19 王家の馬車
意外とあっさり馬車に乗ることが出来た。
大きな金の鷹の紋章が入った格の違う立派な馬車。王家の財力の凄さがこの馬車だけで分かる。
私は流石王家の馬車だと思いながら、ベルベットの生地で覆われたふかふかの席に腰を下ろす。
幸いなことに執事長にも新人執事にも会うことはなかった。
きっと、皆ノアしか見ていなかったのだろう。彼を前にすると、私の存在なんて霞む。
もしかしたら、マントを被る必要もなかったかもしれない。それぐらいノアは輝いていた。
私はフードを外しながらフゥっと小さく息を吐いて、何事もなく馬車に乗れたことに胸を撫で下ろす。
隣にジャックが座り、斜め前にイアン。そして私の前にはノアが座った。
「その紫色の瞳、珍しいな」
「確かリベラ公爵様と一緒ですね」
ノアの言葉にイアンが私の瞳をまじまじと見つめながら答えた。
「ゲッ、クロエ・リベラと一緒かもしれないのかよ」
ノアは顔を顰める。私は自分がクロエ・リベラだと思われないかということに心臓の音がうるさくなった。
「共通点があって、仲良くできるかもな」
イアンはそう言うが、私は私と仲良くすることぐらい朝飯前だ。生まれてからずっと仲が良い。
「毒殺したいから、好きな食べ物は絶対把握しといて」
「あ、はい」とジャックの言葉に頷く。
自分を殺す手伝いをしている自分が不思議に思えてきた。複雑な感情が少し残る。
そのうちこの状況に慣れてきて「了解!」って元気よく返事が出来るようになってしまうかもしれない。
「何かしらの罪で死刑にしても良かったんだけどな」
ノアの発言にゾワっと一気に鳥肌が立つ。
え、怖すぎ~!
「冤罪ってことですか?」
「いや、クロエ・リベラの色々な噂を立証する証拠を掴んで制裁を加える」
「魔法の先生を殺したとかね」と、ジャックが例を説明してくれる。
「ついでに彼女が有罪になるような証拠も探せ。暗殺計画じゃなくて、正当に処刑することが出来るかもしれない」
イアンの言葉に私は「分かりました」と弱々しい声を出す。
私の部屋にあるもので有罪判決が下されるものなんてない。キッチンから盗んだチョコレートがあるぐらい。
……まさかチョコレートを盗んだっていう罪になるの? けど、自分の家のものだし。
それにしても、噂のクロエ・リベラって本当にどうしようもない奴で悲しくなってきたわ。本当に実在するなら絶対に関わりたくない。
今から侍女メイとしてリベラ家に送られる。どうやって切り抜けよう。
とりあえず、もうナターシャに全ての事情を説明するしかない。夢を壊さないでおこうと思ったけど、私の命が掛かっているのだから仕方がない。
「成功すると思いますか?」
私はこの作戦にノアがどこまで自信を持っているのだろうと気になった。
彼は「さあな」と即答する。
……その髪を燃やしてやろうかしら。
私の頭の中に良くない考えがよぎる。
そんな中途半端な作戦に送られる私って……。
「成功したら褒美をやろう」
「ほ、うび?」
私はノアの言葉に思わず首を傾げた。
「宝石でも金でもなんでもいい。お前が欲しいものを与えてやろう」
「……じゃあ、もしこの作戦が上手くいけば一つ質問に答えて下さい」
ノアは予想していなかった答えに固まる。イアンやジャックも私の方へと視線を向けている。私は呼吸を整えて、王子の目を真っすぐ見つめた。
「失礼を承知で申し上げます。もし第一王子じゃなければ、何になりたいですか?」
私の質問にノアは眉をひそめた。
第一王子に向かってこの質問は無礼だ。全ての権利を放棄して自由になることなんて考えられないだろう。そんな質問を出来る者なんていない。
だからこそ褒美なのだ。
「高価な宝石や大金よりもそれが知りたいのか?」
「私にとって、そっちの方が価値があるので」
ノアの重圧に耐えながらも私は答える。小さな空間で緊張感が漂う。
……馬車でする話じゃなかったかもしれない。
「いいだろう。教えてやる」
少しの沈黙の後、ノアは片方だけ口角をクッと上げて澄んだ低い声でそう言った。




