18 表の顔
「俺の怖さを知っていてもなお、俺に歯向かってくるか」
私の言葉にノアは嬉しそうに笑みを浮かべた。
あ、まずい。私、これ明日には首と胴体バラバラになっているパターンだわ。
けど、今更無様に許しを請うのも違う。私はそんなダサい真似はしたくない。
「その度胸がいつか仇とならないようにな」とノアは付け足す。
……あれ? 処罰されないの?
意外と寛容なのかもしれない。だからって調子に乗っちゃだめよ、私。
「そろそろお時間です」
イアンがノアに向かって、会議室を出るように示唆する。分かった、とノアは扉の方へと歩いていく。
足の長い彼について行くのは大変なのよね。ジャックも身長が低いわりに、ノアと同じスピードで歩いているし……。皆、女性が一人いるってことを忘れているんじゃないかしら。
私は急いでマントをとって、彼らの後を追う。
私の様子を窺うようにノアは扉の前で足を止めた。ターコイズブルーの瞳と目が合う。
「な、なんですか?」
「マントは脱げ」
「え、でも……」
誰もクロエ・リベラが私だってことを知らない。執事長のマックスでさえ私の顔を見ていないのだから。
それでも、やっぱり人前で自分の容姿を晒すことにはまだ少し抵抗してしまう。
「なんだ、指名手配でもされてんのか?」
「違います。……見知らぬメイドが第一王子の近くを歩いているって怪しまれます。それに、私の見た目って少し変わっているから、すぐに噂になると色々とややこしいじゃないですか」
ただ問題なのは前回クロエ・リベラとして、このマントを被って王宮に来たことだ。
マックスとあの新人執事に会えば終わりだ。
「確かにそれもそうだな」
私の大雑把な説明にノアは納得した。
前々から思っていたけれど、ノアは意外と素直なのかもしれない。何でも受け入れ、良いと思ったものは賛成してくれる。
後は私を殺すことだけやめてくれれば良い人なんだけどね。
マントを深く被り、ノア達と共に会議室を出た。
「ノア様、おはようございます」
使用人の挨拶に「おはよう」と甘い笑顔を返していく。
その笑顔に全員が自分たちの仕事を一度止めてノアに惚ける。
……あんた、誰よ。
私は心の中で盛大に突っ込んだ。
これがナターシャの言っていたノアか。物語の中から飛び出してきたような完璧王子。
表の顔であれ、ずっとこの仮面を外さないのは凄いと思った。丁寧に使用人一人ずつキラキラスマイルを向けるなんて私には出来ない。
腹黒さを一ミリも感じさせないノアの振る舞いに私は感心した。
朝からこんな眩しい顔を拝めるなんて、皆王子のメイドになりたがる理由が分かった気がする。
「皆を騙す天才ね」
私の小さな呟きにジャックが反応する。
「王子って人気商売みたいなところあるから」
「……窮屈な生活ね」
私はノアの背中を見つめながら、常に自分を偽って過ごさないといけない彼を少し不憫に思った。
常に王子としての理想の形を崩さないって、私が想像している以上に大変だろう。
気を緩める時間なんてあるのかしら……。