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⑨白ギツネの娘

   白ギツネの娘


 そうかしら? とてもおいしいとは思えないけどな。

 わたしは、なにげなく視線を落としました。

 そしてびっくり!

 娘さんの赤いスカートの下から、白くふっさりしたシッポが、のぞいているではありませんか。

 この娘、白キツネなんだわ!


 きっと、野ギツネの奥さんは、ここが白ギツネのお店だと知っていたのです。

 稲荷大神様に絶賛されている、この食堂のいなりずし。

 それをせっせと作っている、若い同族の白キツネ。

 ねっ、やはりキツネの力はすごいでしょう?と、わたしたちタヌキに自慢したかったにちがいないのです。

 結局、バカにされたのも同じ。なんだかすごくみじめな気持ちになって、わたしは、とっさにこんなことを口走ってしまったのです。

「はっきりいって、煮込みすぎよ。おあげが、かたくなってしまってるじゃない。こんなものが名物だなんて、信じられないわ」


 夫の顔が、さっと青くなるのがわかりました。

 娘のくちびるが、ゆがんだ気がしました。

 しまった!  言いすぎた。

 この白キツネの娘に、なんの恨みがあるというのでしょう。後悔しましたが、あとのまつりです。


 わたしは、とりつくろうようにお茶をひとくち飲みました。

 ところが、白キツネの娘は、とり乱すこともなく口を開いたのでした。

「もちろん、お口にあわないという方もいらっしゃいます。ですから、そういう方々にはとても申しわけなく思います。でも、このいなりずしの……」

 ひと言ひと言かみしめるように、娘がさらにことばを続けようとした、そのときでした。

 とつぜん、入り口の引き戸がガタガタと鳴りはじめ、疾風がお店の中に吹き込んできたのです。

「あっ!」

 娘はいきなり大きな声をあげ、その場にひれふしました。

 あわてて夫を見やると、あんぐりと口をあけたまま、宙を見つめているばかりです。


 いったいどうしたというのでしょう。

「どうしたの! なにがあったの?」

 わたしは、夫の肩をゆすりました。

 夫は、宙を見つめたまま、なんの反応も示しません。

 娘の手をとって、引っぱり起こそうとしました。

 けれども、娘は頭を床にこすりつけるくらいに深く下げたまま、絶対にあげようとはしませんでした。 


そんな時間が、どのくらい続いたことでしょうか。

ようやく、娘が立ち上がりました。

夫も、ハッとわれにかえったように、わたしの方を向きました。

「ねえ、急にどうしたの?」

もう一度、強く肩をゆすると、夫は、やっと長い夢から覚めたような顔つきで、こたえたのでした。

「風といっしょに、なんともきれいな女の人が、すっと入ってきたんだ。そして、じっと娘さんを見つめていた。すごく優しそうな瞳でな」

 なんで? いったいどうして?

 なにがなにやら、さっぱりわかりません。

 ただ……。

 白キツネの娘と、夫に見えたものが、わたしだけには見えなかったのでした。


 帰り道。

 わたしはくやしさのあまり、娘への申しわけない気持ちなど忘れ、ひとりスタスタと歩いて帰ったのです。



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