらっても良かったのだけれど、リベラ家の侍女だってバレてしまいそうでやめておいた。
初めて見る女に、周りから少し視線を感じる。
四学年もいるのなら、私なんて霞むと思っていたのに……。やっぱりこの髪型が珍しいのかしら?
「あんな生徒っていたか?」
「知らないな。あんなに顔が綺麗な生徒一度見たら忘れないと思うけど……」
「でも、なんだか気味の悪い髪色よ。少し怖いわ」
「美人だし、声かけてみるか」
「……病気なんじゃないか? 近寄らない方が良いぞ」
自分たちの声が聞こえていないと思っているのだろうか。小声で会話しているけれど、私の耳にはしっかりと届いている。
「瑞々しく白い肌に、神秘的な菫色の瞳! それにあの、燃えるような真っ赤な髪に混ざる透明感ある金髪! 非の打ち所がないスタイル! 素晴らしいじゃないか!」
突然大声を発しながら見知らぬ男子生徒が私の方へと近づいて来る。
あ、変な人に絡まれそう……。
私はその場から逃げ出したかったが、あっという間に彼は私の前に現れた。顔に合っていない小さな丸い黒縁の眼鏡をかけていて、細身の男子生徒だ。
「お名前を教えていただけますか? 美しいお嬢さん」
唐突な絡みに私は何も答えられず、顔を引きつってしまう。
これなら、彼らにずっと悪口を言われている方がましだったかもしれない。周りにいた生徒も私に哀れみの目を向けている。
この学園で彼が相当浮いている存在だということが認識できた。
「申し遅れました。私の名はメイソン・フィッシャーです。どうぞよろしくお願いいたします」
そう言って、随分と癖の強いお辞儀をする。
メイソン・フィッシャー、なんだか美味しそうな名前だ。
私は反応に困りながらも「メイです」と声を発した。




