表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

6.ロニアージュ領

 遅くなりました。

 低賃金、長時間労働という条件の仕事。誰もが逃れたいと思う仕事だろう。

 逃れたいという思いが集まれば、それはデモという形となり目に見えるようになる。


 それは異世界でも同じである。



「あなた!!」

「この女もだ!連行せよ!!」



 ならば、それを権力者が面倒くさがるのも同じだろう。

 ある夫婦を捕らえるだけで、デモの終止符を打つには十分だった。

 デモによって負った傷と、訴えたい気持ちを押さえつけながら、ロニアージュの人々は帰路を辿る。




 アミリシアがいくつもの伝説を創り、勉学に励み始める時期。つまりこれは、現在(・・)よりも後のお話。

 アミリシアとは、少ししか年が違わない少年のお話。



「マトイ、することがねぇんなら、話を聞かせてやろう」



 窓辺に居た紫髪の少年、マトイはそれを聞くとパッと目を輝かせた。ちょうど、自分の家からでは見ることができない景色を見るのに飽きていた。

 そして何より、憧れである叔父の話を聞くというのは、彼の興味を強く引いた。



 マトイの叔父のライガードは、このルッテンベルグ王国の近衛騎士団団長だった男である。彼の武勇伝はまた別の機会に話すとしよう。

 武術、体術、剣術、どれをとっても彼に勝る者はいなかった。しかも、彼は平民出身である。

 まだ貴族の平民に対する意識が良くなかった頃だ、国民からの支持も絶大なものだった。


 彼が近衛師団の団長であった期間はわずかな時だったが、彼のその強さを知る者は多くいる。もちろん、マトイもその一人である。

 団長の座を降りたのちは、ロニアージュ領の小さな村に住んでいる。


 マトイも男子であるが故か、強いものには惹かれていった。

 今では、ライガードを「ライ兄」と呼ぶほど慕っている。



「母ちゃんたちがいつ帰ってくるか分からないからな」



 マトイは今、ライガードに預けられる形で彼の家に来ている。

 いくらマトイが、年の割にはしっかりしているとはいえ、小さな一人息子に留守を頼む事は無かったようだ。



 あの頃(・・・)からロニアージュ領の政治体制は変わっていない。デモの声が鳴り止む気配は一向にないのだ。

 マトイの両親が中心となり、今デモが起きている。

 しかしその声は、ロニアージュ領主マニスキーに届く事はない。



「そうだな。何から話そうか」



 ライガードはマトイのそばに座り、首をひねる。だがマトイが聞きたい話はハナから理解している。

 言わずもがな、己の武勲の話だ。



「ライ兄はどうしてそんなに強いの?」



 ライガードが口を開くより早く、マトイは高ぶった声で尋ねる。

 食い気味の甥を宥めながら、ライガードは問いに答えた。



「俺は一人で強くなった。俺の戦い方は本に載ってるような堅いもんじゃないんだ。我流ってやつだな」



 がりゅう、と小さく繰り返しながら、マトイは一言も聞き漏らすまいと身を乗り出して聞く。



「まあ近衛師団に入ってからは、そのせいで苦労したこともあったがな。型にはまらない戦い方も、今思えば貴族サマたちの機嫌を悪くしてしまってたのかもなぁ」


「どうして?ライ兄は人気者じゃないの?」



 ライガードは平民の出であり、その頃は貴族が平民を下に見ている傾向があった。その時は、まだ。

 ライガードへの嫌悪は、ライガードが近衛師団団長に選ばれたことで一層強まっていった。



「貴族って言うお金持ちには好かれてなかったな。だがあの人は違った」


「あの人って?」


「国王さ」



 近衛師団団長になれるほどの力量は、ライガードには十分あった。だが、上の者が全て貴族である中で、平民の出の者が評価される事はそう無かった。

 そんな状況下で、ライガードを団長に選んだ人物は。誰であろうアミリシアの父親、ジェルコリスであった。


 未だ中級兵にいたライガードを見つけ、その実力を認めた。奴は平民だと騒ぐ貴族を一喝し、法までも作ったのだ。

 『兵の位は、家柄身分で左右される事なく、実力に相応のものが与えられるものとする。』


 貴族の者にとって、それは衝撃的な出来事であった。理解に苦しむ彼らの矛先は、ライガードに向けられた。



「俺があの地位にまで行けたのも、国王様のおかげと言っても過言じゃねぇ」


「じゃあさ、ライ兄が団長をやめる時、王様は悲しんでた?」


「ああ、とてもな。だがそうするしか無かったからな」



 マトイがどうしてと問う前に、玄関の扉が開かれた。それはもう、大慌てで。

 二人が振り向くと、中年の男が息を切らして立っていた。それは二人のよく知る男だった。



「おじさん?どうしたの?」



 その男は息を整え、落ち着いてからようやく口を開いた。しかし、苦しそうな表情は、マトイを見るたび更に険しくなっている。



「ああ…、マトイ君……。落ち着いて聞いておくれ……」



 彼の口から伝えられたそれは、マトイほどの年齢の子供には理解し難いものであり、過酷なものだった。


 マトイの親が捕らえられた。


 責任を負わされ捕らえられた。マトイには理解できなかった。

 何故なのか、どういった理由なのか。まだその頭では理解できなかった。

 ただ一つだけ、マトイは理解した。全てを奪われたのだと言うことを。



「お父さんとお母さんは…?いつ帰ってくるの……?」



 ああ。一つ言い忘れていた。


 デモの責任を負わされ捕らえられた者は、未だ誰一人として帰ってきていない————

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ